第28話 ほうき組合

「さて、どうするかな?」

 アイザックが知らない町を前に肩をすくめた。

「当てがあるわけじゃないんだ」

 ベアトリスが、アイザックに冷たく非難した。顔をしかめた。

「はは、全然ないってわけじゃない。まずはほうき組合に行ってみようと思う」

 アイザックが、痛い所を突かれたと苦笑いした。オットーは不安に思った。

「ほうき組合?」

 ベアトリスが聞きなれない言葉に、聞き返した。

「魔法使いなら、何でも引き受けてくれる面倒見のいい組合だ」

 アイザックは古いビルの立ち並んだ、大きな通りを見渡した。車道に車はよく走っていたが、人通りはそれほどでもなかった。この時間帯は、どこの町でも外に人は出ていないのだろう。

 駅前の通りで、孔雀のように派手な格好をしたおじさんが、チラシ配りをしていた。そこを通る人は、誰もチラシには目もくれなかった。

「チラシをどうぞ?」

 アイザックとライアン、ラルフ、ベアトリスはチラシを受け取らなかった。オットーだけが押し付けられるように受け取った。おじさんは、ありがとうとオットーにお辞儀をした。オットーも何となく頭を下げた。

 チラシはアトリー美容院の宣伝だった。珍しいのはチラシの裏をひっくり返せば、この町の地図になっていた。地図の上には、アトリー美容院の場所が赤の四角いマークで、大きく記されていた。これなら間違いようがない。そうして、アトリー美容院の目印に、ほうき組合が載っていた。運が良かった。

「アイザック、地図をもらったよ」

 オットーが、先頭を行くアイザックの背中に呼びかけた。

「ううん。何の地図だ。ちょっと見せてみろ」

 オットーは、アイザックに裏にしたチラシを渡した。それを、アイザックが熱心に目を通した。すぐにほうき組合を見つけた。

「ちょうどいい。ほうき組合が記してある。でかしたぞ、オットー! この地図に従っていこう」

 アイザックはチラシを片手に、ほうき組合を探し始めた。

「オットー、お手柄だね」

 ベアトリスが、オットーを褒めた。ライアンとラルフもオットーの手柄を讃えて喜んだ。オットーは、ちょっと得意になった。まるで自分が、何か素晴らしいことを成し遂げたような気分になった。感謝すべきは、チラシ配りのおじさんだ。

 チラシの地図によれば、駅から徒歩で十五分の入り組んだ商店街に、ほうき組合はあるらしい。古い町並みは、ときどき道を迷路のように複雑にする。チラシの地図がなければ、ほうき組合にはたどり着けなかっただろう。

 オットーたちは、三度入り組んだ商店街を行ったり戻ったりして、ようやく古い雑居ビルの三階に、ほうき組合の看板を見つけた。真新しいアトリー美容院の店舗も隣にあった。

 オットーたちがビルの三階まで上ると、古臭い小窓の受付のような所が見えた。そこへアイザックが行って、代表で話しかけた。事務員のようなおばさんが、小窓から顔を窮屈そうにのぞかせていた。

「ほうき組合に、ようこそ。どんな御用かしら」

「列車に乗り遅れた、男の子を届けて欲しいんだ」

「えーと、何人かしら?」

「一人で。いや、五人だ! 俺たちは、あの子の付き添いだ」

 アイザックが、オットーを指で示して説明した。オットーは自分が呼ばれたのかと思って、ドキッとした。

「えーと、お金はあるのかしら。ああ、なさそうね」

 受付のおばさんが、オットーたちの身なりを見て、眉間にしわを寄せた。どう見ても、お金を持っていそうな子供には見えない。

「お金は、工面してくれると聞いたんだが」

「ええ。困ってる魔法使いを助けるのが組合の仕事だから。でも担保が必要ね」

「どんな物が担保になるんだ」

「そうね。その傘は、どうかしら。ちょっと見せてくれる?」

 受付のおばさんが、オットーたちを物色するように視線を向けた。アイザックが、オットーを呼び寄せた。

「でも、穴が空いているよ」

 オットーが、恥ずかしそうに打ち明けた。子供用の傘には、雨の日には役に立たないほどの大きな穴が空いていた。

「穴が空いてても、大丈夫よ。すぐに直せるから」

 受付のおばさんはオットーに、ウインクした。オットーは心臓が高鳴って、魔法をかけられたと思った。

「これは、どこで手に入れたのかしら?」

「魔法の市だよ」

 オットーが、子供用の傘を差し出した。

「ふ、ふん。何とかなりそうね」

「この傘は置いていかないといけないのか?」

 アイザックが、受付のおばさんに尋ねた。受付のおばさんは、帳簿に何か忙しく書き取っている。まだ子供用の傘を丁寧に調べた。

「傘は持って行っていいけど、預かりの札を貼る必要があるの」

「預かりの札? それを貼っておけばいいんだな」

「そうね」

「それで、どうやって列車まで届けてくれる?」

「帰りはいいのね?」

 受付のおばさんが、上目遣いに声は事務的に確認した。

「帰りのことは、向こうの大人と相談するよ」

「そう。だったら魔法特急が、この町の駅から出ているの。でも、夜にならないと出発しないのね」

「夜の何時だ?」

「えーと、八時ちょうどね」

 受付のおばさんは慣れた手付きで、机から資料を取り出した。

「結構、遅いんだな。それまで、まだ時間があるな。どうやって時間をつぶす」

 アイザックが、何の当てもないようにたくましい腕を組んで振り返った。

「遅くなっても大丈夫か?」

「私の所は平気」

 ベアトリスが、雨の日みたいに寂しそうに答えた。ラルフとライアンは異議を唱えなかった。

「それなら、ちょっと頼まれてくれない」

 受付のおばさんが、顔を乗り出すように言った。

「どんな頼まれごとだ? 話の内容によるけどな」

「あなたたち、魔法は使えるでしょ。魔法使いを必要としている。おじいさんの所に行って、手伝いをして欲しいの」

「魔法使いに会うのか? うーん、気が進まないな」

 アイザックが、魔法使いと聞いて浮かない顔をした。魔法使い絡みの仕事には、魔法の取り締まりが厳しいこの界隈では、危険が付き物だった。本心は隠して冗談ぽく言った。

「魔法使いの老人は、気難しくて偏屈と決まっているだろ」

「まあそう言わないで大丈夫よ。バークマンさんは気が優しい、ただの老人だから」

 受付のおばさんが、新しい帳簿を机の引き出しから取り出した。開いて指でなぞりながら確かめた。

「それじゃあ、まずバークマンさんの所に行って欲しいの」

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