【第二ノ怪】紫陽花の思い出 その2

***


 俺たちは二階でお茶を飲んでいた。俗に言うティータイムだ。

 この古書店の裏には家がなく、空き地となっている。そのせいか、いい感じに日の光が入り込んできてとても心地よいのだそう。(奏多かなたくんから聞いた)


 でも、今日は一日中雨が降っており、初めて2階に上がってきたと言うのに、心地良い感じがしなかった。(もちろん雨のせいというだけであって、2階はキッチンがあって、家庭感があり、とても心地いい空間だった)



 ティータイムということだけあって、さきさんの手作りクッキーなどその他諸々のお菓子が振る舞われた。



 幸さんの作るお菓子は最高だ。


 古書店の隣のカフェ「オリビア」の店長が幸さんのお菓子は絶品だと絶賛するぐらいうまい。ちなみに古書店のカウンターで売っており、お菓子目当てに来ている人もおり、毎回早いうちに売り切れる。




 一段落して、俺は幸さんに気になっていたこといろいろを聞いてみることにした。


「『仮妖かよう』ってなんなんですか? それと、噺屋についてもっと詳しく教えてください!」


 幸さんはお茶を飲み、優雅に話し始めた。


「まず、『仮妖』からですね。仮妖というのは幽霊や都市伝説、建物、人物、動物、物などに人の噂話などの言葉の力、いわゆる『言霊』というものや、人々のイメージが力の源となって、豹変してしまった妖怪と同じような状態のものだと言われています。仮妖の前段階が『怪異』です。通常は、妖怪になるには長い年月を生きなければならないとされており、仮妖は妖怪とは大きく違う点があって、理性がないものがほとんどです。理性があるものは妖怪と呼ばれるものになります」


「ちょ、ちょっと待ってください! 妖怪がいるんですか? うわ〜まじでアニメじゃん! 今まで信じてなかったけど、いざいるとなると、ドキドキしますね」


 俺はアニメ、漫画が好きだ。自分の部屋には所狭しと漫画、小説が置いてある。

 今まで非現実的なものは信じていなかったが、妖怪がいるとなると話は別である。心の底から「見てみたい」、そう思った。




 驚いた顔をする幸さんを見て、ハッと我に返った。本当に恥ずかしい。幸さんはまだ驚いた顔をしている。


「…………ふふふっ……そういう所ほんとに好きですよ。いやぁ本当に春翔はるとくんを弟子にしてよかった!」


 幸さんは今日一番で嬉しそうにしていた。何がどうであれ良かった。元気になってくれて俺は嬉しいと思った。それと好きと言われてまたしもドキッとした。




「えっと、妖怪については海渡鬼一郎うみわたりきいちろうさんの本を読んだ方がわかりやすいと思うので読みますね」




『妖怪とは、日本で伝承される民間信仰において、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす、不可思議な力を持つ非日常的・非科学的な存在のことを言う。あやかしまたは物の怪もののけ魔物まものとも呼ばれる。

 妖怪は日本古来のアニミズムや八百万の神の思想と人間の日常生活や自然界の摂理にも深く根ざしており、その思想が森羅万象に神の存在を見出すとも言われている。妖怪には神と呼ばれる者もいるようだ

                             海渡鬼一郎うみわたりきいちろう(妖怪学)』




 へーと思った。ちょっと言ってることが難しくて俺には理解出来なかった。


「海渡鬼一郎ってオカルト界隈で有名な方ですよね?」

 確認のために聞いてみた。



 俺はそっち界隈は得意では無いのだ。ただ、一応オカ研部員なので、部室にある本の中に海渡鬼一郎の名があったので、名前だけは知っている。


「はい、そうです! まぁでも、オカルトマニアの中でもマニアックな部類に入っていると聞きますね。私、海渡さんのファンで、ここに置いてある本とは別に趣味で購入して読んでるんです。すごく妖怪、怪異などを詳しく書いていらっしゃるので私の知識を広げるために愛読しています!」


 幸さんが興奮して話しているのは初めて見た。それほどに海渡鬼一郎の本が好きなのだろう。俺は幸さんが好きなものをひとつ知れてとても嬉しい。



 俺は思わずにんまりとしてしまった。

 それを見たせいか幸さんは我に返った様子でカアァと耳まで真っ赤になった。



「す、すみません。久しぶりに海渡さんのことを語れる機会があったものですから……恥ずかしいっ」

 真っ赤になっている幸さんを見て、何故か俺まで恥ずかしくなった。




「おい、間違っても幸さんに変な気起こすなよ」


 すると奏多くんがすごい形相で割って入ってきた。ちょっといい雰囲気だったのに。だが、少しの間だったが、1人の男として幸さんの意外な一面を見ることができてよかった。

 


「おい、聞いてんのか?」

「聞いてるよ、ごめんごめん」

「俺はまだ、お前達のことを認めてないからな。お前、幸さんに手を出してみろ、生まれてきたことを後悔させてやるからな」


 まるでアニメとかの悪人の言うセリフのだ。こんなこと言われる日が来るなんてな……俺も舐められたもんだぜ!

 

 その言葉を聞いた幸さんは

「こらっ! そんな事人様に言うものではありません! 言葉に気をつけなさい! 本当にすみません、春翔さん、智也さん、この子、今、絶賛反抗期で、人の言うこと聞かないんですよ。さっきの言葉はゆるしてあげて下さい。本当にすみません」

と言って、奏多くんを叱り、俺たちに謝った。完全に保護者だなと思った。


「俺は幸さんの言うことだけはちゃんと聞きますよ」


「そうではなくてですね……」


 幸さんは、「はぁ」とため息をついた。奏多くんはキリッとして言った。こりゃ前途多難だな。


 俺には奏多くんは幸さん以外の人間を信用していない、そんな気がした。

 よし! 俺は奏多くんに信用してもらえるような人間になるぞ。

 奏多くんがなぜそんなふうになったかは知らないが、信用できる人間は多い方がいいことに越したことはない。


「はぁ、保護者って難しいですね。よしっ、話を戻しましょう! えっとですね、妖怪の話でしたよね。あの本の内容を簡単に言い換えると、妖怪とは、人間の理解できないような不思議な力を持った、不思議な存在であり、中には“神”と呼ばれるような存在がいると言った感じですかね。それとですね、妖怪は意外と身近に存在しているんです。普通の人には見えませんけどね」


「普通の人には見えないってどういう……」

「ええっ! 身近にいるんですか? どこですか? どこにいるんですか?」


 俺が話そうとすると、智也に先を越された。ものごっついうるさい声を出して、ガタッと立ち上がり、キョロキョロとあたりを見回している。


「この部屋にはいませんよ。いるなら、もうここにいるみんなに見えてますから。もちろん、春翔さんも智也さんもね」


 智也の奇怪な行動を見た幸さんはふふっと笑いながら言った。

 ん? ちょっと待てよ。俺たちにも見える? どう言うことだ?



「春翔さんは前に怪異に遭遇しましたよね。それで見えるようになったのですよ。いろいろなものがね。智也さんはそうですね……幼い頃から見えるのではないですか?」


「えっ? 嘘、見たことないよ。変な動物は見たことあるけど……ああ、そういえばおばあちゃんの葬式の時に死んだはずのおばあちゃんが頭撫でてくれたんだっけ? うんうん、あれは衝撃的だった。みんなに話したらどわってみんな泣いて、どうしたどうしたってなったね。でも、幽霊は見たことあるかもしれないけど、妖怪は見たことないですよ」


 智也は思い出に浸りながらもキョトンとした顔で答えた。

 おまっ、しっかり見えてんじゃん!


「もぉ〜くっきりはっきり見えてるじゃないですか。その変な動物、それが妖怪ですよ」

「ええ〜嘘〜もっと人間の形してるんだと思ってた」

「智也さんがたまたま見た妖怪が動物型だったんですよ。人間の形の妖怪もいますよ、もちろん。でも人型は警戒心が強くて頭が切れるものが大半を占めているのでなかなか人前には出てきませんよ」


 やっぱいるんだ〜とキャッキャしている智也を見て、幸さんは笑いを堪えていた。


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