第34話 みんなと再会

 オットーは眠気を吹き飛ばすように、頬をたたいた。それでも、眠いのはどうにも収まらなかった。いつの間に寝てしまったのだろう。オットーがベアトリスの肩に寄りかかって、うとうとしていると、列車の到着を知らせるアナウンスが、プラットフォームに響いた。十時五分、間もなく引っ越しの列車が到着する。

 家の引っ越しの列車がプラットフォームに入ってくると、その独特の外観から、すぐに分った。家を引っ張っている列車なんて、他にはなかった。オットーは急に目が覚めた。ペアトリスが隣で欠伸をかみしめ、眠そうな目をこすった。二人して、三十分ほど眠ってしまったようだ。お陰であっという間に、列車の待ち時間が過ぎた。寝過ごさなくて良かった。

 家の引っ越しの列車が到着すると、オットーは列車を前から数えて、自分たちの車両を探した。車両はすぐに見つかった。アリスとミランダが、列車から慌てて出てきた。

「オットー、こっちよ!」

 アリスが、オットーに激しく手を振って叫んだ。オットーは停車したばかりの列車から降りる、他の乗客を間を縫って、すぐにアリスの側に駆け寄った。オットーとアリスは、手を取って再会をよろこんだ。

「どうして、ぼくがここにいることが分かったの?」

「仲間が知らせてくれたの」

 ミランダがプラットフォームの乗客に阻まれながら、遅れてやって来た。

「ベアトリスね。私はミランダ・ベーカー シンボルはカラスよ。話は聞いています。オットーを届けてくれてありがとう」

「ベアトリス・ブラック シンボルはフクロウ」

 ベアトリスは、恥ずかしそうに頭を下げた。 

「私、戻らないといけなの」

「分かっているわ。すぐに切符を買って上げましょう。切符売り場まで一緒について来て」

 ミランダが、ベアトリスのすらりとした背中に手を当て促した。

「もう行くの?」

 オットーが、寂しそうに言った。せっかく友達になれたのに、ちょっと名残惜しかった。

「急がないと列車がなくなるから、オットーごめんね」

 ベアトリスが、元気のない声で告げた。オットーも帰らなければならないことは、十分に承知していた。

「うん、分かってる」

「さあ、来ましょ」

 ミランダが、ベアトリスを連れて人混みの中へ入って行った。引っ越しの家の列車だけあって、プラットフォームには、多くの乗客が出ていた。停車時間は三十分と長いから、買い出をしたり、お店で休憩したりする乗客が多かった。オットーも最後の別れをしようと、ミランダとベアトリスの後を付いて行った。気をつけなければ、迷子になりそうなほど、乗客で改札口は混んでいた。

「オットー。それじゃあ、お別れね。元気でね」

 ベアトリスが小さく手を振った。それは寂しい別れの挨拶だった。オットーは手を大きく上げて応えた。

「うん、またどこかで会えるよね」

「きっとどこかで会えるよ」

 ベアトリスは、当てがあるわけではなかったが、どこかで再会できる、そんな気がして明るく答えた。家の引っ越しの列車が出発する前に、ベアトリスは別の列車に乗り込んでいってしまった。

 引っ越しの家の列車に乗ると、オットーはようやく安心した。我が家に帰ってきた心地がした。

「オットー、ずいぶんとたくましくなったね。どんな冒険をしてきたの?」

 アリスが成長したオットーを激励した。

「色々あり過ぎて大変だったよ」

 オットーはその日あった出来事を、アリスとミランダに話して聞かせた。オットーは遅い食事をした。夕方口にしたのは、魔女のクッキーだけだったから、お腹がペコペコだった。テーブルの皿には、チキンと温室野菜を蒸した物に、千切ったパンが添えられていた。それは、田舎の家庭的な家で出されるような、素朴で味が良かった。

 魔法の市の取り締まり取りで、アリスとミランダは運よく仲間に助けられ、警察に捕まらなかったと話した。

 オットーが魔法特急で追いかけてくることを知らせたのも、その仲間だった。オットーは美味しい食事でお腹が満たされると、急に眠気が増してきた。もうテーブルの上で、肘を突いてそのまま寝てしまいそうだった。

「オットー疲れたでしょ。今日は、早く二階へ上がって休みなさい」

 ミランダが、オットーを気遣って肩を揺すった。オットーは眠い目をこすりながら、素直に従った。

「アリス、オットーをベッドに連れていって上げなさい」

「分かった。オットー行きましょう。もう少しだから頑張ってね」

 オットーはアリスに体を支えられながら、二階に上がった。ベッドに入ると、睡眠の魔法をかけられたみたいに、すぐに眠ってしまった。その夜見た夢は覚えていないが、きっと楽しい夢だったのだろう。

 オットーが朝起きると、引っ越しの家の列車は、どこか知らないのどかな町並みを走っていた。

「オットー、おはよう。よく眠れた」

 ミランダがテーブルに座って、新聞を読んでいた。キッチンでは、アリスがロボットにホットケーキを焼かせていた。ロボットは見習いコックというくらいに、料理がかなり上達していた。

「おはよう、今ホットケーキが焼けるよ」

「どうしたの? あんなにいうことを聞かないポンコツだったのに」

 オットーが、機敏に動くロボットを指差した。アリスがくすくすっと笑って、小さな容器を取り出した。

「これを振りかけてやったの」

「それって、サビ落としのコショウ?」

 オットーは、アリスの手にした物をじっと見つめた。そんな物かけて、大丈夫なのかとちょっと心配した。ロボットは、以前とは見違えるほど元気だった。一度も失敗することなく、三枚の大きなホットケーキを焼くことができた。

 出来立てのホットケーキを、テーブルの皿の上に並べた。朝食を始めたとき、ミランダがその日の予定を説明した。

「バートとは、ヌカルミの町で落ち合うことになっているのよ」

「ヌカルミって、どんな町なの?」

 奇妙な町の名前だった。オットーが口の中で何度かヌカルミと繰り返して、ミランダを見た。自分では、何も思い付かなかった。

「町中が泥んこの町なのよ。だから、歩くのも大変。オットー、町に降りる時は、長靴を用意してね」

 ミランダが、コーヒーにミルクを垂らして、ティースプーンでかき混ぜた。コーヒーが泥んこのように濁った。

「雨の日は大変。雨にならないといいけど」

 ミランダは窓の外へ目を向け、空模様を確かめた。オットーはちょっと外を見ただけで、焼き立てのホットケーキにかじり付いた。何か足りない。そうだ。シロップが足りなんだ。オットーは、シロップの代わりにバターを塗った。それでも、ちょっと物足りなかった。やっぱり子供は甘い物が好きだ。

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