第18話 さび落としのコショウ

「済みません。どうもフランパンは売り切れのようです。でも一つだけあるにはあったのですが、サビだらけで、これは売り物じゃないですよ」

 店主は、サビて手が赤くなりそうなフライパンを持って、弱ったという顔をしていた。

「困りましたね」

「そのコショウを振りかければ、いいじゃない」

 オットーの頭に名案の電球が点った。ロボットの持ってきたサビ落としのコショウを嬉しそうに指差した。また新しい魔法を見ることができると、わくわくした。

「あっ、お前。また何か持ってきたのか。注文を間違えてばかりだから、もう用済みだな!」

 店主はロボットを見て、カンカンに怒った。

「それじゃあ、それ売って下さい」

 アリスが、ロボットの四角い頭をポンと叩いた。

「こいつは、ちょっと値が張るよ。お嬢ちゃんの財布の中身じゃ、足りないな」

「でも壊れているでしょ」

 店主は苦笑いして、ロボットとアリスを交互に見比べた。こんな可愛らしい女の子には頭が上がらない。

「仕方ないか。分かった負けて上げるから。でも一万エンだけど払えるかな?」

「それだったら、払えそうよ」

 アリスはがまぐちからお金を取り出した。

「そんなの買って、どうするの?」

 オットーが心配して、アリスに疑問を投げかけた。大金を出して、ガラクタを買うなんて勿体無い。

「ホットケーキを焼かせるのよ」

 アリスはイタズラっぽく、オットーにウインクした。オットーはドキッとした。

「それじゃあ。そのサビたフランパンと、サビ落としコショウを下さる」

 ミランダがもう財布を手にして、店主に言った。

「このフライパンは、お負けしますよ。サビ落としのコショウは、五百エンになります。こんなフライパンでいいですかね。しかし、このコショウを使えるとは、うらやましい」

 店主は申し訳なさそうに、手早く新聞紙でサビたフランパンを包んだ。サビ落としのコショウは紙袋に入れて、オットーに手渡してくれた。オットーはすぐにでもサビたフライパンがピカピカになるところを見れると思っていたから、ちょっとがっかりだった。店主も密かに期待していたとみえ、オットーと同じ顔をしていた。が、こんな人前では魔法は使えないことも分かっていた。

「ありがとうございました。ああ。ロボット、大切にしてやって下さいね」

 店主は、旧友と別れを惜しむようにしわのある目を細めた。

「心配しなくても、大切にするよ」

 アリスは、店主の気持ちを察して答えた。そうして、ロボットの手を引いた。ロボットは寂しそうに一度、店主の方を振り返った。店主は心を鬼にして追い払うように、手を振った。顔は笑っていなかった。ロボットも同じだった。長い間、一緒に働いてきたのだから、別れが辛いのだろう。ロボットは、親元から離れる心境だったに違いない。

「さあ、行こう」

 アリスはロボットに促した。停車の一時間は、あっという間に過ぎた。列車の出発時刻になった。列車が動き出すと、早速サビだらけのフライパンに、サビ落としのコショウを振りかけてみた。

「さあ、やってみるよ」

 アリスがサビたフライパンをテーブルの上に置くと、呪文を唱えるように、サビ落としのコショウを一振りした。一振りすると、フランパンからサビが落ちた。二振りすると、フライパンが綺麗になった。三振りすると、フランパンがピカピカに輝いた。オットーの目も輝いて、驚いた。こんなに簡単に、さびを落とすことができるなんてすごい魔法だと感心した。

「一時は、サビだらけのホットケーキを食べないといけないのかと心配したけど。これならホットケーキを焼いても大丈夫そうね」

 ミランダが、鏡のようにピカピカに光ったフランパンに、顔を映すように見つめた。

「あとは、どうやってこのロボットに、ホットケーキを焼かせるかね」

 一仕事終えたアリスが、腰に手を当てて思案している。

「ロボットに魔法のフランパンが使えるの?」

 オットーは、アリスに疑問を投げかけた。

「ああ、そうだった」

 アリスがうっかりしていたという口調で残念がった。ロボットはテーブルの前に、じっと黙って立っていた。

「あれ、このフライパンの裏見て。文字が彫ってある」

 アリスは調べるように、フライパンに顔を近づけた。

「何て書いてあるの?」

「ちょっと光って分かりにくい。そうだ。オットー引き出しから、紙と鉛筆取ってきて」

「うん、分かった」

 オットーは早速、リビングの引き出しから、紙と鉛筆を取り出して戻ってきた。

「そうだ。ロボットにやらせれば良かった」

 アリスが、オットーから紙と鉛筆を受け取ると悔やんだ。アリスは、すぐにフランパンの裏に紙を押し当て、その上から鉛筆でこすってみた。鉛筆でこすった所に、文字が浮かんできた。

「何て書いてあるの?」

 オットーは早くその事が知りたくて落ち着いていられなかった。

「サビ、を、落とせ。サビを落とせと書いてある」

 アリスはちょっと肩をすくめた。

「何だ。そのままじゃないか」

 オットーは、期待した分がっかりも大きかった。サビを落としたフランパンをよく確かめても、他には変わった所は見つからなかった。サビを落とす以外に、何のメッセージも無かった。しかし、アリスはそうは思っていなかった。

「何か、特別な意味があるんじゃないかな」

「どんな?」

 オットーが不思議を示すような瞳で、アリスの顔を見上げた。

「今は分からないけど。多分、他にサビを落とす必要がある物があるんだよ」

 アリスの声は、自信なさそうに聞こえた。でも、全く当てずっぽうでもなさそうだ。アリスが言うから、オットーにもそう思えてきた。一体なんだろう。フランパンの他に、さび付いている物なんて見つからなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る