第9話 家庭教師の女の子

「あれ、ごめんなさい。間違えた!」

 オットーが扉を開けて入ると、引っ越しの家の中に、誰かが椅子に行儀よく座っていた。オットーより、少し年上の女の子で、小学校なら上級生くらいだろう。男の子ならともかく、女の子だから余計にまずいと思った。オットーが慌てて、玄関を出ようとすると、バートとミランダにぶつかった。バートが、おっとととっとと身を交わした。

「この家には誰かいるよ。間違えたんだ」

「オットー、大丈夫よ。この子は知り合いだから」

 ミランダが小さく手招きして、オットーをなだめた。

「紹介しましょう。アリス・マロニーよ。オットーの家庭教師をしてくれる子ね。シンボルは兎」

「こんにちは、オットー」

 アリスが椅子から立ち上がった。秋の紅葉くらい鮮やかな、赤のフード付きのコートを身に着けていた。顔は雪のように白かった。

「こんにちは、ぼくはオットー・リドリー。シンボルは小犬だ」

 オットーは思ったより大きな声を出した。女の子と話をするのは、正直恥ずかしかった。

「知ってる」

 アリスはちょっと微笑んで、握った手を開いて見せた。手の中には、シールが見えた。オットーのよく知る、魔女のクッキーのお負けのシールだった。絵柄は、ハートのトランプが描かれていた。幸せのトランプ、何かいいことがありそうだ。

 オットーがシールをのぞき込んでいると、アリスが一度手を握って見せた。そうして、もう一度手を開いた時には、手の中のシールは消えてなくなっていた。シールがどこに行ったの分からなかった。

「へー、それが魔法なの?」

 オットーが感心してうなって、大きな目の兎のようなアリスの顔を見た。アリスはくすぐったそうに、声を立てて笑った。

「これは魔法じゃないよ。手品だよ。私、手品が得意なの」

「ああ、手品か。手品なら、ぼくも知っている」

「じゃあ、ちょっとやって見せてよ」

 アリスはお手並み拝見と、オットーを見つめた。オットーは、また恥ずかしくなった。オットーは少し赤くなった左耳をひねった。すると、小さな箱が飛び出してきた。

「それ、残念だけど手品じゃない。魔法だよ」

 アリスは、またくすくすと笑った。

「えっ! これ、魔法なの。でも、ぼく全然魔法のこと知らずにやってた」

「オットー。その箱、ちょっと見せてもらっていいかな」

 バートが大きな手を差し出した。オットーはいいよと言って、バートにその不思議な箱を手渡した。バートは珍しそうに、不思議な箱の内側から外側まで丹念に調べた。

「オットー。これ、どうしたんだい?」

 バートが、不思議な箱からオットーに顔を向けた。

「濡れ鼠のおじさんにもらったんだ。誕生日の日にね。家へ送られてきたんだよ。大きな包みに入れられてね」

 オットーが思い出すように、天井をちょっと仰いだ。天井には、花びらの形の電灯がつり下がっている。

「濡れ鼠の? これは、確かに魔法の道具だな。しかも特別な道具だ。しかし、特別な魔法の道具には癖があってね。使うのが、ちょっと難しいはずだ」

 バートは一度、その箱を左耳に近づけようとして止めた。それから、オットーに不思議な箱を返した。

「オットーは、これが簡単に使えるのかね」

 オットーは、コクリとうなずいた。

「私でも、この箱はすぐには使えない」

 バートはあごをなでながら、あれこれ考え込んだ。

「私にでも、難しいでしょ」

 ミランダがパズルを解くみたいな表情で、オットーの箱をのぞき見た。

「アリスなら、どう?」

「私もダメ。既に他に魔法の道具を使っているから」

 アリスは、いかにも近眼ですという分厚いレンズの、丸眼鏡を胸のポケットから出してかけた。ちょっと勤勉そうな真面目な顔をした。

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