第27話 隣町へ

「ぼくもう行かないと、列車に遅れる」

 オットーが慌てて叫んだ。

「列車はもう出た後だ。間に合わない。他の方法を考えよう」

 アイザックが片目をつぶって、腕時計をのぞき込んだ。望遠鏡ののぞき口みたいな、変わった腕時計だった。

「でも、ぼく行かないと」

 オットーは、いきなり走りだした。アイザックが止めるのを振り切って、地下室の階段を上った。ビルの裏口の扉から外に出ると、薄暗い狭い横道を通って、露天の通りに出た。すっかり露天の撤収さた通りには、誰も歩いていなかった。オットーは大通りまで走ってきた。ちょっと立ち止まって、息を整えた。そこからマルケット駅までは、五分とかからない。通りには、多くの人が歩いていた。オットーは人の流れに逆らって、マルケット駅まで走った。急いでいるオットーに、ときどき人がぶつかりそうになった。ほとんどの人が、駅の方から来た人だ。

 マルケット駅の建物が見えてきた。同時に、ビルの時計も目に入った。

 時計は、もう三時三十分を指していた。列車の出発の時間は、とっくに過ぎていた。アリスやミランダが駅で待っているとわずかに期待していたが、その姿は見えなかった。オットーは、ますます不安になった。

 オットーは改札口を通り抜けようとした。それを誰かが止めた。

「もう列車は行ってしまったよ」

 ライアンが、オットーの肩をつかんだ。顔は、すっかり元に戻っていた。

「アイザックが呼んでいる。戻ろう。他の手段で、列車に届けてやると言っている。それに、ここにいても何の解決にもならない。オットー、君一人では何もできないだろう」

 ライアンの残酷な言葉が、オットーの胸に突き刺さった。ライアンの言う通りだ。オットーには、どうする事もできない。

 オットーはしょんぼりしながら、ライアンの後に続いた。

「そんなに気を落とすな。まだ終わったわけじゃない。オットーの乗っていた、列車は停車時間が長いんだ。追い付くことだって、できるはずだ」

「じゃあ、今すぐ列車に乗って追いかけないと」

 オットーが一縷の望みを胸に、顔を上げた。

「待て待て、まだ気が早い。それに、列車に追い付くには、何も列車じゃないといけないわけじゃないだろ」

 ライアンは両手を広げて笑った。彼には何か策があるようだった。

「どういうこと?」

 オットーにはそれが分からない。驚いたように口を開いた。

「他にも手段は、色々あるってことだ」

 他の手段とは、オットーは何も思い付かずに、ただ首をかしげた。

 それから、十五分後にはオットーは、アイザックのおじさんのクーパーのワゴンに乗せられていた。型も古く傷だらけで、おんぼろだった。パトカーに勝負を挑もうとは思わないが、それでも走るのはどの車よりも速かった。

「荷物を運ばなくちゃならねえ。隣町までなら乗せてってやる。だが、とてもこの車じゃ列車には追い付けないぞ」

 クーパーがハンドルを操りながら、ちらりと車内を振り返った。後ろの席には、オットーとベアトリス、ライアン、ラルフが座っていた。

「それは分かっているよ、おじさん。隣町まででいいんだ。助かるよ」

 アイザックが助手席で体を運転席に向けて、クーパーに答えた。ワゴンは町を離れ、建物の疎らな郊外の景色に差しかかっていた。信号もたまにしか見えない一本道だったが、ここは隣町に向かう唯一の道だったから、行き交う車も少なくなかった。右の景色には、遠くに線路も走って見えた。ときどきそこを列車が通過するのが見えるから、黙っていてもオットーの気持ちを焦らせた。あの列車に乗っていれば、ミランダやアリスの乗った引っ越しの家の列車に追い付けたかもしれない。が、オットーにはその列車に乗る切符を買うお金が無かった。

「それで隣町まで行って、どうするんだ?」

 クーパーが前を見たまま、アイザックに尋ねた。

「隣町にも仲間はいる。そこを頼ってみようかと思うんだ」

「そうか」

「ただタダって訳にもいかないだろう」

「その子はお金を持ってないのか?」

「ああ、切符は持っていたけどな」

「それじゃあ。駅員に何とか言って、列車に乗せてもらえば良かったのに」

「それだと、急行に乗れないんだ」

「そうか。いつまで行っても前の列車には追い付けないということか」

「ああ、そういうこと」

 次第に緑だった景色に、建物が増えてきて、隣町が近いことを知らせた。オットーは隣町が近づいてくると、少し気分が紛れた。乗り遅れた列車に、多少でも追い付いている気がしたからだ。クーパーは、町と町の間を荷物を運ぶのを仕事にしていた。

 すぐに隣町の中心街が見えてきた。駅の近くで、オットーたちはワゴンから降ろしてもらった。

「ありがと、おじさん」

「でも、帰りはどうするんだ」

「それは、俺らで何とかするよ」

 アイザックがワゴンの窓から顔を出すクーパーに感謝の印に手を振った。

「じゃあ、みんな気をつけてな」

 クーパーのワゴンは小さくクラクションを鳴らすと、町中を走り去って行った。心地よい響きだった。オットーたちには幸先が、いいように感じた。

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