第24話 裏表のコイン
「丁度いい。そのシールと交換してくれ」
キツネ目の男の子が、オットーに近寄って来た。
「棚の隙間にコインを落としてしまったんだ。もう取れないと思っていたところだ。そのシール使わせてもらうよ」
「オットー、それでいいのかよ。一度、了解したら取り消しはできないぞ」
ラルフが手を止めて、オットーに心配そうに尋ねた。
「いいよ。ぼくこのシール、使い道に困っていたから」
「サイモン、交換するシールを早く出せよ」
ラルフが、キツネ目の男の子に指示した。サイモンはズボンのポケットから、シールを一枚無造作に引っ張り出して、オットーに渡した。代わりにオットーのシールを取った。
ラルフが、オットーに渡されたシールを覗き見した。あなたの代わりに、魔法が使える。魔法一回シール。魔法使いに取って、それは何の価値もないシールだった。
「そんなゴミ屑と交換するのかよ。サイモン!」
ラルフが怒鳴った。
「うるさいな。横から口出しするなよ。もう決めたことだろ」
サイモンが、しかめ面をした。
「ぼくは、これでもいいよ」
「オットー待て待て、そんなゴミ屑のシールなら、二枚以上と交換しなきゃ、公平じゃない」
ラルフが真剣に手を振った。
「じゃあ、身代わりの花瓶も付けてやるよ」
サイモンはポケットからシールを一枚取り出した。
「そんなの一番のハズレシールじゃないか」
ラルフは顔をしかめた。
「これだって、使い方次第で役に立つときがある」
サイモンは、この不公平な交換を成立させるつもりだ。
「例えば、どんな?」
ラルフがサイモンに聞いた。
「そんなの自分で考えろよ!」
サイモンが不機嫌に怒鳴った。
「ふふふ、またケンカしてる」
眼鏡の女の子、ベアトリス・ブラックが楽しそうに笑った。
「ぼくも、ちょっと身代わりのシールはいらないよ」
「何だよ。新入りの癖に。だったらもう一枚、魔法一回のシールをやるよ」
サイモンは、同じシールをオットーに押し付けるように渡した。
「それ、どうやって使うの?」
オットーはシールを受け取ると、サイモンに渡した隙間のお守りのシールの使い道を尋ねた。
「ああ、これか。見せたやるよ。こっちに来いよ」
オットーは言われるまま、サイモンの後に付いて行った。部屋の隅まで来て、壁際に金属の棚の前に立った。棚には古い工具や、使われなくなった道具が乱雑に詰め込まれていた。サイモンはその前にしゃがみ込むと、棚の底の隙間に指だけ入れた。
「ここだよ。ここにコインが入ったんだ」
「棒か何かで、取れないの?」
「やってみたさ、でもダメだった」
サイモンは、困ったように肩をすぼめた。それから、気を変えてオットーを見た。
「よし、このシールを試してみよう。隙間のお守りだったな」
サイモンのわくわくするような言葉に、オットーが明るくうなずいた。サイモンはシールを手にすると、棚の底に貼り付けた。オットーの目には、何かが起こったようには見えなかった。
「手を入れてみるぞ!」
サイモンが、怖がるよう棚の底の隙間へ手を入れた。入らないと思ったサイモンの手が、すっぽりと狭い隙間に入った。
「何か手に触れたぞ!」
サイモンはそれを指の中で弾いて、棚の隙間から外に出した。短くなった鉛筆だった。鉛筆の先端が削られて、一から六の番号が記されていた。
「残念、これじゃない。他にもあるぞ」
サイモンは、棚の底の隙間に紛れ込んだ物を、次々に出していった。それらは、遭難して救助されたみたいに、暗い隙間から勢いよく飛び出してきた。チョークのかけら、バッテンの描かれた丸い石、新品の消しゴム、小さな虫眼鏡、ピンクの飴玉、壊れた傘、そして、最後に銀色に光るコインが出てきた。
「やった。出てきた」
サイモンはコインを見つけると、棚の底から手を出して、コインを鷲掴みした。手の中で、ふーと息をはいて埃を払った。満足そうに銀色のコインを見つめた。親指で弾いて、宙に飛ばした。それを手の甲で受け取った。オットーは物珍しそうに、サイモンがコインを飛ばすのを見ていた。
「裏が出るか表が出るか、当ててみようか。賭けてもいいぜ!」
サイモンが声を弾ませ提案した。サイモンは手の甲に載せたコインを、左手で隠すように押さえた。
「それ、インチキだから。間に受けるなよ!」
ラルフが、オットーに忠告した。
「おいおい、バラすなよ。まあいい。これはね、オットー。自分の思った通りに、裏表が出るコインなんだ。まあ、あんまりこれをやると、インチキだと疑われるけどね」
サイモンはもう一度、コインを親指で弾いて宙に飛ばした。落ちてきたところをつかんで、素早くズボンのポケットに入れた。そして、満足そうに笑顔を作った。
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