第25話 的当て

「サイモン、散らかすなよ。片付けろ!」

 アイザックが怒鳴った。

「棚の下に隠したって、片付けたことにはならないだろ」

 サイモンは言い訳するように言った。

「あっ、この虫眼鏡俺のだ。オットーこれもお前にやるよ」

 サイモンが、オットーに虫眼鏡を拾って押し付けた。オットーは虫眼鏡を一度覗いて、すぐに上着のポケットにしまった。

「誰の傘だ。これ、ちょっと曲がっているけど」

 ラルフが、埃だらけの傘を床から取り上げて咳き込んだ。

「そうだ、オットー。傘を持っているね。ちょうどいい。的当てをしよう」

 ラルフが傘を掲げた。

「的当て?」

 オットーは初めて聞く言葉に、ちょっと首をかしげた。

「向こうの的があるだろ。どちらがより、正確に的に当てられるかの競争だ。簡単だろ」

 ラルフの示した壁には、白ペンキで三十センチほどの的が描かれていた。

「この中で、誰が一番的当てが上手い?」

 ラルフが手を上げて、大声で叫んだ。

「そりゃ、ベアトリスだろ」

 みんなが口々に答えて、さっきの眼鏡の女の子を指差した。

「よし、ベアトリス。的当てで勝負するんだ」

 ベアトリスも満更でもないという顔で、ラルフから汚れた傘を受け取った。

「この傘、ずいぶん曲がっているけど大丈夫かな」

 ベアトリスは、埃だらけの傘を手に咳き込んだ。息に吹かれて、埃が舞った。

「そのぐらいのハンティーはないと、勝負が面白くならないだろ。オットー、的当てはしたことあるか?」

 アイザックに言われて、オットーは否定した。戸惑うオットーをよそに、ラルフはオットーとベアトリスを、部屋の真ん中の線に並べて立たせた。

「勝負は一回勝負だ。傘を構えろ!」

 ラルフが、大きな声とともに手を上げた。

「でも、ぼくできないよ」

 オットーが、困ったように言った。

「ダメだ。もう勝負は始まっている。取り消しは認められないぞ!」

 ラルフが手を激しく振って、厳しく忠告した。

「じゃあ、私から先にいくよ!」

 最初にベアトリスが、傘を壁の的に向けて構えた。傘が曲がっているから、やりにくそうだった。何度か構え直した後に呼吸を整え、息を止めた。息を止めるのと同時に、曲がった傘から微かな光が飛び出して、的に向かった。たちまち壁に当たって、パンと弾ける音がした。ベアトリスの放った光は、わずかに中心の的から外れていた。

「二十点だな!」

 ラルフが自分の手柄のように怒鳴った。

「次はオットーだぞ。早くしろ」

 オットーが傘を構えず、困っていると、誰かがささやいた。

「魔法一回のシールを使えばいい」

 オットーは声の方に振り返ったが、誰が言ったか分からなかった。でも、魔法を使う方法は分かった。オットーは、サイモンと交換したシールを取り出した。紙をはがして、子供用傘に貼り付けた。

「傘を構えろ!」

 ラルフが勢いよく叫んで、手を天井へ向けて伸ばした。

 オットーは壁の的に向かって、真っ直ぐ子供用の傘を構えた。やり方は見ていた。オットーは深呼吸して、息を止めた。頭の中で、子供用の傘から光が飛び出すところを頭に描いた。すると、その通りになった。子供用の傘から、微かな光が飛んで的に向かっていった。オットーの放った光は、壁の的の中心をとらえた。

「三十点だ!」

 ラルフが、大声を上げて喜んだ。「三十点だ。三十点だ」と、部屋の中で歓声が上がった。オットーはびっくりして、しばらく体が動かなかった。まさか的に当たるとは思っていなかった。しかもど真ん中だ。

「君、なかなかやるね」

 ベアトリスが、オットーの肩に軽く手を当て祝福した。完全に負けを認めた。ラルフは光の魔法を飛ばして、体をくねくね踊らせた。他のみんなもラルフにならって、光の魔法を出したり、踊ったりした。オットーはこんな優しく、美しい魔法の光を見たのは初めてだった。オットーも何か魔法を使って、それに応えてやりたかったが、壊れた子供用の傘を開いて掲げるしかできなかった。

 オットーが開いた傘が、穴が空いていたので、笑いが起こった。それは楽しい笑いだった。しばらく、みんなオットーの祝福の気分に浸っていた。

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