第11話 賑やかな雑貨屋
この列車の切符は、改札口を出ても何度でも使える。だが、わざわざ駅の外に出なくても、プラットフォームには、様々な露店が並んでいた。旅支度の買い物だけなら、そこで事足りる。
列車が停車して一分も経たないうちに、ミランダが夕食の買い物をすること告げた。オットーも露天を巡ってみたくて、一緒について行くことにした。バートは秘密めいた口振りで、別の用事があると断って、一人で改札口を出て行った。ミランダは、オットーとアリスを連れて、買い出しに列車を降りた。
プラットフォームは、たくさんの乗客で賑わっていた。まるでお祭りのようだった。みんな夕食の買い出しに出てきたのだ。列車は何十両も続いていたが、露天もそれに負けないくらい、長蛇の列を作っていた。
「オットー、夕食何がいい?」
ミランダはたくさんある露天を品定めしながら、隣を歩くオットーに聞いた。これだけ店が並んでいれば、何でもありそうだ。
「ねえねえ、ビーフシチューがあるよ」
オットーは一軒の露天の前で足を止めた。ビーフシチューの美味しそうな匂いに誘われた。露天には何十人分にもなる、大鍋が火にかけられ、ぐつぐつと音を立てていた。見ているだけで、よだれが溜まってくる。
「ビーフシチューもいいけど。でも、色々あるから迷ってしまうね」
アリスが一列に並んだ食べ物屋さんを見渡しながら、好奇な目を輝かした。行く先々で、美味しそうな食べ物が売られているから、目移りしてしまう。ハンバーグに焼き鳥、唐揚げ、ステーキ、焼き魚まである。そこには、この町の夕食の献立にない物はないように思えた。その他にもパンや服、雑貨、鞄、靴、果物など旅行に必要な物は、何でもそろっていた。
「まずは雑貨店に行って、フランパンを手に入れましょう」
ミランダが最初から予定していた通りに提案した。
「フライパンね」
アリスが、分かったとオットーの手を引いて歩き出した。
「フライパン? それなら、キッチンにあったはずだよ」
オットーは、引っ越しの家の列車のキッチンにあったのを思い出して言った。列車の中では火は使えないから、確か電熱式の物が置いてあったはずだ。
「私たちが求めているのは、魔法のフライパンだよ」
アリスが人差し指を立てて、イタズラっぽく微笑した。指をくるくるっと回すのを見ると、何か魔法をかけているように思えた。
「どこが違うの?」
魔法の道具を知らないオットーには、違いがよく分からなかった。
「それは、火を使わなくても料理ができるフライパンよ。朝食にホットケーキを焼きましょ。後で材料もそろえることにして」
オットーとアリスは一緒に歩いて、雑貨屋を探した。
露天の一箇所に、それはあった。品物がごちゃごちゃ並べられた雑貨店だった。店の前には鍋やフライパン、ポット、お皿、料理に必要な道具は、何でもそろっていた。
「何をお求めですか?」
白の日除けの帽子を頭に載せた店主が、愛想よく声をかけてきた。
「火を使わない、フランパンはあるかしら?」
ミランダが、手で口を隠して店主に言った。店主はオットーたちをじろりと観察して、それから辺りに人がいないか横目で確認した。
「ええ、少し時間を下さいな。今探してきます」
店主は雑貨であふれている、テントの中へ入って、奥でごそごそやり始めた。賑やかな金物の立てる音が、まるで民族楽器のように響いた。
「ああ、これだ!」
店主の喜ぶ声がして、手頃な鉄製のフライパンを手に戻ってきた。白の日除けの帽子の下に、愛想笑いを浮かべていた。
「これなんか、いかがでしょう? 料理するのに丁度いいですよ。何を焼くのに使うんですか?」
「ホットケーキを焼こうと思ってね」
ミランダは店主からフランパンを受け取った。片手で握って振ってみると、丁度いい。興味を示したアリスにフライパンを渡した。アリスが手にしてみると、最初からこれに決まっていたように、しっくり手に馴染んだ。重さも良かった。
「じゃあ、これを頂こうかしら」
ミランダが黒い革の財布を買い物袋から出した。
「ありがとうございます。えーと、五百エンになります」
ミランダは財布から、五百エン硬貨を選んで出した。店主は慣れた手付きで、ごそごそと新聞紙にフランパンを包んで、硬貨を受け取った。代わりにフライパンを寄越した。
「他に入り用な物があれば、言って下さい」
「ありがとう。でも、今日はこれだけで結構よ。そうだ。ホットケーキの粉は、どこで買えるのかしら?」
「ホットケーキの粉ですか? それなら、あそこに食料品店が見えるでしょう。そこなら粉は何でもそろっていますよ」
店主が、三軒隣の露天を親切に指差した。
「本当に、ありがとう」
ミランダが心地よい声で、店主にお礼を言った。オットーたちは雑貨屋を後にして、食料品店でホットケーキの粉を買った。他にも牛乳と卵を手に入れた。夕食は最初の露天でビーフシチューを買って済ませた。買い物を終えた時には、出発の十分前だった。もうじきに列車が出発する。オットーたちは急いで、自分たちの引っ越しの家の車両に戻った。
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