【第二ノ怪】紫陽花の思い出 その1
梅雨
俺には2つほど悩みがある。ひとつは今の状況を御覧になればわかるだろう。
「いいな〜俺も古書店のバイトやりたい!」
俺、
あれは遡ること30分前、俺が智也に古書店で働くことになったと軽く伝えたことから始まった。それから30分間、移動中も講義中もずっと訴えかけてくる。
今日は梅雨入りした、ということもあって、朝からずっと雨が降っている。
この天気のせいで、いつもより体調がすぐれないというのに、智也の鬱陶しい、俺に言っても仕方のない訴えが畳み掛けるようにして、俺の体調をより一層悪くする。
俺はとうとう痺れを切らして、智也に質問した。
「はぁ〜俺に言っても仕方ないだろ。というかなんでそんなにやりたいんだよ」
智也の普段から輝いている顔がより一層ぱああっと輝いた。
「そりゃもちろん、あの古書店には不思議なものを感じたからだよ!」
勘だよ勘っと言っている。そういやあこいつも昔から野生の勘が鋭かったな。バッチリ当たっている。
そう、
経典から武器を取り出したり、錫杖振り回して攻撃したり、多分あの変な化け物が普通の幽霊の女の子に戻ったのは力を吸い取ったからなんだと思う。まぁ知らんけどな。
なぜ俺のような一般人が一生関わることが無いようなそんな場所で働いているかって? それは俺にもわからん。
本来なら記憶を消されるはずだったのに、八月一日古書店の店主、
「はぁ〜幸さんに頼んでやろうか? それでいいだろ。まぁ雇ってくれないと思うけどな」
「本当? いいのいいの! 可能性が少しでもあるならそれでいいの! ほら行くよ! ゴーゴー!」
「可能性か……ゼロに等しいけどな……」
幸さんは基本的に一般人は雇わないのだ。
俺みたいに何かを感じ取られたら別だが。智也にはなにも感じるものはないけどな〜まぁ自分も人のことは言えないか。
「ほら〜行くよ! レッツゴー!」
智也はゴーゴーと忙しなく俺を囃し立てる。周りの奴らがチラチラと見てくる。
「ハイハイ、今行くから騒ぐな」
俺はドウドウと馬を宥めるように、興奮しきった智也を宥めながら教室を出て、古書店に向かった。
***
「はぁ? 無理に決まってんだろ。阿呆」
古書店に着くと、幸さんは外出中だった。代わりに
相変わらず心に突き刺さる言い様だ。最後の「阿呆」なんてほんとに余計だ。一応俺たちの方が歳上なんだぞ! プンッ!
「ええっ! なんでぇ〜」
「やっぱりな。だから言ったろ?」
智也が可愛い顔でごねていた時、幸さんはちょうど帰ってきた。
幸さんはまじまじと智也を、特に目のあたりを見て、ぎょっとした顔をした。
「黄色の目……」
みんなには聞こえないような声で何かボソッと呟いた。
この時の幸さんは少し様子が変だった。まるで何かに脅えているようなそんな…………
「あなたがこの古書店の店長さんですか!?」
智也がこの空気を全く気にせず、いつもと同じように明るく話しかける。ああっ、やりやがったと思った。
幸さんは我に返った様子でこくりと頷いた。
「はい…………! あぁ……す、すみません、ちょっとぼーっとしちゃって……はい。私が八月一日古書店の店主、八月一日幸です。前に質問をしてくださった方ですよね? 私になにか用事ですか?」
幸さんはいつの間にか、いつもと変わらない表情に戻っていた。だが少しぎこちない笑みだった。
「あのっ俺もここでバイトをしたいんですけど……」
智也が要件を伝え終わる前に奏多くんが突っ込んできた。
「だ〜か〜ら〜無理だって言ってんだろ! さっさと帰れ! これ以上男が増えるのは嫌なんだよ!」
その時、幸さん一人を除いてその場の全員が驚く言葉を放った。
「いいですよ」
「「「えっ!」」」
全員が驚いた。断ると思っていたからだ。智也も驚いている。
「ええええええ! なんでですか! また変なの店員にしようとして………女ならともかく、男なんですよ!」
奏多くんは焦りに焦っている。男をなんだと思ってるんだこいつ。お前も男だよ。
「理由は教えられません。ですが……強いて言うならば、自分と同じ感じがしたからです。奏多くん、ダメですか……?」
幸さんはしゅんという顔で上目遣いをした。
「う……ダメじゃないです…………」
上目遣いの幸さんに負けてしまったらしいな。相当幸さんのこと好きだなこいつ。
一方智也は、
「う〜やった〜! ねぇやったよ! メチャ嬉しい!」
俺のことをガクンガクン揺らしてくる。ほんとやめて欲しいわ。
「ちょ……やめ……」
目が回る。嬉しいのは結構だが、他人に迷惑かけるのはよくないと思うぞ!
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