第29話 お化け屋敷

 受付のおばさんに指示に出された、バークマンさんの家は、思わず背伸びしたくなる立派な屋敷だった。ビルの間に一軒だけ屋敷が立っていた。それも、隣のビルに負けないほど大きな屋敷だ。しかし、古い家だったので、至る所がぼろぼろに壊れていた。

 オットーたちは玄関の前に立って、ベルを鳴らした。五回ベルを鳴らして、ようやく玄関の扉がきしみながら開いた。

「イタズラではないようだな。それで、お前たちは?」

 しわだらけの目付きの鋭い白髪の老人が、扉の隙間から静かに顔を出した。

「ほうき組合から紹介してもらって、ここに来た」

 アイザックが、簡単に老人へ説明した。その間も老人は、辺りを誰か見張っていないか、うかがっていた。

「おお、そうだったな。話は聞いておる。さあ、中に入ってくれ」

 老人はようやく表情を緩めて、オットーたちを屋敷に招き入れた。屋敷の中は思っていた以上に、小綺麗に整頓されていた。外観が古びていたから、お化け屋敷のような所を想像していた。玄関ホールは広く、壁には美しい絵画の代わりに、調度品が額に入って飾られ、レトロな博物館のようだった。

「どうして、傘やほうきを飾っているんだろう」

 オットーが、額縁にきちんと入れられた滑稽にも思える傘やほうきを見上げた。

「さあ、分からない」

 ベアトリスが冷ややかに首をすくめた。オットーたちは、玄関ホールを通って、客室に通された。そこにも、色々な物が飾られていた。フライパンもあったし、鍋や薬缶も見えた。

 老人は、すぐに客室のふかふかのソファーを勧めた。それも随分年代物のように思えた。オットーたちはお尻が真っ白にならないか、心配そうに並んで座った。

「それで、俺たちに何をして欲しいんだ」

 アイザックがちょっと目をとがらせ、老人に聞いた。みんなも老人に注目した。

「なに簡単なことだ。その前に、何か魔法を見せてくれ」

「どんな魔法だ?」

「そうだな。これなんかどうだ」

 老人は棚から、ロウソクの入ったガラス玉を手に取った。そうして、テーブルに置いた。

「さあ、誰が火を灯す」

 老人は、まるで謎かけのように言った。アイザックが、あごを上げて合図した。ベアトリスがガラス玉を手にした。アリスが持っていた物と同じだと、オットーは懐かしく思った。

「火をつければいいのね」

 老人は柔らかく微笑みながら、左様と言った。ベアトリスは、ガラス玉の上にそっと手をかざした。小さな炎がロウソクに灯った。老人は宝石を見つけたように顔を明るくした。ベアトリスは老人の喜びように、恥ずかしそうにうつむいた。

「それでは、このポットはどうだ。中に水が入っている。水を湯に沸かせるかな」

 老人は滑車のついた台から、ポットを選んでテーブルの上に置いた。アイザックが合図すると、ラルフが黙って従った。ラルフはポットの上で、指をパチンと鳴らした。ポットが驚いたみたいにごぼごぼ言って少し揺れ、注ぎ口から小さな湯気が立ち上った。老人はそれを見て、これは期待以上だと口の端を上げた。クッキーと紅茶を用意して、みんなに配った。

「なかなかやるな」

 老人は満足そうな笑みを浮かべ、紅茶をすすった。褒められたラルフは、鼻が高かった。

「さあ、食べながら話を聞いてくれ」

 老人がクッキーと紅茶を勧めながら、話し始めた。

「近頃、近所の子供たちが屋敷に忍び込んで悪さをする。屋敷の物を勝手に取って行って困ってしまう。そこで、イタズラする子供たちを魔法で驚かせて、二度と屋敷に近づけないようにして欲しいのだ」

「驚かせればいいだね」

 アイザックが、老人の言葉を繰り返して確認した。老人は、意地悪そうにうなずいた。オットーは、魔法でイタズラするなんて、ちょっと面白くなってきたと思った。

「この屋敷の物は、何でも使っていい。イタズラする子供たちを怖がらせるんだ」

 老人は、笑いをかみしめながら言った。イタズラする子供たちが、怖がるところを想像したのだろう。

「しかし、見つからないように、こっそり魔法を使わないといけない。これは、あくまでお化けの仕業を装うんだからな」

「俺らが見つからなければ、いいってことだね。何とかやってみよう」

 アイザックが、周到な作戦を考えるように言った。老人は、十分に納得した様子だ。玄関の方で物音がした。老人が眉を上げて、子供たちに気づかれないよう合図した。

「早速、イタズラする子供たちが来たようだ。では、お願いしよう」

 オットーたちは、イタズラしに来た子供たちに気づかれないように、姿勢を低くした。扉もそっと開けて、わずかな隙間から廊下へ出た。すぐに物陰に隠れた。屋敷の中は薄暗かったから、隠れるにはちょうど良かった。

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