第10話 特別な魔法の道具

「その眼鏡は何?」

 オットーは、アリスがかけたレンズの分厚い奇妙な眼鏡を指した。特に目が悪いという訳でもなさそうだ。

「魔法鑑定の眼鏡よ」

 アリスは眼鏡の端を右手で摘んで、おしゃれに気取ってみせた。

「魔法鑑定?」

 その眼鏡は、魔法の道具を簡単に見分けることができる特殊な眼鏡だった。その眼鏡のレンズを通してみれば、魔法のかかった物は、全て虹色に輝いて見える。魔法鑑定には便利な道具だ。

「でも、この箱はどんな魔法の道具なんだろう?」

 アリスが眼鏡越しに、オットーの箱を見つめている。その眼鏡をかけたアリスは、鳩だって兎だって簡単に消してしまいそうな雰囲気だった。

「もしこれが、私の知っている物だとすれば、探し物を見つけてくれる箱だね」

 バートが箱の蓋をゆっくりと開けて、中をのぞいてがっかりした。中身は空っぽだった。

「探し物を見つけてくれる箱?」

 オットーは、箱を手にしたバートを不思議そうに見た。

「こいつはね。出したい物を頭で考えながら、箱の中に手を入れると、その物を取り出すことができるんだ。普段は耳の後ろに隠しておけるから、邪魔にならない。非常に優秀な道具だ。ただ私には扱えないようだがね」

 バートが、箱を念入りに調べて説明を加えた。

「ぼく知っている」

 オットーは、その事は偶然見つけたのだ。濡れ鼠のおじさんが教えてくれたのは、その箱を左耳に隠すことができることだけだった。他にも使い道があるがそれは自分で見つけてごらんと、手紙には書いてあった。

「でもどうして、これがオットーの元に送られてきたんだろう」

 アリスが、丁寧に眼鏡を胸のポケットにしまった。不思議だ。眼鏡を取ると、またアリスの表情が戻った。

「それには、深い理由があるんでしょ。初耳かもしれないけど、重要なことだから言っておくけど。オットーには、魔法禁止の呪文がかけられているのよ」

 ミランダが悲しみを含んだ瞳を見せた。こんな子供に残酷な呪文がかけられていることを嘆いている。

「魔法禁止?」

 オットーは、幼い子供らしく頭を傾けた。魔法の世界に疎いオットーは、そんな事聞いたこともなかったし、いつそんな呪文をかけられたのか全然心当たりがなかった。

「オットーには魔法の素質はあっても、その呪文が邪魔して魔法が使えないのよ」

 ミランダは額にしわを寄せ、険しい顔をした。魔法使いに取って、魔法が使えないのは、楽器を失った音楽奏者のようなものだ。

「それじゃあ、オットーは全く魔法が使えないの?」

 アリスが心配そうに、オットーからミランダに視線を移した。オットーは魔法と言われても、あまりピンと来なかった。魔法を使える資格があるなんてことも、今まで知らなかった。

「でも、心配しないで。魔法が使えなくても、特別な魔法の道具は使えるのよ」

 ミランダがオットーの肩に優しく手を当てて、励ます言葉をかけた。

「それじゃあ。これを送った人も、オットーの事を考えて送ったのかもしれないね」

 アリスも、オットーの箱の使い道が気になっている様子だ。それはあまり装飾のない普通の箱にしか見えなかった。

「確かにオットーのこれからを考えて、その人が送ったのかもしれないわね」

 ミランダが考え深そうに言った。オットーはそれを聞いて、ちょっとうれしくなった。濡れ鼠のおじさんが、オットーのことをそれほど心配してくれたのだと知ったからだ。

「その箱、大切に使いなさい。そうすれば、きっとオットーの役に立つはずだ」

 オットーは、バートの言葉に大きくうなずいて、探し物の箱を左耳の裏に隠した。箱は一瞬で、オットーの左耳の裏に消えて見えなくなった。

 午後三時なると、列車は正確に発車した。オットーはしばらくアリスと二人で窓の外を眺めていた。家が動いている。普通の家の窓からでは、決して眺めることができない景色だった。

「我々の最終目的地は我が町、魔法市だ」

 バートは、一呼吸置いて続けた。

「この列車で一週間程かかる。我が町は、この世界では珍しい魔法の都市だ」

「魔法の都市?」

 オットーが聴き慣れない言葉に、思わずオウム返ししていた。そんな都市、生まれて初めて聞いた。

「魔女や魔法使いが住んでいる町があるのよ」

 アリスは当然のように教えてくれた。その口振りから、その魔法の都市に行ったことがあるようだ。少しうらやましくなった。目を輝かせ、時計の針が動き出すみたいに胸をドキドキさせた。そこには何か素晴らしいことが、待ち構えているように、自然と期待を膨らませた。

 窓の流れる景色がゆっくりになって止まった。列車は四時二十三分に、マリスガル駅に到着した。一時間程、この駅に停車している。その間に必要な物を揃えようと、バートがみんなに提案し手席を立ち上がった。

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