第31話 切符泥棒

 ビルの階段を下りる前に、アイザックがみんなに切符を手渡した。オットーは切符を受け取ると、繁々と見つめた。薄緑色の厚紙を切った、二十センチほどの長細い切符だった。切符の真ん中に、魔法特急と赤い印が押されている。他は特別変わった所はなかった。オットーは宝物を手に入れた気分で、それを大事にポケットの中にしまった。

 ほうき組合からゆっくり歩いて行っても、まだ魔法特急の出発時刻には、余裕があった。

 アイザックは薄暗い歩道を歩くうちに、みんなに指示してオットーを隠すように囲った。

「誰かにつけられている。気のせいか?」

「後ろに二人いるよ」

 ライアンが振り返らず、かばうようにオットーの肩に手を回して急がせた。オットーには、尾行されていることもよく分からなかった。

 暗い横道から急に誰かが現れ、オットーたちの行手を塞いだ。

「切符を渡してもらおう」

 警官の格好した男たちが二人と、他に三人の子供がいた。後ろからつけてきたのは、二人の子供だった。みんな暗がりに紛れるよう、黒っぽい服装をしている。

「盗賊のシールを使え!」

 警官の格好をした男が、子供たちに鋭い声で指示した。帽子をかぶった男の子が、ポケットに手を入れたまま、オットーたちに近づいてきた。

「オットー、先に行け。こいつらは俺たちが食い止める」

 アイザックが身構えて叫んだ。

「でも、それじゃあ。みんなが、魔法特急に乗り遅れる」

「俺たちは、大丈夫だ」

 アイザックが、絶対に逃すという意志を見せてオットーの背中を押した。オットーはアイザックの気持ちを受け取った。そこで、ベアトリスが光の魔法を使った。まばゆい光の魔法で、男たちも子供たちも意表を突かれ、目くらましを食らった。その隙にオットーは、アイザックたちの気持ちを受け取って走り出した。オットーは、追手に捕まらないように懸命に走った。すぐに子供たちがオットーを追いかけようとした。が、足がからまって、上手く走れない。木の葉が、足の周りを舞っていった。ライアンが木枯らしの魔法を使ったのだ。

 アイザックは警官に変身して、二人の男たちの注目を引きつけた。しかし、二体一では武が悪い。ライアンがチョコレートをポケットから出して、悪者を捕らえる鎖になれと呪文を唱えた。チョコレートが見る見る鎖に変わって、男たちや子供たちをぐるぐる巻きにして捕らえた。男たちは鎖を解こうと、必死に体に力を込めた。が、簡単には鎖を断ち切ることはできなかった。

「今のうちに、急ごう」

 ラルフが叫んだ。アイザック、ライアン、ベアトリスと続けて駆け出した。

 駅前はこれから列車に乗る人と、列車から降りてきた人で一杯だった。暗い夜空を照らすほどに、建物や外灯の明かりが光っていた。車も多かった。駅の前で止まって人を乗せると、またどこかへ走って行った。

 待っていたオットーの所に、息を切らせたアイザックたちが、もう走れないという苦しそうな顔をして追い付いた。心配だったオットーは、ようやく元気を取り戻した。みんなに手を振った。

「オットー、大丈夫だったか?」

 アイザックが息を整えながら、ぜいぜい言った。

「うん、大丈夫」 

 オットーはアイザックたちが守ってくれたからと、平気な顔をした。

「やられた。切符がない」

 アイザックが、ポケットに手を突っ込んで怒鳴った。

「俺もだ」

 ポケットを探ったライアンが、悔しそうに手のひらに拳を打ち付けた。

「ぼくは、平気だった」

 ラルフが、大量のチョコレートと一緒に切符を取り出した。

「私も取られなかった。でも、風船ガムは無くなっている」

 ベアトリスが、ポケットの中に両手を入れて確かめた。

「オットーは、どうだ?」

 アイザックが急いで確認した。オットーは慌てて、ポケットを探った。ポケットの中に切符は入っていなかった。オットーは落ち込んで首を横に振った。

「ぼくも取られている」

「切符は二枚か」

 アイザックは、あごに手を当て考え込んだ。それから決心をしたように、よしとうなった。

「ラルフ、オットーに切符を渡せ」

 アイザックが指示した。

「うん」

 オットーは、ラルフからチョコレートの匂いのついた切符を受け取った。ラルフはチョコレートのお陰で、切符を盗まれずにすんだのだと分かった。

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