第21話 ポールのお店

「次は何?」

 アリスが、ミランダに買い物を聞いた。

「次は古い辞書ね。これは簡単に手に入りそう」

 ミランダがあごを向けた先に、古本ばかり並べた露天が見えた。店の人は椅子に座って、熱心に本を読んでいた。

「済みません。古い辞書はありますか?」

 髭を生やしたおじさんが顔を上げて、オットーたちをチラリと見た。それから、慌てたように立ち上がった。

「ああ、古い辞書ね。ありますよ。えーとどこだったかな。確かここら辺に。ああ、ありました。これだ」

 店のおじさんは、古い辞書を手にすると、ふーと息をかけて埃を払った。ちょっと咳き込んだ。布でよく埃をはたいて、ミランダに差し出した。

 ミランダはちょっと確かめて、すぐに答えた。

「じゃあ、これ下さる。いくらかしら?」

「えーと。二百エンになります。おや、フライパンに、子供用の傘、鳥かごに、古い辞書、魔法市に帰るんですか?」

「ええ、まあ」

 ミランダは曖昧に言った。

「だったら、百エンに負けときましょう」

 店の人は陽気に笑って、親切だった。

「ありがとう」

「私もね。暇があれば、町に戻りたいんですが、なかなかこの町に根付いちゃってね。袋に入れましょうか」

「ええ、大丈夫よ。はい、百エンね」

 ミランダは代金を店のおじさんに渡して、古い辞書を受け取った。それを大きな買い物袋に入れた。

「そうだ。こたつの足はもう買ったんですか?」

 店の人が耳打ちするみたいに聞いた。

「いえ、まだなの。それが一番大変ね」

 ミランダが、悩み事があるように顔を曇らせた。

「それなら、この先。十軒行ったポールの店にあると思いますよ。行ってみて下さい」

「わざわざ親切にありがとう」

 ミランダが、店のおじさんにお礼を言った。

「いいえ、大したことじゃありません」

 店のおじさんは、右手を振って答えた。古本の出店のおじさんに教えられた、ポールの店はすぐに見つかった。店の前に、ポールの店と看板が立ててあった。それは、ちょっと奇妙な店だった。色々な家具の足だけが、箱に入れられ売られていた。箱にはテーブルの足、椅子の足、机の足、ソファーの足と張り紙がしてあった。こたつの足もちゃんとあった。箱には足の種類は一緒でも、大きさはバラバラだった。オットーは、一度にこれほど多くの足を見たことがないと驚いた。足と言っても、たくさんあるものだと感心した。

 ポールは二十代くらいの、雷除けの帽子を被って、紺のつなぎを着た男だった。露天の前に来ると、ポールは愛想良く声をかけてきた。

「どうぞ見ていって下さい。ここにない足はないくらいそろっていますから」

「こたつの足が欲しいのだけど」

 ミランダが店の中を見渡した。

「ああ。それはどうも、町に帰るんですね。分かりました。小さいのがいいですか。それとも大きいのもありますけど」

「普通ので結構よ」

「そうですね。普通ので」

 ポールは箱の中から手際良く、こたつの足を選んでミランダに見せた。

「これなんか、どうでしょう? 丈夫で手触りもいい。持って帰るのに丁度いい」

「そうね。いいみたいね」

 ミランダがこたつの足を手に取って、よく確かめると、アリスに渡した。アリスも、じっくり調べてうなずいた。ポールにこたつの足を返した。

「これだけで、よろしいですか。他にもたくさん足はありますよ」

「こたつの足だけで結構よ。いくらになるかしら」

「はい、五百エンになります。じゃあ。包みますんで、ちょっとお待ち下さい」

 ポールは机に吊るされた、新聞紙の束から一枚取って、手早くこたつの足を包んだ。それをミランダに渡す代わりに、五百エン硬貨を受け取った。ありがとうございますと、ポールは頭を下げた。ミランダは、いい買い物ができたと喜んだ。

「後は、何が必要なんですか? 馴染みの店なら紹介しますよ」

 ポールが手を揉みながら声をかけた。

「ええ、ありがとう。虫眼鏡と洗濯バサミです」

「虫眼鏡と洗濯バサミなら、この先を四五軒行った所で、手に入るでしょう」

「わざわざありがとう。行ってみましょう」

 ミランダは、ポールの親切に応えるように頭を下げた。

「いえいえ、こちらこそ」

 ポールは、笑顔でオットーたちに手を振った。オットーたちが、ポールに教えられた出店を探している時だった。後ろの方で、警戒するような大声がした。

「みんな、魔法の取り締まりだ。急げ! 表はダメだ。裏側から逃げろ」

 その声に辺り一面が、急に静まり返った。次の瞬間には、あちこちで悲鳴の声が上がった。みんな慌てて、店をたたみ始めた。一斉にみんな走り出したから、混雑になった。

「オットー、離れないで」

 オットーは、アリスの必死の声を聞いた。が、逃げ出す人の波に、あっという間にミランダとアリスを見失ってしまった。

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