第35話 ヌカルミの町
引っ越しの家の列車は、午前中にはヌカルミ駅に到着した。プラットフォームの地面には、誰かの泥の足跡で埋め尽くされていた。本当に泥んこの町だった。オットーは、新しい長靴をはいて準備した。
「ロボットを連れていくの?」
「長靴をはかせたから大丈夫」
アリスが、眉を上げてミランダを見上げた。ロボットは、あまり歩くのが得意でなかった。オットーはロボットがヌカルミにはまって、動けなくならないか心配だった。ロボットは大人用の黒の長靴をはいて、よたよたと歩いた。
バートは何か用事を済ませてくるから、少し遅れるということだ。あまり遠くには行かないように、と注意を受けていた。ヌカルミ町は、本当にどこも泥んこ道だらけで、歩くのにも苦労した。店の前には長靴の泥を洗うように、水が入ったバケツと柄杓が用意されていた。この町で長靴をはかない者はいなかった。駅の前にも、たくさんの長靴屋が見えた。観光客相手の安価な物から、金持ちの高級品まで長靴はなんでもそろっていた。目立たないように、魔法の長靴という物も見かけたが、一体どんな長靴なんだろう。ロボットにはかせた大人用の長靴には、アリスが絶対に転ばない魔法をかけていた。それで、ロボットはちょっと歩きにくそうだった。もちろんオットーは、長靴に魔法をかけることは断った。アリスは自分の長靴にも、その魔法をかけていなかった。
車道に車が走ると、そこら中に泥が飛び散って大変なことになった。駅を少し離れて、ドロヌマという喫茶店で、バートと待ち合わせまで時間をつぶした。店の中は床の代わりに泥水が満たされ、その名の通り泥沼だった。これだけ見てもこの町の人は、泥道の不便なところを逆手に取って、楽しんでいるように思えた。
ミランダは、泥水コーヒーを頼んだ。オットーとアリスは仲良く、泥アイスを注文してみた。あまり美味しそうな名前ではなかった。どんなまずい物が出されるかと不安だったが、泥水コーヒーはクリームを入れた物で、泥水アイスはチョコレートを混ぜた物だった。オットーは口の周りにチョコレートをつけて、泥アイスを夢中で食べていた。
喫茶店を出たところで、オットーは車が跳ねる泥水を避けようとして、思わぬぬかるみにはまってしまった。最初、長靴が泥水に入った時は、平気だと思っていた。それが完全に泥に沈んで、身動きが取れなくなった。そこには、ぬかるみ注意の標識が立っていた。オットーはその事を見逃していた。
「オットー、動かないで体が沈んでしまう」
アリスが、オットーの異変に気づいた。
「動こうにも、動けないよ」
オットーの長靴は、完全にぬかるみに入っていた。コンクリートで、固めたみたいに足が動かない。
「どうしよう。助けようにも、こっちが沈んでしまう」
アリスが標識に手をかけ、もう一方の手を伸ばして叫んだ。
「オットー。さあ、手を伸ばして、つかんで上げる」
とても手が届きそうにない。ロボットもこんな状況、どうしたらいいか分からず、あたふたしている。
「誰か助けを呼んできましょ」
ミランダが、真っ青な顔で辺りを見回した。あいにくひどい泥道には、人通りがなかった。
オットーは必死にぬかるみから出ようとするから、どんどん体が沈んでいった。もうひざまで泥に埋まっている。こうなったら、一人で抜け出すのは不可能だ。
「ロープで引っ張り上げれば、どうかしら?」
ミランダが慌てながらも提案した。ミランダもじっとしていると、長靴がぬかるみに吸い込まれそうだった。
「ロープ!」
焦るアリスはポケットから、ハンカチや消しゴム、曲がった鉛筆、しおり、リップクリーム、色々な物を出した。しかし、ロープに代用できる物は見つからなかった。
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