第6話 引っ越しの家の列車
オットーと母親は、鉄骨の屋根を持ち上げた黒い柱の並んだ、寂しいプラットフォームに立っていた。
「バスが出ます。ご利用の方はお急ぎ下さい」
誰かの声がした。雛鳥の鳴くような明るい女の人の声だった。そこへ突然その声をかき消すほどの、けたたましい轟音が湧き起こった。二人は一瞬のうちに、まばゆい光線に包まれた。身動きが取れなかった。すぐに車両一面に、鋼鉄を張り付けた重厚な列車が出現し、凄まじい疾風とともに、二人の前を猛スピードで通過した。息ができないほどの疾風に、オットーは荒れ狂う海に停泊する小舟みたいに、重い荷物を錨にして、飛ばされないようにこらえた。
「引っ越しの家だ!」
オットーは、立ったままの家を搭載した車両が、何両も連結しながら、恐ろしい勢いで走っていく様子に目を見張った。まるでまだ列車の中にいて、車窓から外の景色を眺めるふうに、家並みが流れて行った。その列車は、二人の前をあっという間に走り去ってしまった。
「どこへ引っ越すのかな?」
オットーはまだ耳の奥で、列車の走り抜ける轟音が鳴り響く気がした。
「バスが出ます。ご利用の方は、お急ぎ下さい」
再び可憐な声が戻ってきて、今度はその姿もはっきりと見ることができた。紺のスーツの制服に、同色の小さな帽子をちょっと頭に載せた、二十歳くらいの、都会的な美しさを備えた女の人が、黄色い三角形の小さな手旗を握って立っていた。バスの車掌らしい。
「ご利用ですか? こちらへどうぞ」
オットーたちを見つけて、バスの車掌は手旗を振って招いた。こんな小さな駅だったから、プラットフォームと改札口は、ほんの目と鼻の先にあった。駅を出てすぐの停留所に、黄色の小型のバスも、ブルブルうなるエンジンをなだめながら停車していた。
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