第6話 外伝 始まり
「はぁ……はぁ……」
ぼろぼろになった服を着て、腰には二本の刀と二丁の拳銃を携えた小学校高学年くらいの少年が、ふらふらと力無く荒野を歩いていた。
息も絶え絶えで、何故歩けているのか分からないほどの少年が、目的地も無く、虚ろな目を足元に向けながら、ただ、歩いていた。
「はぁ……はぁ……」
とても痛々しい少年を見て、どれくらい歩いているのだろう。どうしてあんな事になっているのだろう。傍から見た人がいたらそんな事も思ったりするのかもしれない。
そんな少年が、ふと、顔を上げ前を見ると、街が見える。建物が並び、活気がありそうな感じをしており、入り口らしきとこには、アーチ型の看板が付けられており、『Welcome』と書かれている。
それでも、特に何か感情が動くような様子も無く、見えた街に向かってひたすら歩く。
しかし、入り口まで後もう少しの所で、力尽きてとうとう倒れてしまう。
「はぁ……はぁ……」
だんだんと、意識が薄れていき、そして、そのまま目を閉じて動かなくなってしまった。
「こいつか?通報のあったガキってのは」
「そのようですね」
少年の元に、二人の男が近づいていた。警察の制服を着ているが、見た目は完全に正反対の立場に居そうないかつい感じの男達だった。歳は二十代半ばと四十代半ばくらいだろうか。どちらも、咥え煙草をしている。
「ったく、くだんねぇ事で通報してきやがって」
「どうします?ボス」
「ちっ。警察は、患者を病院まで運ぶ為のタクシーじゃねぇぞ。クソが」
ボスと呼ばれた男は、少年を担ぎ上げ車両に向かって歩く。
「病院に運ぶんですか」
もう一人の男が急いで後を追う。
「近くに使われてない小さいビルがあっただろ、そこに行くぞ」
「えっ……はい。了解です」
理由は分からなかったが信頼している上司なのか、深くは聞かずに指示に従う。部下が運転席に、ボスと呼ばれた男は乱暴に少年を後部座席に乗せ、自分は助手席に座り、先ほど言った目的地に向かって走り出した。
街の中心よりも南にちょっと離れた場所にあるビルに着いた三人。周りよりも小さい、明らかに場違いで、三階建てのようだが一階は殆どがただの壁、右端には階段がありそこから上がって行けるようだ。二階と三階は窓がいくつか見えるだけで、中がどうなってるのかまでは分からない。
そのビルの前で車両を止め、ボスは足早に少年を担ぎ上げて、ビルの階段を上がっていく。部下もそれに続く。蛍光灯はあるが、ビル自体が使われていないようなので電気がきていないのか明かりがついていない。まだ日が出ているのでいいが、夜になったら何も見えないだろう。
二階に入る為の扉に着いたので開けて中に入る。誰も使っていないはずなのだが、机が一つだけ置かれている。前に使っていた者がそのまま置いていったのか、月日が経っているのが分かるくらい埃をかぶっている。
「やっぱり、使われてなかったから埃っぽいな。ゴド、窓開けろ」
「はい」
ゴドと呼ばれた男は、窓を開け、ボスは、放置されていた机の上に、担いでいた少年を仰向けになる様に置く。
「水と食料買って来い」
「了解です」
ゴドは、急いで部屋を出て行った。
「はぁ。だりぃなぁ」
ボスは、ぼそりと呟いた。
十分くらいしただろうか、ゴドがコンビニ袋に水や食料を入れて帰ってきた。
「お待たせしました」
「あぁ。ごくろう」
ボスは、コンビニ袋を受け取り、その中から、水が入ったペットボトルを一本取り出し、蓋を開けて、少年の顔に上から浴びせた。
「……ごほっ!?ぶへっ!?げほっ!?」
突然の事に驚き、少年が飛び起きた。
「起きたかクソガキ」
咳き込みながら、今自分が何処に居るのか、どういう状況なのかを確認しようとする。
(ここは……どっかの建物の中か?人は……男が二人……か?)
少年は警戒しているのを丸出しにして、ボスを睨みつける。
「警戒してんじゃねぇよ。ほら」
差し出された物に、咄嗟に反応をして拳銃を抜こうとする。が、目の前に出てきた物は、飲み物や食料が入った、ただのコンビニ袋だった。
「……?」
訳が分からないと言わんばかりの反応を察したのか、ボスは一から説明をしだす。
「お前が街の外で倒れてるって通報があったんだ。それを俺達がここまで運んできて、助けてやってんだぞ。感謝はされど敵意を向けられるのは違うだろ」
「……あんた、ほんとに助けてくれた人か?」
とても高圧的に自分のした事を押し付けてくるので、いささか疑わしく感じる。しかし、喉が渇いておりお腹も空いてるのは事実なので、疑いながらも、受け取る事にする。
余程お腹が空いていたのだろう、勢いよく食べ始めた。
煙草を吹かしながら、少年が落ち着くのを待つ二人。
食べ終えて、一息ついた少年を見て、ボスが切り出す。
「落ち着いたかクソガキ」
「助かった。ありがとう」
机の上から降りて、頭を下げる。
「お礼なんかいらん。それよりも、お前ここで店を出して働け」
「……は?」
いきなり突拍子も無いことを言われ、目を丸くする少年。
「聞こえなかったのか?ここで働けって言ったんだ」
「いや、聞こえたよ!?いきなり過ぎて理解が追い付いて無いんだよ!?」
「何言ってんだお前。簡単な事しか言ってないだろうが」
「いやだから」
「あー!うるせぇ!お前は俺らに助けられたんだから、恩返ししろや!」
「なんだよその理不尽は!?」
睨み合いが続く中、ここまで黙っていたゴドが口を挿む。
「ボス、俺もよく分からないので、説明が欲しいです」
「あぁ?ったく、しょうがねぇな」
頭を掻き、気だるそうに言う。
「クソガキ、俺達は忙しいんだ。お前には、俺達の仕事を手伝って俺の負担を減らして貰う」
「手伝うって、警察の仕事をか?てか、さらっと私情を入れてんじゃねぇよ」
二人の恰好を見てそう判断した。ただし、少年の指摘は無視される。
「ああ、そうだ。テキトーに斡旋してやる」
「……」
「それにお前、見た感じ行くとこねぇだろ」
「そ、それは……」
少年の顔が曇る。
「安心しろ。この街の南側、つまりここら辺は、お前みたいな訳ありの奴ばっかが集まってる」
吸い終わった煙草を捨て、新しい煙草に火を付け吸い始めながら続ける。
「そもそも、お前は命の恩人である俺達の頼みを断れねぇだろうが」
「だから、善意を押し付けてくんなよ」
また、険悪なムードになりかけるが
「はぁ……クソガキ、そのぶら下げてる武器を使って俺を倒してみろ。実力でねじ伏せて言う事聞かせてやるよ。そっちの方が早いし、納得するだろ。ゴド、お前は手を出すんじゃねぇぞ」
「分かりました」
ゴドは出来るだけ、二人から離れる。
「……納得は出来ねぇけど。後悔すんなよな」
少年は、腰の二本の刀を抜き構える。
「二刀流ねぇ」
ボスは、両手をポケットに入れて、ただ立っているだけだ。
少年は、意を決したようにボスに近付き、左手の刀を右に持っていき、そのまま、左に薙ぎ払った。
「……!?」
しかし、いつの間にか、ボスの姿が無かった。
「おせぇおせぇ」
後ろから声がかかる。
「くっ!?」
振り返ると、右手で煙草を持ち、煙を吹いている。
「やる気あんのかぁ?俺達を殺せば、こっから出れるんだぞ。本気でやれよ」
「うるせぇ!分かってるよ!」
少年は、再びボスに向かって行く。
左手の刀を横回転で投げながら左手を右に動かし、右手の刀を軽く上に投げ、それを左手で受け、そのまま横払いをする。しかし
「!?」
ボスは、投げられた刀の回転を見切り、眼前まで来た刀の柄を握り摑まえた。そして、横払いをしようとしていた少年の手を、左足で止める。
「クソガキ。お前の今の実力じゃ、俺には一生届かねぇよ」
少年は、一度後ろに飛び、間合いを取ろうとするが、ボスが一瞬で横に移動しており、足をかけられて転んでしまう。
「ぐっ!?」
少年が起き上がろうとしたその時、目の前にボスが立っており、自分で投げた刀の切先を眼前に突き付けられていた。
「……」
完全な敗北である。睨みつけつつ、目の前の男を見上げる。
「分かったかクソガキ。これが、俺とお前の実力差だ。まだやりてぇなら付き合ってやるが、こっちは忙しいって言っただろ?これ以上やるなら殺すぞ」
とても冷たく言い放たれたその言葉には迫力があった。有無を言わせない、従うしかないと思わせる、心を折る程の迫力が。
「はぁ。あーあ」
少年は、起き上がろうとしていたのを止め、床に大の字で倒れた。
「分かったよ!負けだよ負け!もう好きにしろよ」
「ふん。最初っから素直にそう言え。無駄な時間を過ごさせやがって」
ボスは、少年の横に持っていた刀を突き刺して返し、煙草の煙を一吹きする。
「で、俺は何すればいいんだよ」
倒れていたのを起き上がり、二本の刀をしまいつつ、ボスに尋ねた。
「言っただろうが。仕事を定期的に持ってきてやるから、それをこなせ。後は勝手にやってろ」
「なんだその適当な感じは」
「るせーな。色んな依頼を受けて、こなしとけばいいだろうが。店の名前は、どんな依頼も受けるから、何でも屋でいいんじゃねぇか」
「安直過ぎる」
「黙れクソガキ。名前なんざ適当でいいんだよ」
「おい。クソガキクソガキって、俺には、シュヴァル・ブラッドって名前があるんだ。ちゃんと名前で呼べ」
「はっ、クソガキはクソガキだろうが」
「ぐぐぐ、むかつく」
シュヴァルと名乗った少年は、今すぐに目の前の男を殺したい気持ちを抑え、拳を力強く握るだけに止める。
「この部屋の内装とか、他のとこも一応綺麗にしねぇとなぁ」
「金はねぇぞ」
シュヴァルはぶっきらぼうに言った。
「しょうがねぇから出してやるよ。そもそも、お前が金を出せるなんて思ってねぇしな」
「一々人をイラつかせる言い方しか出来ねぇのか」
「稼げるようになったら返してもらうがな」
「おい!」
シュヴァルの事は無視して、ボスは出入り口に向かって歩いて行く。
「お前も来い。ここはまだ使えねぇからな。使えるようになるまでの間の寝床ぐらい確保してやる」
「はいはい。分かったよ」
三人一緒に外へ出る。
「そういえば、二人の名前は?」
階段を下りながら、シュヴァルは何と無く聞いてみた。
「俺は、周りからドンだとかボスって呼ばれてる。だからそう呼べ」
「いや、それは」
「それで通じてんだから良いんだよ。さっきも言っただろうが。名前なんざどうでもいい」
「……」
威圧がすごかったので、それ以上追及しないことにする。
「あんたは?」
もう一人の男に話しかける。
「俺は、ゴドリー・ガスロニーだ」
「ふーん。宜しく。あんたはまだまともそうだな」
「そう見えるだけだ。この街の他の奴らもそうだが、あまり信用しすぎるんじゃねぇぞ。住めば分かってくるだろうが、子供でも商品として見る奴らもいる。気を付けろよ」
「ああ。肝に銘じておくよ」
挨拶を済ました三人は、車両へと乗り込みどこかへ走り去って行った。
この数日後、何でも屋が開業し、シュヴァルは、様々な事に巻き込まれていくのだが、それはまた、別のお話。
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