【第二ノ怪】紫陽花の思い出 その14

――ギャアアアアアアアアァァァァァァ


 気付くと獣は黒い血を周りに撒き散らし、伸ばしていた手はドロドロと崩れ、本体もその場に崩れ込んだ。

 俺は、人間ではありえない速さと身軽さで軽々と空へ吹っ飛び、獣を空から振りかぶるようにして斬っていたのだ。考えるより先に体が動いていた。


「これが妖刀の力……」

『そうや! 身体能力がぐんと向上するんや。他にもいろんなことできんで。……なんやったっけ……あ〜歳やな僕も……身体能力の向上だけかもしれん……』

「いや、お前その姿でも話せんのかい!」

春翔はるとの頭の中に直接話しかけてんの!』


 突然、頭の中に声が響き渡ったのでびっくりした。え、頭の中に直接ってことは……今、独り言言ってるみたいだったってこと!? やべ、気をつけよ。はっ、奏多かなたくん!


「奏多くん、大丈夫〜!?」


 木の下でうずくまっている奏多くんに向かって大声で叫んだ。

 ちょっと待てよ……こんな夜中に大声出したら、人来るんじゃあ……


『大丈夫大丈夫。結界の気配がするから、誰かが結界を張ってくれている。心配するなら、あの少年の心配をしてやれ』


 椿貴つばきが話しかけてきた。そうなのか、安心だ。てってと奏多くんに駆け寄る。

 奏多くんはよろめきながらも、立ち上がり、駆け寄ってきた俺にこう言った。


「ちょっと全身打っただけだから、そんな心配そうな顔すんなよ! あーなんか腹立つ。お前に心配されてんのがなによりも腹立つ」


 イラッ


 人が心配してやってんのになんだよその態度は、となるのを抑えながら、この態度は素直に俺の気持ちを受け取れないツンデレだなと思いながら、このイラッとした気持ちを夜空の彼方へ投げ飛ばした。


「奏多くん! 大丈夫ですか!? 何処か、骨折とかしてないですか? 大丈夫ですか!?」


 さきさんがとても心配そうに駆け寄ってきた。すると、奏多くんの態度は一変、よろよろとよろめきながら幸さんの肩にもたれかかったのだ!


「めちゃくちゃ痛いです……幸さんがよしよししてくれたら、少し和らぐかもしれません……」


 めちゃくちゃ甘えた声で、しかも上目遣いでお願いする。

 こ、このやろ……俺にはあの態度だったのに、幸さんにはこの態度!? まあわかるけど、わかるけどね!


「痛かったですね……よしよし……」


 幸さんは奏多くんのことをよしよしする。

 すると、俺がわなわなしているのに気づいたのか、幸さんがこっちにおいでという、ジェスチャーをしてくれた。


「春翔さん! あの動きすごいです! 私なんて最初のうちは急激な身体能力の向上に頭がついていけなくて、大変だったのに! 本当にすごいですよ! 才能ですね! 見事にあの黒いのにダメージを与えることができました! 春翔さんもよしよしです!」


 そう言って、幸さんは俺の頭を撫でた。

 俺は幸せな気持ちになっただけでなく、安心してしまった。慣れない、と言うか、普通は経験することのないことをしたせいだろうか。自分は全く気付かなかったが、知らず知らずのうちに変に緊張していたらしい。




――グギャギャギャギャギャ


「痛イ痛イ痛イ〜! 殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!」



 安心も束の間、崩れ込んでいた獣が再び動き出したのだ。

 黒い涙を垂れ流しながら、泣き叫ぶ。

 嗄れたノイズ混じりの声がより一層、地の底から地鳴りのように響く感じがした。



「俺も活躍しなきゃ、はるちゃんにいいとこ全部持ってかれちゃう! そーれ! オラアァッ!」


 俺たちが動こうとした時にはもう智也ともやが攻撃していた。

 獣の尻尾を両断する。切られた尻尾はビチビチとうねり回り、しばらくするとドロドロと溶けて消えた。


「よっしゃ一撃入った! もう一回……」



 ズガアアアアアン


「おっへ……ゲホッゴホッ……」


 智也が背後から迫っていた獣に気付かず、体当たりをモロにくらってしまう。遠くの方まで飛んで行ってしまった。

 俺は戦闘を幸さんと奏多くんに託し、智也の方に駆け寄る。


「智也! 大丈夫か!?」

「大丈夫大丈夫……意外とそれほど痛くないかも……」


 智也は口から血が出ていた。だがそれはただの切り傷だと気付く。ほっと安堵した。

 すると、智也が俺のことまるで軽い荷物のようにを抱え出したのだ。


「ちょいちょいちょい……何してるんですか……智也さん……えっえっまさかね、そんな事するはずないよね……ちょっと、智也さん?」

「じゃあもう一回行くぞぉ! 今ならなんでもやれる気がする! ほら、はるちゃん行くよ! はあぁぁ……よっこいしょ〜!」


 そう言って俺を抱き抱えた智也は、俺のことを獣目掛けて空高く放り投げた。


「ギャアアアアアアアアァァァァァ!」


 空からは並みの大型犬より大きかった獣が小さく見えた。

 放り投げられた俺は、咄嗟のことすぎて最初は叫んでしまったが、弱音は言ってられないと、すぐに獣を打ち倒すべく空中で体勢を整えた。

 そして……


ズバアアアアアァァァン


 俺は振りかぶり、後は重力に任せて、獣を一刀両断、真っ二つにした。

 獣は声もなく、ドロドロと崩れ果てた。


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