第20話 曲がった鉛筆

「オットー、魔法の磁石を使ってみて」

 オットーはアリスに言われて、魔法の磁石を子供用の傘に近づけた。針が一回りして、それから止まった。針の先が子供用の傘を指している。が、離してみると、また別の方向へ回って指した。どうやら子供用の傘の他にも磁石に反応する物を見つけたみたいだ。特別な魔法の道具を、同時に二つ見つけるなんて、これはかなり幸運だった。魔女のクッキーにある幸運のシールを使った時と同じくらいの幸運だった。魔法の磁石が示したのは、台の代わりに段ボール箱の上に置かれた物だった。

「あっ、曲がった鉛筆」

 アリスが叫んだ。その緑色の鉛筆は、草の蔓が棒に巻き付いたように曲がりくねっていた。

「何なの?」

「曲がった文字しか書けないのよ。これも一様、特別な魔法の道具なの。でも数が多いし、珍しい物じゃないの」

 アリスが曲がった鉛筆を手に取った。鉛筆はちょっと削って、すぐに使わなくなった物のようだった。上手く文字が書けないから、それも当然だ。

「そんなの、どうやって使うの?」

「子供のおもちゃよ。書いてみると、なかなか楽しいよ。イライラするけど」

 アリスは空中に文字を書く真似をした。

「おばさん、これいくら?」

「五十……、三十エンでいいよ」

 アリスは早速かまぐちに手を入れ、三十エン取って渡した。

「ありがとね」

 おばさんは手を伸ばし、お金を受け取った。

「無駄遣いじゃない。そんな物買って、どうするの?」

 オットーにはその使い道が理解できなかった。それでアリスを見上げた。

「ロボットに、これで字を書かせるのよ」

 アリスは、口元をずるそうに上げた。名案を思い付いたという顔をした。

「それって、ちょっと意地悪だよね」

 オットーはロボットが困っているところを考えると、可哀想になった。

「壊れているんだから、平気よ」

「そうかな」

 他に魔法の磁石が反応した物は無かった。ミランダは散々迷って、子供用の壊れた傘を買うことにした。値段も百十エンと格安だった。

「オットー、これちょっと持っていてくれる」

 ミランダは、オットーにその子供用の傘を手渡した。オットーは子供用の傘を開いて、穴の空いた所を片目をつぶって見た。こんな壊れた物買って、どうするんだろう。

「次は鳥かごね」

 アリスはコートのポケットから、小さなメモを取り出して言った。

「どこにあるのかしら?」

 ミランダが歩いてきた所を振り返って、眺めている。

「この先にないか見てみましょ」

 オットーたちは、しばらく露天に挟まれた道を歩いた。露天はたくさん品物を並べているのに、なかなか鳥かごは見つからなかった。

 食器や骨董品が多かった。他にも服や靴、魔法使いのマント、自転車の空気入れ、懐中電灯、包丁、トンカチなんかの日用品があった。どのお店の人も椅子に座ったり、膝を抱えて地べたにお尻をつけたりして、熱心に商売している人は少なかった。中には隣の店の人とお茶をして、トランプで暇つぶししている人も少なくなかった。並べた品物が売れても、売れなくても、あまり気にしていなかった。テントも敷物も無い、品物だけ地面に置いた即席の店も少なくなかった。

 オットーは露天の綺麗な花瓶を眺めたり、魔法の磁石で特別な道具を調べたりしながら、ミランダとアリスに遅れないようについて歩いた。

 オットーが露天を指差した。そこには、ちょっと不気味な動物の剥製を檻に入れたお店があった。

「ねえ。あの店」

 猫の剥製が、動き出しそうで恐ろしかった。

「ちょうどいい。ここで買いましょ」

 ミランダは、お店を見渡した。店の奥には、黒い帽子を被ったお婆さんがいた。こちらに気付かずに、気持ちよさそうに居眠りしていた。

「済みません、ちょっと」

 ミランダが起こすように、お婆さんへ声をかけた。お婆さんは、眠ったままだった。

「はい、何でしょう」

 お婆さんは起きていない。声だけが聞こえてきた。

「あのお婆さんが、しゃべったのかな?」

 オットーはお婆さんの顔をじっと見つめた。が、やっぱりお婆さんは夢の中にいるように、目を閉じていた。代わりにしゃべったのは、檻の中の猫の剥製だった。

「何をお求めかな?」

 猫の剥製は、ピクリとも動いていなかった。が、子供のような声だけ聞こえてきた。

「剥製の猫が喋ってる」

 オットーは、ギョッとして後退りした。

「オットー、大丈夫よ。檻の中にいるから、噛み付いたりしないよ」

 アリスが、オットーを安心させようと肩に手を置いた。

「あの鳥かごが、欲しいんですけど」

 ミランダは、檻に顔を近づけて猫の剥製に言った。

「鳥かごですか。ちょっと待って下さいね。今、確かめますから」

 剥製の猫が、体をぴーんと伸ばした格好のまま、続けて大声を出した。

「番号一、ニャー」「二、ゲロゲロ」「三、ケッケッケ」「四、コッコ」「五、ゲエゲエ」「六、コロコロ」「七、チュンチュン」「八、リンリン」「九、カーカー」「十、パタパタ」

 剥製の猫が号令をかけると、次々に檻やかごの中の剥製が鳴き始めた。

「こちらから四番目と、七番目と、九番目が鳥かごですね」

「鳥かごだけでいいの、剥製はいらないの」

 ミランダは檻に向かって慌てて言った。

「そうですか。それだったら、ちょっと手間を取らせますが、剥製を取り出して、別のかごに移し替えて下さい。ああ、私は手が届きませんからお願いします」

 剥製の猫は、申し訳なさそうにした。ミランダは九番目の鳥かごを選んだ。カラスと同じ真っ黒な鳥かごだった。その中から、恐る恐るカラスの剥製だけ取り出した。案の定、カラスが首を絞められたような悲鳴を上げた。ミランダが気味悪かって、誰か私の代わりにやって欲しいという顔をした。そうして、隣のコウモリのかごに移し替えた。ミランダは空になった鳥かごを剥製の猫に見せた。

「いくらかしら?」

「えーと、これなら五百エンになりますが、手間をかけたし、カラスがイタズラして驚かしたので、四百エンに負けときます」

 剥製の猫から声がした。

「ええ、ありがとう。助かります。お金はどこに置けばいいの?」

 ミランダが言った。

「下に箱がありますから、そこに入れて下さい」

 剥製の猫の檻の下に、もう一つ檻が積み重ねられ、その中に木の箱が入っていた。その檻の扉がギーと物々しい音を立てて開いた。ミランダは用心深く檻に手を入れ、代金をその箱に入れた。ミランダが檻から手を出すと、また扉がギーと鳴って閉まった。

「ありがとうございます」

 随分と礼儀正しい剥製の猫だ。

「いいえ、こちらこそ」

 ミランダも、かしこまってお辞儀をした。オットーには最後まで、この剥製の猫がしゃべっているのかよく分からなかった。剥製の猫の中に、スピーカーが仕掛けられて、誰かがイタズラしているくらいに思っていた。買った鳥籠は、アリスが持つことにした。

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