第22話 魔法取り締まり

 紺色の警官の格好をした男が、ぞろぞろ現れた。オットーは慌てて左耳をひねると、魔法の磁石を探し物の箱の中にしまって、耳の裏へ隠した。が、壊れた子供用の傘をしまうのを忘れていた。もう警官が迫って、走りながらでは探し物の箱をうっかり落としてしまったら大変だ。オットーが子供用の傘を手に急ぎ足で立ち去ろうとした時、誰かが呼び止めた。

「おい、ちょっと待て! お前だ」

 振り返ると、オットーの背後に強面の警官の姿があった。オットーは恐ろしくなって、震える足を止めた。警官が白い手袋をした大きな手で、オットーの耳を引っ張った。探し物の箱を見られていたのだ。しかし、何も起こらない。

「気のせいか」

 警官は訝しげに口を歪め、それからオットーに威圧のある声で言った。

「行ってよし!」

 オットーはドキドキしていた。耳の裏に隠した箱が、見つかるんじゃないかと心配した。行ってよしと言われた、オットーはゆっくりと歩き始めた。警官から離れるに連れて、段々早足になっていた。それは、オットーの胸の鼓動と一緒だった。

 オットーは、裏口へ逃げる人々の中にいた。その間に、警察に捕まった人が何人もいた。彼らは手に大きな荷物を持っている人がいると、網ですくうように見境なく捕まえ、持っている物を調べた。商人は容赦なく捕まえて、連行した。密告があったのか、ここで魔法の市が開かれていることを知っていたのだろう。

 出口は混み合っていた。後ろからは、警棒を持った恐ろしい警官が迫っていた。もう一度、捕まれば今度は連れて行かれるかもしれない。後ろからも前からも押される人混みの中で、オットーは必死に逃げ場を探した。

 その時、誰かがオットーの手を引いた。オットーはその手に引かれるまま、走りだした。最初それは、アリスの手だと思った。同じ女の子だったが、アリスではなかった。

「こっちよ。急いで!」

 女の子が足を早めて、オットーを急がした。女の子は頭から、黒いマントに身を包んでいた。マントの間から、顔だけ出していた。前髪を眉毛の所でそろえて、アーモンド形の綺麗な大きな目をしていた。ときどき不安で一杯なオットーの方を振り返って、遅れないように励ました。オットーの手は、女の子にしっかり握られていた。女の子は人と人の間を縫うようにして、前へ横へ前へ横へとどんどん先へ進んだ。

 出口の前まで来ると、急に向きを変え、迷わず横道に入っていった。それは、小さな横道だった。しかし、その道はやがて行き止まりになっていた。だから、誰もその横道を使わなかった。

 ビルの壁に囲まれた行き止まりの前に、一つ鉄の分厚い扉があった。どこかのビルの裏口だ。女の子が扉に手をかけると、鍵が閉まって開かなかった。オットーは、心配そうな色の目で女の子を見つめた。もし警官が後から追いかけてきたら、二人とも捕まってしまうと恐れた。もう逃げ場は無かった。女の子はそんなオットーの心配も気にせず、今度は鉄の扉をノックするようにたたいた。三回たたいて一回休み、三回たたいて一回休む。それを三度繰り返した。しばらく待って、鉄の扉の向こうで慌ただしい音がした。と同時に扉の鍵が、ガチャと開けられた。オットーは、ほっとした。女の子は扉に手をかけると、今度は扉を引いて開いた。

「急いで中に入って」

 女の子は、小さな声でオットーに言った。扉の中は薄暗く、誰もいなかった。誰が鍵を開けたか分からなかった。扉の中はビルの狭い廊下で、すぐ側に上と下に続く非常階段が見えた。女の子は迷わず、その階段を下へ下りていた。コツコツと二人の足音だけが、辺りへ響いた。

「どこまで行くの?」

 オットーは、女の子が行く方には行きたくなかった。階段を下りた先に、とてもミランダとアリスがいるとは思えなかった。そこはあまり使われていない埃っぽい倉庫のような所だった。

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