【第二ノ怪】紫陽花の思い出 その11

***


何かあったら連絡しますねと言って、さきさんは帰った。

 家族はと言うと、術は解けている筈なのに、ぽへぇと言う顔で、みんな口々に「お前って雨の日体調悪くなるタイプだったんだな」と言ってきた。幸さんの術はしっかりときいているようだった。

 この間抜けヅラはいつ治るのだろうかと少し心配していたが、すぐに治った。無駄な心配だった。


 俺はと言うと、先生からもう大丈夫でしょうと言われて、すぐに退院することになった。



「心配だなぁ」

「あーゆうきくんのこと?」


 俺が退院の準備をしながらポロリと心中を零すと、手伝わずに、ボリボリとお菓子を食べてた智也ともやが反応してきた。


「ああ……なんて言うか、なんか起こりそうな気がする……なんかこう、なんとも言えないんだけどな……うーむ」

「はるちゃん、心配しすぎだよ! だってあの幸さんが直々に術かけたんでしょ? もう、バッチリだって!」

「そうだといいんだけどなあ……」


 バシバシと智也に背中を叩かれながら、俺の中の不安は募るばかりであった。



 俺たちは明日の授業の空き時間か、終わってから、ゆうきくんの所へ向かう約束をして別れた。

 そしてその日の夜、俺の不安は見事に体現されてしまった。






***


春翔はるとさん! 一大事です! あの守護の術が破られました! 急いで向かいます! 春翔さんも来てください!」


 闇が最も深くなると言われる午前2時頃、丑三つ時の時間帯に幸さんから連絡が来た。

 俺は寝惚けながらも、急いで準備をして、そろりと静かに家を抜け出した。もちろん場所はゆうきくんがいる筈の四片公園だ。


「やっぱ、俺の感、冴えてんなぁ……なんでだろ、前はこんなんじゃなかったのに。まぁ後で考えよ」


 こんなことを1人呟きながら、思考を捨て、全神経を足に集中させて俺は猛ダッシュで公園に向かった。






***


 公園に着くと、幸さんと奏多かなたくんが応戦中だった。


「っ大丈夫ですか? 何か俺にできるこ……」


 途中で空気がズドンと重たくなった。

 息がしづらい。

 とてつもなく強い、雨の日の生臭い匂いがした。



「カッは……は……」


 その匂いがする方に顔を向けると、そこにはジグザグ足の時とは違う、黒いモヤを纏った黒い獣がいた。大型犬のような、猫のような、とにかく大きな、よく分からない獣。何か発している。


「魂……喰ウ……サスレバ、強クナル……今日ハ運ガ良イ……人間沢山……喰ワネバ……」


 不気味な笑顔を浮かべて、“それ”は言った。

 ノイズ混じりの気味の悪い嗄れた声。


 ふっと意識が遠退きそうになる。


「春翔さん! 気をしっかり! ゆっくり深呼吸して、はいて……!」


 その声を聞いて、グッと意識を集中させる。幸さんのおかげで気を失わずに済んだ。

 俺は呼吸が落ち着いてきたので、精一杯の力を振り絞って、幸さんに訴え掛けた。


「これは……? 何……なんですか……」

「これが低級妖怪です。喰うことしか頭になく、ただひたすら本能のままに人の魂を貪り喰う……それもこの個体はもっとひどいですね……瘴気が集まりすぎている。多分、核となっている妖怪の意識を乗っ取っていますね……」


 そんなことを話しているうちにも、黒い獣から伸びた小さな黒い手が俺たちを襲ってきた。


「っふ!」


 幸さんは白百合のような美しい刀身をした薙刀で受け止めたが、そのまま遠くへ突き飛ばされてしまった。


「かっはぁ……!」

「はっ幸さん! くっそぉ!」


 奏多くんも先が槍のようになった錫杖で必死に迫り来る黒い手をバッサバッサと斬り捨てていた。


「幸さん! わっ!」


 俺はやっとのことで避けたが、尻餅をついてしまった。それを狙っていたのか、黒い手が俺目掛けて一斉に襲ってきた。


(やばい!終わった!)


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