【第二ノ怪】紫陽花の思い出 その10

 奏多かなたくんは涼しい顔でやばいことを言った。その言葉でその場の全員が凍りつく筈だった。


 言われた姉貴はキラキラと顔を輝かせて、ブルブルっと身震いをし、こう言ったのだ。


「ああ〜良いっ! うーむ、やっぱり、イケメンでイケボでこんなこと言われたら、ねえ……なんか変な扉開いちゃったかも……ねぇ奏多くん? だっけ? もっとなんか罵ってみてよ!」


(姉ちゃん……強い……!)


 まるでゴゴゴっという漫画の背景に描かれているような効果音を背に、俺だけでなく、奏多くんと姉貴以外がなんか漫画で見るような、真剣な作画の絵みたいな、そうだな、ジョ◯ョみを感じる面持ちになっており、多分俺と同じことを思っていた。

 姉貴はと言うと、もっと罵ってみろという感じでぐいぐいと奏多くんに攻め寄っている。奏多くんはと言うと、まさか罵倒を要求されるとは思っていなかったようで、物凄く引いていた。そりゃ引くわ……ドンマイ……奏多くん。だが、流石だ姉ちゃん、あの奏多くんがこんなにダメージを受けているなんて……すごい……尊敬するわ。



「コホンッ……奏多くん、お姉さんが良くても、そんなことは言ってはダメです。一昨日も言いましたけど!ましてや初対面の方に……すみません、渡瀬さん……私の教育不足です……」


 ……ん? 一昨日? そういやあ、確か倒れる前に行った古書店でさきさんが奏多くんに注意してたな……


「すみません……話遮って悪いんですけど、俺、倒れてから何日経ちました?」


 俺はちょっと手を上げて聞いた。

 すると幸さんと家族達はお互い見合って、言い忘れてたみたいな、あちゃーみたいな顔をした。そんな大事なこと言い忘れんなよ!


「えっとですね……春翔はるとさんは2日間も眠っていたんですよ」


 衝撃の言葉だった。まさか2日間も眠っていただなんて。




「ここからが本題です。智也ともやさんから聞きました。倒れる前にこんなことをおっしゃっていたそうですね。『今日はおかしい』とね」


 幸さんがそう言うと、姉貴が割って入ってきた。


「あーあーそんなこと気にしてお見舞い来てくれたんですか? 倒れる前とかって変なこと言うじゃないですか、それですよ、たぶん。だから全然気にしなくて良いんですよ、八月一日ほづみさん」

「それが残念ながら、春翔さんが倒れたことに大いに関係するんですよ。まぁまぁみなさん落ち着いて話を聞いてください。今から話すことは疑ってくださっても結構です。信憑性が無いですからね、私お医者さんじゃ無いので」


 幸さんはそう言うと奏多くんに何か耳打ちをしてから、ニコッとひと笑いして、詩を唄うようにして話し始めた。


 俺はその時ちゃんと聞こえてしまった。幸さんが奏多くんに「術の発動をお願いします」と言ったのが。



「春翔さんは陰の気、つまりは瘴気に充てられやすい体質なのだと思います」

「ちょ、ちょっと待って下さい! こんなこと話しても良いんですか? あんまりこう言う話、普通の人にはしないほうがいいんじゃ……」


 俺が焦っていると、幸さんはいつも通りニコニコしながら、コソコソっと答えてくれた。


「さっき奏多くんに言ったこと聞こえてましたよね。大丈夫ですよ、春翔さんのご家族には悪いですが、記憶を都合よく曖昧に改変させる術をかけておいたんです。心配ご無用ですよ!」


 そんなもんがあるのか!? めちゃくちゃ都合いいなあ! 俺は感心してしまった。プロだ。いや、知ってたけど、すごいってもんじゃ足りないと思った。

 そっと家族の方に顔を向けると、みんなボヤァっとした顔で話を聞いていた。これが術がかかっている状態なのか。

 幸さんはまた話し始めた。


「もう一度言いますが、春翔さんは陰の気、つまりは瘴気に充てられやすい体質だと思います。これは噺屋、祓い屋になるためにはとても重要な素質なのです。今はコントロールできていませんが、練習すれば、コントロールできるようになると思います。特に、雨の時期、つまりは梅雨の時期は陰の気を纏った下級妖怪たちが跋扈する時期だと言われています。瘴気はとても変な匂いがします。生臭い匂いです。それも気付くことができている……すごい才能ですよ」


 幸さんは俺ににこやかに笑いかけてから、すごいすごいと言ってくれた。とてつもなく嬉しい。

 俺がデレデレしているのを見破ったのか、奏多くんにひと睨みされた。


「あと、幽霊の男の子と一緒にいましたよね?」

「はい……そうですけど……なんか拙かったですかね? あっそうだ! 智也よ、結局あの子はどうなったんだ?」

「あの子にはあの公園の前で待っててって言ったよ! また来るからって」

「はーよかった……約束は守らなきゃだもんな……あ、すみません、やっぱり一緒にいたらダメでしたよね……忠告してくれたのに、話しかけちゃって……」


 さっきの嬉しさとは反転して、俺はしょぼしょぼと落ち込んだ。


「いえいえ、全然大丈夫ですよ! あなた達だけで、悪霊かどうか判断して欲しいと思ったいたら、まさかのもう判断して、話しかけていただなんて……智也さんから聞きました。すごいことなんですよ! 初心者なら大体は判断できないんですよ。それに約束は必ず守るという姿勢、素敵ですよ! だからそんなに落ち込まないでください!」


 幸さんに励まされて、またもや照れてしまう。しかも顔を真っ赤にして。は、恥ずかしい……おい、智也、そんなニヤニヤした目で見んな! 奏多くんはお願いだから、その殴りかかりそうな表情やめて……


「それで、幽霊は陰の気を纏った下級妖怪にはとっておきのご馳走なんですよ……なぜか理性のない妖怪達は、人間の魂を食べれば、より一層寿命が増え、強くなると信じ込んでいるんですよ。全く、人騒がせな話ですよね……春翔さんはつい先日才能に目覚めたばかりで、瘴気に充てられやすく、また、幽霊の男の子が妖怪に狙われていたせいで、その周りの空気の瘴気濃度が高かったためか、倒れてしまったと私は考えています」


 幸さんは殴りかかりそうな奏多くんを宥め落ち着かせて、見解を述べた。1つ疑問に思った。


「でも、なんで智也は平気なんですか?」

「智也さんは……うーん、なんていうか鈍感なのかもしれないし、それか、昔から才能に目覚めていて、慣れているという可能性もありますね!」


 こいつに限って、そんな才能ある筈が無……いや、あるかもしれないな……そういえばこやつ昔から色々見えてるんだった! くそぉ、智也に先を越されていただなんて! ちょっと俺って才能あるんじゃね? と思った俺が馬鹿だった! こんな近くにめっちゃ才能あるやつ居るじゃねえか!

 俺がうおおっと頭を抱えて悶えているのを見て、幸さんは笑っていた。


「あれ、という事はゆうきくん危ないんじゃ……っまずいぞ! 早く退院しなきゃ!」


 俺が慌ててベッドから立ちあがろうとすると、幸さんが止めた。


「そんなに慌てなくとも大丈夫ですよ。私が簡易ですが、守護の術をかけておきました。そこらの低級妖怪なら、破ることはできません、よっぽど瘴気を纏っているやばい妖怪ぐらいですよ、破れるのはね。そんな簡単にはいませんよ」


 ふふふと笑いながら答えた。俺はホッと安堵する。

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