第26話 仲間が捕まった

 そこへ誰かが地下へ降りてきて、叫んだ。

「仲間が捕まった!」

 黒いハンティング帽を被っている、男の子だった。みんなの表情が、一瞬で凍り付いた。もうそこに笑顔や笑い声は消えていた。部屋の中は緊迫で張り詰めていた。急に辺りが静まり返った。

「誰が捕まったって?」

 アイザックが沈黙を破って、大声を上げた。

「キャサリンとトムだよ」

 黒いハンティング帽のライアンが、帽子を取って額の汗を腕で拭った。

「どうして、二人は逃げ遅れたんだ?」

 ラルフが慌てて聞いた。

「それがね。二人とも店番を頼まれてたんだ」

「バイトしていたのか?」

 アイザックが険しい目で、ライアンに詰め寄った。

「そうじゃないよ。足の悪い母親の代わって、店番していたんだって」

「仕方ないな。どうする?」

 ラルフが眉をひそめて、ポケットから丸いチョコレートを出して口へ入れた。

「もう直、警察署に連れて行かれる」

 ライアンが心配そうに、もう一度顔を拭った。汗はなかなか引かない。

「連れて行かれる前に、助けるしかない」

 アイザックが決心したように声を高くした。オットーに近づいた。

「オットー、仲間を助けたいんだ。手伝ってくれないか?」

「でも、ぼく列車が」

「分かっている。手伝ってくれたら、乗り遅れた列車に届けてやる」

 アイザックが、オットーの言葉を遮った。

「でも、どうすればいいの?」

「なに簡単だ! 警察の目を逸らしてくれればいい。逃すのは、こっちでやれる」

 アイザックは、もう決心したように強い口調で答えた。

 それから、十人で用心深くビルの地下室を出て行った。ライアンが先頭に立って、捕まった二人の所まで案内した。ライアンは辺りを見回して、警官がいないか確かめた。露天の通りは、既にもぬけの殻になっていた。ほとんどの人がどこかへ逃げ延びたか、警官に捕まってどこかに集められているだろう。

「裏口は警官で一杯だ。表から回ろう」

 ライアンが、手を振って合図した。みんなライアンの後ろに一列で続いた。しばらくこそこそ歩いて、ライアンが小さく口笛を吹いた。

「まずいぞ! 警官が来る」

 ライアンが足を止めて、みんなを手で制した。

「どうする?」

 ラルフが尋ねた。ライアンは、もう警官の格好に変身していた。

「僕が、何とか誤魔化すよ」

「ロープと手錠が必要だな」

 ラルフが、ポケットからチョコレートを出した。息を吹きかけて、手錠に変えた。見た目は銀色の鋼鉄でも、かじればチョコレートの手錠だった。

「ロープは私が用意する」

 ベアトリスが小さな紐を手にすると、するすると伸ばしてロープに変えた。

「みんな顔を覚えられるな。オットー、変装のシールだ。おでこに貼り付けろ」

 アイザックも、警官の格好をして風船ガムをかんでいた。額にシールを貼り付けている。オットーも変身シールを受け取って、裏の紙を素早くはがした。鏡を見ずに額にシールを貼るのは、少し難しかった。それは、「あなたのイタズラ、誰かに変装」変装のシールだった。オットーは、いきなり知らない人の中に立たされて戸惑った。

「オットー、上出来だ!」

 知らない顔の警官が、アイザックの声で言った。

「みんな手錠をかけて、ロープでつなぐんだ。連行されたことにしよう」

 ラルフの声がした。目はくりくりとしたラルフの目だったが、顔はごつごつして厳つかった。もうラルフではなかった。

 すぐに警官が現れた。変装したライアンとアイザックを、チラッと見ただけで何も言わなかった。むしろ連行される、オットーたちの方をにらんでいた。オットーはびくびくしながら、チョコレートの手錠とロープにつながれ歩いた。

 捕まった魔法使いは、露天の通りの入り口に集められていた。地面に座らされた、そばかすのあるキャサリンと、イタズラ好きそうなトムの姿も見えた。すっかりうな垂れて元気を失っていた。トムは真っ青な顔をしていた。

「オットーはその傘で、露天の花瓶を割ってくれ。そうだな。あの大きい奴がいい」

 警官に変装したアイザックがあごを突き上げ、薄汚れた花瓶を示した。魔法の市の露天に出品された物を警官が押収し、路上に並べた物だ。他にも道端には、たくさんの魔法の品物が、無造作に置かれていた。

「本当に割ってもいいんだよね?」

 オットーが、悪いことするみたいに、びくびくして聞き返した。

「ああ。どうせ、大した価値もないだろう。でも、チャンスは一回だけだ。よく狙えよ!」

 アイザックは鋭い視線で、辺りを警戒している。これから仲間の所に行って、気付かれないよう二人を逃すことを考えると、ひどく緊張している。

「チョコレートの手錠だ。引っ張っても壊れないけど、かじったらチョコレートに戻るぞ」

 ラルフの声がした。ラルフも逮捕された容疑者のように、自分の手に手錠をしていた。

「よし。表に出たら急いで人混みに紛れろ。オットーは、車道の向こう側に渡るんだ。俺たちは、キャサリンとトムの側に行く。合図を待つんだ。風船ガムを膨らませたら合図だ。花瓶を割ってくれ。ペアトリスは、オットーに付いてってやれ」

 知らない眼鏡の女の子が、黙ってうなずいた。変装しているから、ペアトリスには見えない。人通りに紛れると、オットーはすぐに手錠をかじった。本当に手錠は甘いチョコレートだった。すぐに手錠が割れて、腕の自由が利いた。オットーとペアトリスは並んで、信号が変わると横断歩道を渡った。誰も二人を怪しむ者はいなかった。オットーはできるだけ人目に付かないように、狭い横道のビルの陰に立った。ベアトリスが、すぐ後ろについた。

 アイザックは、キャサリンとトムを隠す位置に着いた。変装したライアンとサイモン、ラルフの姿もその近くに見えた。逃走の準備が整ったようだ。

 アイザックの合図は遠くらかでも、すぐに分かった。警官が、ピンクの大きな風船ガムを膨らませた。

 オットーは、魔法一回シールを子供用の傘に、どうか見事命中しますようにと、お守りのように貼り付けた。それから、傘を花瓶に向けて構えた。

「オットー、落ち着いて」

 ベアトリスが知らない眼鏡の女の子の顔で、オットーの肩に手を触れた。オットーは、体がカチカチになるほど力が入っていた。オットーは傘を構えたものの、なかなか決心が付かなかった。

「ペアトリスがやってよ。君の方が、本当は的当て上手いだろ」

「それはできない。オットーが頼まれたことだから」

 オットーは眉を上げて、もう一度花瓶に狙いを定めた。シールの効果は一回だけ。これを外すと後がない。それを考えると、手が震えた。オットーは一息はくと、花瓶を見つめた。息を止め、当たれと念じた。子供用の傘から、微かな光が飛び出した。真っ直ぐに車道を越えて、押収された花瓶に見事命中した。パンと破裂する大きな音が通りに響いた。警官や通行人は、みんな割た花瓶の方に注目している。

「オットー、大成功よ。急いで戻りましょ」

 ベアトリスに肩をたたかれ、オットーは我に返った。オットーの放った魔法は、見事に命中したのだ。あとは、アイザックたちが上手くやってくれる。

 オットーとベアトリスは横断歩道を渡って、露天の通りに戻った。運よく警官には出会わなかった。二人は先に地下室に戻って、待っておく手はずになっていた。アイザックたちが戻ってきたのは、十五分の後だった。既に変装を解いて、元の顔に戻っている。地下室に戻ってくると安心したのか、引きつった顔に、ようやく笑みをもらした。

「オットー、よくやった。キャサリンとトムは家に返した。時間がない。急ごう」

 アイザックが、オットーの側に近寄ってきた。

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