第5話 コウモリ

 相変わらず窓の景色は暗かったが、黒煙がもうもうと立ち込めるその中で、ちりちり火種が燻って見えるほどに、建物の陰影や、わずかに輝く外灯の光や、人家からもれる明かりが、目まぐるしく通り過ぎるときがあった。

 すると、オットーは列車にすぐ近くを黒い影が並走していることに気付いた。それが鳥のように見えた。

「あっ、カラスだ。列車の隣を飛んでいる」

 オットーが、びっくりしたように目を見開いた。でも、うれしい発見だった。

「あれは、カラスじゃないよ。コウモリよ」

 スージーも窓の外をのぞいて、それからオットーに話し掛けた。

「コウモリ? コウモリだったら知っている。夜、空を飛ぶ羽の生えた黒い動物だ。あれが、本物のコウモリなんだ。ぼく、初めて見る」

 しかし、オットーがもう一度確かめる間に、その影はどこかに飛んでいってしまった。見えなくなっていた。それに、この暗闇の中に紛れてしまっては、捜すこともできなかった。

「この辺りに、コウモリが多いんだろうか?」

 オットーは、残念そうにつぶやいた。

「あら、どうして? コウモリは、ペットとしても飼われているのよ」

「えー、ペットとしても。あんな不気味な動物を、誰が飼うんだろう?」

「さあ、どうかしらね」

 スージーは急に口ごもって、口をつぐんでしまった。コウモリの話は、それでおしまいになった。オットーは何か楽しい話題になるかと期待していたから、残念だった。それで仕方なく、窓の外を熱心に眺めた。

 すると不思議なことに、それに窓の暗闇の向こうに、突然と真丸な明かりが輝いたのだ。

「あれ、何だろう? 月かな。でもおかしい。あんな所に、月が出るなんて」

「あれは、月じゃないよ。トラックのヘッドライトだよ」

 スージーが答えた。ところが、それとは別の場所に、ヘッドライトを灯したトラックが姿を現し、列車と同じ方向へ走っている。ときどき茂みや断崖の陰に隠れるらしく、その姿が見えたり消えたりしている。それが、急にはっきりと見えるようになった。たちまちトラックの荷台室の扉が開いて、無数の黒い影が、紙切れをばら撒いたふうに次々と飛び出してくる。コウモリだ。凄まじい数のコウモリが、トラックの荷台室から勢いよく飛び出して、一瞬空中に巻き上げられてから、すぐに黒い翼を羽ばたかせると、風の流れに逆らって自由に飛び始めた。オットーとスージーは、驚いたように顔を見合わせた。

 次第に暗い景色の中に明かりが増えてきて、車道に沿った小さな外灯が並んで見えてくると、たちまち巨大な工場群が出現した。照明の当たった看板から、それはパン工場だと分かった。工場からは、たくさんの車がしきりに出入りしている。

「何をしているんだろ?」

 オットーもスージーも黙って、車窓の景色に目を見張っていた。時折大型トラックも、そこで製造したパンを運ぶために出てくるようだった。

 列車は、夜中もずっと走り続けていた。これもまた夢の中の話だと思った。どうして、そんな夢を見たのだろうか。オットーは、いつの間にか眠っていた。彼の母に体を揺り動かされ、ようやく目を覚ました。列車は、急に速度を落とし始めている。

「ここで降りるの?」

 オットーは眠い目をこすって、車室を見回した。乗客は、みんなベットの上のふかふかな布団で、ぐっすり眠っているように動かなかった。オットーや彼の母、ハウエル、スージーの四人を除いて、起きている者は一人も見当たらなかった。

「急いで! 荷物を忘れないでね」

 オットーの母は、既に荷物をまとめて、車室の通路に立っていた。列車が、眠った乗客を起こさないように止まった。どこかの駅に到着したようだ。それとも、ただの信号待ちだろうか。車両の扉が静かに開いた。冷たい夜風が、忍ぶように入ってきた。

「あなたたちは?」

 オットーの母が、ハウエルに尋ねた。

「私たちは、二人の身代わりよ」

 ハウエルとスージーは追手を撒くために、オットーと彼の母の身代わりだった。スージーは、最初に出会ったときの強張った表情に戻って、周囲を常に警戒していた。

「さあ、急いで下さい。すぐに列車が出ます」

 オットーは、最後にバイバイと言って二人に手を振った。折角知り合いになったのに、ハウエルとスージーと離れるのは残念だった。

 オットーと彼の母は、慌ただしくある小さな駅に降り立った。薄暗い駅のプラットフォームには、人っ子一人見えない。そこからは、バスで別の町まで向かう手はずになっていると聞かされていた。

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