第30話 魔法で驚かせ

 玄関ホールには、五人の子供の影が現れた。まだ屋敷の様子に驚いて、イタズラはしていなかった。

「それじゃあ、みんなできるだけ散らばって、見つからないように魔法をかけるんだ。オットーは、俺と一緒に来い」

 アイザックが作戦開始を宣言した。オットーは黙って、アイザックの高い背中を追った。ラルフと、ライアン、ベアトリスが黒マントに身を包むと、影のように区別が付かなくなった。もうオットーたちから離れて、向こうの壁際や、階段の上に隠れていた。

「ここには、色々な物があるぞ!」

 野球帽の子が、好奇心に満ちた声を上げた。

「しー、静かに。大声を出すと、外の誰かに気付かれるぞ」

 体の大きな子が声をひそめ、手を振った。

「何でほうきや、ちり取りが飾られているんだろう?」

 別の子が壁を指差した。

「さあな。きっと珍しい物なんだろ」

 野球帽の子が、辺りを見回した。さっきから誰かに見られている気がして、肩を強張らせた。この屋敷には、誰も住んでいないという噂だ。もし住んでいたとしても、この屋敷と同じよぼよぼの老人だけだろう。別の子が壁に近づくと、急に明かりが点いた。それは、見たこともない淡い明かりだった。

「どうして、明かりを点けた。早く消せ!」

 体の大きな子が慌てて怒鳴った。

「ぼくは、何も触っていない」

 別の子が、幻でも見たような青白い顔を機敏に振った。

「きっと近づくと明かりが点く、仕掛けになっているんだ」

 野球帽の子が意見した。すると、くすくすっとどこかで笑い声がした。子供たちは、びくりとして玄関ホールを見回した。子供たちの他には、誰もいない。いるはずがなかった。

「おい、何でほうき手にしてんだよ」

 別の子が、ありもしない出来事に頬を引きつらせた。

「わっ、本当だ。でも、ぼくこんな物取っていない」

 野球帽の子は慌てて、ほうきを投げ捨てた。ほうきがバタンと音を立て、床に転がった。それがころころと転がって、くすんだ壁をよじ登って元通りに戻った。子供たちは、自分たちの目を疑った。そんな事あるはずがない。

「おい、今の見たか?」

 体の大きな子がその図体に似合わず、弱々しく声をうわずらせた。

「きっと気のせいだよ」

 気弱な子が、ごくりとつばをのみ込んだ。そこへ今度は、窓のカーテンがパタパタと、鳥が羽ばたくような音を立てて揺れた。子供たちは思わず叫び声を上げた。それから、すぐに恐ろしい現象を幻のように否定した。

「今度は、風だよ。この屋敷、古いからどこか隙間が空いているんだ」

 野球帽の子が、見開いた目をゆっくりと動かした。他の子たちに助けを求める顔をした。

「いや、窓ガラスが割れているのかもしれないぞ」

 体の大きな子が、用心深く振り返った。

「そうだ。きっとそうだ」

 別の子がその子の意見にすがり付くように賛成した。

「もう、怖いから帰ろうよ」

 気弱な子が、泣きそうな声を出した。体がぶるぶる震えて止まらない。今にも床にへたれ込みそうだ。

「バカ言え。何かお宝を見つけるまで、俺は帰らないぞ」

 体の大きな子が気持ちを奮い立たせようと、大きな声を張った。

「そんな」

 気弱な子が勘弁して欲しいと、情けない声を出した。弱っている子供たちの頭の上に、子供用の傘がゆっくりと舞い降りてきた。

「傘が飛んでくるなんて、そんなはずがない」

「いいから、みんな逃げろ。ここはお化け屋敷だ!」

 子供たちが叫ぶと同時に、壁や台に飾られた調度品が宙を飛び始めた。まるで子供たちを追い立てるように襲ってきた。子供たちは悲鳴を上げながら、屋敷を飛び出した。どこからともなく笑い声が聞こえてきた。

 ベアトリスは壁の影から傘を構えた。子供たちが壁に近づくのに合わせて、傘から灯りの魔法を放った。子供たちが近づいた壁に、魔法の灯がともった。ベアトリスは、子供たちの驚き方がおかしくて、声を出して笑ってしまった。慌てて口を閉じた。

 ライアンはほうきを呼び寄せると、野球帽の子の手に握らせた。野球帽の子がほうきを投げ捨てるを見て、ほうきに壁に戻るように魔法で操った。

 アイザックはオットーに目配せした。オットーは窓のカーテンに隠れ、大きな音でカーテンをバタバタと揺らした。子供たちの叫び声が聞こえてきた。つい笑い声を立てそうになった。オットーは口に手を当て、込み上げてくる笑いを必死にこらえた。

「オットー、その傘は使えそうだな。ちょっと貸してみろ。こうして、宙を舞うように念じるんだ」

 アイザックは、オットーの子供用傘を開いた。竹トンボのように、宙を舞えと念じると、子供用の傘が宙を舞い出した。これを使えば、空だって飛べる。だが、この傘には、空を飛ぶ宝石がはめられていな。アイザックの飛ばした傘を合図に、他のみんなが屋敷中の道具に魔法をかけた。子供たちの頭上に浮かせ、飛び回らせた。子供たちが泣き叫びながら、屋敷から逃げ出した。作戦は大成功だった。

「言われて通り、バークマンさんの依頼を受けてきたぞ」

 オットーたちは、ほうき組合に戻ってくると、アイザックが自信たっぷりに、受付のおばさんに報告した。

「本当にバークマンさんに会えたのね?」

 受付のおばさんは眉を下げて、アイザックを見つめた。

「何だ。疑っているのか?」

 アイザックが、声を荒らげ言い返した。

「そうじゃないの。先月、バークマンさんからほうき組合に手紙が来たの。でも、調べてみたらバークマンさんは、もう亡くなっていたの。だから、依頼を受けても会えないかもしれなかったの」

「じゃあ。俺たちが会ったのは、バークマンさんの幽霊だったのか?」

 アイザックが真実に気づいて、急に声を震わせた。オットーも衝撃的な事実を知って、背筋に冷たいものを感じた。ライアンも、ラルフも、ベアトリスも青い顔をしていた。驚かせてやったつもりが、自分たちが驚く番になっていた。

「そう言うことになるのね。それじゃあ、依頼ご苦労様。そうそう。切符の用意ができているのよ。八時発の魔法特急ね。今日はこれ一便しかないから、乗り遅れないでね。それから、切符は絶対に無くさないでよ。釘を刺すようだけど、もう代わりがないからね」

 受付のおばさんは、引き出しから切符を取り出した。一枚一枚丁寧に確認して、差し出した。アイザックはその切符を手にし、手の中で数えた。確かに五枚ある。

「それじゃあ、気をつけてね」

 受付のおばさんが、最後に旅の無事を祈って微笑んだ。

「ああ、ありがとう」

 アイザックが丁寧にお礼を言った。オットーたちも受付のおばさんに頭を下げて、感謝の意を示した。

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