第5話 ドンという男

今日の天気は雲一つ見当たらないくらいの、気持ちのいい天気なのだが、何でも屋にはとても分厚い雲がかかっていた。その原因は、シュヴァルの目の前に居る人物にあった。

 「……」

 「……あのさ」

 ソファーで煙草を吸いながらくつろいでいる、見た目だけならその筋のやばい人にしか見えないその人物は、今日は仕事の制服を着てシュヴァル達に会いに来ていた。

 「とっつぁんさぁ、用が無いなら帰ってくんねぇか?営業妨害だぞ」

 とっつぁんと呼ばれている男は、かれこれ30分程、急に来たと思ったら、何も言わずにソファーに座り、ただ黙って煙草をふかし続けているだけで、何度話しかけても無視をされるので、流石にそろそろ行動を起こそうと決めたのだった。

 「用があるなら要件を言う、無いなら帰る。どっちなんだよとっつぁん」

 「お前よ、シュヴァルよ、用が無きゃ来ちゃいけないなんてルール、いつからここに出来たんだ?あぁ?」

 やっと口を開いたと思ったらとても高圧的な態度で話し合いをする気があるのか疑いたくなる。

 「いや、そんな事言ってんじゃねぇって」

 「そう言えばよ、路地裏の件、忘れてねぇぞぉ」

 「そ、それは、その時にも言っただろ。こっちだって巻き込まれただけなんだって」

 たじたじなシュヴァルを見かねて、テレビゲームをやっていたハウンドが助け舟を出す。

 「とっつぁん、ゲームでもやりやすかい?」

 「んなもんやらねぇよ。興味もねぇし」

 「そうですかい。いやー、暇なんでね。仕事でも斡旋してくれると助かるんですがねー」

 「お前らに回そうと思う程のめんどくせー仕事はねーな」

 「なんでい。じゃあなんで来たんですかい。暇つぶしですかい」

 「それもあるが、ボスから、お前らが死んで無いか様子を見て来いって言われたからな。じゃねぇと来ねぇよ。こんな辺鄙なとこ」

 シュヴァルが即座にツッコミを入れる。

 「こんなとこって言うな。ここに店構えろって言って俺に強制的にやらせたのはあんたら二人だからな」

 「そうだったか?覚えてねぇな」

 「おい!」

 「ボスが決めたことだからな。俺にはどうする事も出来ん」

 「ドンは横暴過ぎんだよ。誰か何も言わないのか」

 「言う訳ねぇだろうが。俺達はボスを慕ってるからな。まっ、言ったとこで聞く人じゃねぇし、言った奴は病院送りにされるのが分かってるから言えねぇだろうな」

 「……分かってはいるけど、ほんと酷い人だよ。あの人は」

 「あのー、すいやせん。ちょっといいですかい」

 二人の会話に手を上げて割って入り、質問をする。

 「なんだハウンド」 

 「その、ボスだとかドンだとか、一体誰の事言ってるんですかい?」

 「えっ!?知らないのか!?」

 シュヴァルは驚き、とっつぁんは新しい煙草に火を付ける。

 「いや、噂程度なら知ってるんですがね。やべぇ男が警察内にいるって感じで。でも、姿とか見た事ねぇなぁって」

 「珍しいな。お前がそういうのを知らないなんて」

 「あの人は、神出鬼没だからなぁ。警察署に来てはいるみてぇだが、いつの間にかどっか行ってたりするから、俺達警察内でも謎が多いんだ」

 「同僚で一番付き合いが長いだろうとっつぁんがそう言うなら、俺達なんて何も分かんねぇじゃん」

 「そういう人だからしょうがねぇだろ」

 「やべぇ。かっけぇなそれ。すげぇ気になりやすね」

 目を輝かせて、想いを馳せる。

 「おい、間違っても調べようとすんなよ。冗談抜きで殺されるぞ」

 「そんなにやばいんですかい。でも、だんなは会った事あるんでしょ?何か知らねぇんで?」

 「んー」

 腕を組んで考え始めたシュヴァルを見て、とっつぁんが煙を吐きながら答えてくれた。

 「ボスは、一人で伝説を作りまくってるからなぁ。誰も知らない内に組織をつぶし終えてるのは当たり前だった」

 「おー」

 考えていたシュヴァルが割って入る。

 「それさ、首領が自ら率先してやったなんて考えられないんだが。絶対に、組織側が密売なり密談なりなんなりをしてるとこに、ドンがたまたま通りすがっちゃって、目撃者だから殺そうとして返り討ちにあってるよな」

 とっつぁんも同意する。

 「だろうな。自分から動くなんてほぼない人だからな。誰かにやらせるか、見てみぬふりをするか」

 「警察官でここら辺のトップがそれを何とも思わずにやるのが、まずおかしいんだけどな」

 「ボスは許されるんだよ。なんてったって、ボスだからな」

 「意味分んねぇよ」

 「なんか、ますます気になりやすね」

 ハウンドの想いは、一層強くなっていく。

 煙を吐き、とっつぁんが話を続ける。

 「一番有名な伝説は、あの大戦時に、街に攻め込もうとしてきた軍の奴らをたった一人で壊滅させたってのがあるな」

 「あぁ、大戦時のは聞いた事ありやす。本当の事なんですかい」

 「さぁな。俺は、その時まだボスと会ってないからよ」

 「なんだー」

 「でも、やりかねねぇな。ドンだったら」

 「確かにな」

 少しの沈黙が流れる。すると突然、シュヴァルが、あっ、と声を出した。

 「あったわ。目の前で起きた実話が」

 「おっ、聞きてぇ聞きてぇ」

 ハウンドはわくわくしながら、シュヴァルの話を聞く態勢になる。

 「お前の目の前で?そんな事あったか?」

 とっつぁんは、相変わらず煙草を吹かしながら会話に参加する。

 「覚えてないのかよ。ほら、銀行強盗のやつがあっただろ?」

 「あー、あれか。そういや、そんな事もあったな」

 吸い終わった煙草の火を消し、すぐに新しい煙草に火を付けながら、思い出した記憶を、シュヴァルと話し合う。

 「ハウンドとつるむ前の話なんだけどな――」



 ある日の昼下がり。街中は騒然としていた。ある建物から離れた所に人だかりが出来ており、その建物で起こっている事を見ている、所謂野次馬である。銃声や爆発音には慣れている住民達が、立ち止まってでも見ているという事は、それほど珍しい事件なのだろうか。

 そんな建物を囲むように、数台の警察車両が止まっている。何十人という警察官もいて、その中の一人に、とっつぁんもいた。

 「あー。くそめんどくせーな」

 煙草を吹かしながら悪態をつくその姿は、昔から変わらないようで、知らない人からしたら警察官のコスプレをしたやくざにしか見えないだろう。

 「さっさと突撃しちまった方がいいんじゃないか」

 慌ただしく走り回る警官の一人に向かって、ぶっきらぼうに提案をするが

 「駄目ですよ!中には人質が居るんですから!」

 軽く一蹴されてしまう。そのまま、警官はどこかへ走って行った。

 「チッ。だりーな」

 煙を吐きながら気だるそうに状況を見守る。

 「んっ?なんかあったのか?」

 そんな事件現場に、たまたま通りかかったのは、シュヴァルだった。

 「進みづれぇ。邪魔だなこいつら」

 人混みに対して小声で文句を言いつつ、縫うようにしてゆっくりと進んでいく。横目で事件現場に目をやると、ちらっとだがとっつぁんの姿を確認出来たので、方向を変えて、警察車両が止まっている方へ歩いて行く。

 「おーす。ゴドリーさーん」

 警官が横に並び、通してくれないので、遠くから呼びかけてみる。

 実は、とっつぁんと言うのは、ハウンドが付けたあだ名なので、この頃シュヴァルは、まだとっつぁんの事を名前で呼んでいた。

 「あぁ?なんだ?」

 その呼びかけに気付いたのか、とっつぁんことゴドリーは振り返る。

 「おーい、こっちこっち」

 手を振ってアピールをして、気付いてもらう。

 「んだよ、シュヴァルじゃねぇか。おい、そいつは通してやれ」

 通せんぼしていた警官の横を頭を下げながら通り抜け、ゴドリーに近付いて行く。

 「どうしたんだよこれ。何があったんだ?」

 いつの間にか新しい煙草を吸っていたゴドリーは、怒りを隠さずに言った。

 「どっかのバカが、銀行強盗を決行しやがったんだよ。しかも立てこもってやがる。迷惑な話だ」

 「あぁ。成程ね」

 銀行は、シャッターが下り、中の様子が見えなくなっている。

 「どこの田舎もんだか知らねぇが、クソめんどくさい仕事増やしやがって」

 「あんた達だったら、さっさと突入を強行して終わらせるんじゃないのか?」

 煙草を足元に捨て、力強く踏みつける。

 「ここが、北側の警察署に近いからだよ。生ぬるい連中が寄せ集められてる北側のな」

 「あー。そういう事ね」

 街の中心から、東西南北に大きな警察署が一つずつあり、ゴドリーが所属しているのが、一番治安が悪いと言われている南側の部署である。しかし、現在銀行強盗が立て籠もっている銀行は、北側の部署に近く、全ての権利は今はそこが握っているので、ゴドリーはとてもイラついているようだ。

 警察組織も強い絆で繋がってる訳ではなく、エリートが集まっている北側と、荒くれ者が集まる南側は特に仲が悪い。

 「強盗も北の連中も、クソ共しかいねぇのか」

 煙草に火を付け、煙を一吐きして、愚痴る。

 「まっ、俺には関係ないし帰るかな。じゃあな」

 挨拶をして片手を上げて帰ろうとするが

 「おい。帰すと思ってんのか馬鹿垂れ」

 ゴドリーに止められた。

 「はぁ?なんだよ。俺には関係ないだろうが」

 「馬鹿かてめぇ。俺が帰れないのにお前が帰れる訳ねぇだろうが」

 「なんだその理由!?理不尽だぞ!?」

 「それがどうかしたのか。とにかく、ここに居ろ」

 「めんどくせぇ……声かけなきゃ良かったわ……」

 無理やりにでも帰ろうとすると、殺される勢いで言われたので、渋々一緒に居る事にする。

 「いつ頃終わりそうなんだよー」

 「知るか。北の奴らに聞け」

 溜息を付くシュヴァルの後ろから、ドスのきいた声で声が掛かる。

 「このバカ騒ぎは、一体なんだ」

 「いっ!?こ、この声は……」

 恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、警察の制服を着ているが、やくざの頂点にいそうな程いかつい見た目をしており、見た目は四十代後半だろうか、両手をポケットに突っ込んで咥え煙草をした男だった。

 「ど、ドン!?」

 「ボス。お疲れ様です」

 シュヴァルは顔をしかめ、ゴドリーは咥え煙草を止めて手で持ち、煙草を持ってない方で敬礼をする。

 「代表の集まりが北であったんですよね。どうでしたか」

 「あぁ?くだんねぇおしゃべりをしたいだけなら呼ぶなっつうんだよ。だから、途中でばっくれてきた」

 「良いのかそれ」

 「俺の人生の時間は俺のだぞ。なんであんなゴミ共に捧げてやらなきゃなんねぇんだ」

 声の調子で、イラついてる事がよく分かる。

 「そんな事よりも、これは何やってんだ」

 煙を吐きながら、状況説明を求めるドンに対して、ゴドリーは答える。

 「はい。銀行強盗が立て籠もりまして」

 「なんでさっさと制圧しない」

 「北の奴らに権利を握られてまして」

 「はぁ。くだんねぇ。おい、ロケランとか持ってきてないのか」

 「持ってきてます」

 「貸せ」

 ゴドリーは、素早く車両に積んであったロケットランチャーを手渡す。

 「捜査権だか何だか知んねぇが、くだんねぇ事に巻き込んでんじゃねぇぞ薄鈍共が」

 ロケットランチャーを持ち、ゆっくりと銀行に近付いて行き、無言で構えて、引き金を引いた。

 弾は、銀行の扉に命中し破壊して、中に入れるようになった。

 「あーあ……やっちまったよ……」

 「流石はボスだ」

 呆れるシュヴァルと対照的に、ゴドリーは尊敬の眼差しを向けている。

 周りの警官達は、突然の出来事に何が起こったのか分からないようで、唖然としていてその場で固まっている。

 そんな周囲には目もくれず、ロケットランチャーを放り出して、首領はシュヴァルとゴドリーの方を向いて

 「お前らはくんなよ。邪魔だからな」

 そう言い残し、爆発で出来た煙の中へ歩いて行き、銀行の中へと消えていった。

 その場に残された二人。

 「これは、思ったほど早く帰れそうだな」

 「ははは……そうだな……」

 優雅に煙草を吸い煙を吐くゴドリーと、引きつった笑みを浮かべるシュヴァルだった。



 「な、なんだ!?」

 「サツ共が何かやったのか!?」

 銀行内は、いきなりの出来事に混乱していた。

 中には、五人の男達が居て全員覆面を被っている。正面入り口から、右に二人、正面に二人、左に一人の配置で立っている。

 「落ち着け!サツだって一枚岩じゃねぇんだ。どっかの馬鹿が先走っただけだろ。それに、こっちには人質もいる」

 正面の内の一人、強盗のリーダーらしき男が、動揺している他のメンバーを鼓舞する。

 「そ、そうだよな」

 「はっ。どうせ、そこの開けた穴から来るんだ。どこから来るか分かってる奴なんて敵じゃねぇよ」

 強盗達は、一斉に各々が持っている機関銃の銃身を、先ほど、ドンが開けた穴に向ける。

 息をのみ、得物が煙から出てくるのを待った。

 「……出てこない?」

 誰かがボソッと言ったその時、煙の中から足先が見え

 「今だ!」

 リーダーらしき男が叫び、一斉に機関銃が火を噴いた。少しの間撃ち続けていたのだが

 「あーだりぃー」

 「えっ?」

 突然、正面に居る二人の男の後ろから声が聞こえた。火を噴いていた機関銃の音が止み、全員で声がした方を向く。

 そこには、咥え煙草をして、とてもいかつい見た目をしている男、ドンが苛立ちを隠そうともせず立っていた。

 リーダーらしき男は、急いで銃口を向けようとするが、それよりも早く、顔面に拳を叩き込まれて倒された。

 その光景を理解するのに時間が掛かった強盗の面々に、首領は、そんな男達を見渡して、一度煙を吐く。

 「クソ!」

 我に返ったリーダーらしき男の隣にいた男が、機関銃を構え直すが、さっきと同様に拳を叩き込まれて無力化される。

 「うわああああ!!」

 左側にいた一人が、突如叫び、銃口を向け引き金に指をかける直前、首領に蹴りを入れられ吹っ飛ぶ。その際、傍にいたもう一人も一緒に飛ぶ。

 「はぁ……こんなのに手間取るとか、この街の警察は大丈夫なのか」

 自分の所属する組織の事を憂いているその時、後ろから声がかかった。

 「おい!それ以上何かしてみろ。人質がどうなっても知らねぇぞ!」

 「あぁ?」

 振り返ると、右側にいた男が、銀行に来ていた客の一人の頭に拳銃を突き付けていた。

 「……」

 その光景を、ドンは、冷ややかな目で見る。

 「そのまま、動く――」

 「おい」

 ドンの言葉が、男の言葉を遮る。

 「そいつを殺したいならさっさと殺せ」

 その場に居た全員が、自分の耳を疑った。

 「……は?」

 当然、強盗犯も例外では無く、その場の代表のように聞き返した。

 「お前、何言ってんだ?警察官だろ?助けに来たんじゃないのかよ」

 「それがどうかしたのか?てめぇの中の警察官のイメージと、俺をだぶらせんじゃねぇよ」

 煙を吐き、さらに続ける。

 「俺はなぁ、そこに居る奴らを助けに来たんじゃなくて、憂さ晴らしがてら事件を解決しに来てやっただけなんだよ」

 「……」

 明らかに全員が引いているのが分かる空気が流れる。

 「それにな、お前、その人質とか言うのを殺したら、次は自分が死ぬだけだって分かってやってんだろうな」

 「?」

 「はぁ……くだらねぇ事をする頭しか持ち合わせてない奴に、何を言っても無駄か」

 頭を掻き煙を吐きながら、哀れみの目を向け、説明をする。

 「てめぇはそいつを、俺を脅す道具として、自分を守る盾として使ってんだろ?だから、そいつを殺したら、お前を守る物は何も無くなるんだよ。分かるか?」

 「……」

 ドスの効いた声で、優しく語りかけているようで、その実、とても冷たく優しさの欠片も無い。男の恐怖心がどんどん増していく。

 「そもそもよ、そいつが死のうが俺には関係ねぇんだよ。知らねぇ奴だからな。つまりはよ、俺にとってそいつらは、人質にならねぇんだよ。俺と会った時点で、お前らは詰んでんだよ。分かったか?」

 説明が終わり、一歩一歩、ゆっくりと、残った強盗に近寄っていく。

 強盗の息遣いがどんどん荒くなり、見るからに焦っているのが分かる。

 だんだん近づいてくるドンを見ていたら、とうとう感情が爆発した。

 「く、来るな!来るなああああ!」

 ドンの方に銃口が向くのとドンが拳銃を抜き強盗の拳銃を発砲して弾き飛ばすのは同時で、それを確認した瞬間、一気に間合いを詰めて、まず盾にされていた人質を右手で横に押しのけるように突き飛ばした後、左手で拳を握り強盗の顔面に喰らわす。強盗は勢いよく飛び、壁に激突してそのまま力なく倒れた。

 一瞬の出来事に、周りの人々は何が起こったのか全く理解出来てない様子だった。

 「はぁ……」

 溜息を付き、特に今の状況に触れる事も無く、ドンは、銀行を出て行った。

 圧倒的な強さと速さで強盗達を制圧し、何も言わずに出て行った男を、残された人達はどう思ったのだろう。助けに来てくれたヒーローに見えただろうか、はたまた、強盗達よりも恐ろしい何かに見えただろうか。それは、その場に居た人達にしか分からない。



 「あっ、出てきた」

 シュヴァルがぼそりと言った。

 何事も無かったかのように出てきたドンに対して、この場の責任者であろう北の警察署所属の警官が近寄っていく。

 「おいお前!何をしてきたんだ!」

 まるで聞こえてないかのように無視をして、ゴドリーとシュヴァルの方へ歩いて行く。

 「おい!聞こえてないのか!おい!」

 追いかけてこようとした警官の足元に対して、立ち止まって振り向きざま拳銃を抜き一発発砲した。

 「ひっ!?」

 まさか撃たれるとは思っていなかったので、驚きすぎて尻もちをついてしまった。

 「うるせぇんだよ。そんなに気になるなら、てめぇの目で見てくればいいだろうが。何でもかんでも人に聞かなきゃ分んねぇほど、てめぇの脳みそは腐ってんのか?あぁ?」

 そう吐き捨てて、二人の元へ再び歩き始める。

 「お疲れ様です。ボス」

 「ほんと、相変わらずだな。ドンは」

 目の前まで来て、特に挨拶も無く

 「ゴド、運転しろ。シュヴァルも来い」

 さっと指示を出して帰ろうとするドンに、言われた通りすぐに動くゴドリーと、抵抗しようとするシュヴァル。

 「いや、俺は歩いて帰るから」

 ドンの眼差しは、普通にしているはずなのだが、睨みつけているように見える。そして

 「乗れ」

 「……うぃっす」

 有無を言わせない迫力に、シュヴァルは成す術も無く従う事しか出来なかった。

 ゴドリーが運転席に、首領が後部座席の真ん中にどしっと座り、その隣にシュヴァルは縮こまって座る。

 そのまま、自分達の住むエリアへと走って行った。

 残された人々は、呆然とたちつくして見送る事しか出来なかった。



 「ドンさぁ、あんなやり方してたら、いつか本気で消されるんじゃないか?」

 重苦しい空気が流れている車両内。そんな中、最初に口を開いたのはシュヴァルだった。

 車両内だろうがお構いなしに、煙草をふかすドン。シュヴァルの問いかけにさほど興味がない様子で聞き返す。

 「あぁ?どういう意味だそれ」

 「いや、あんな、自己中心的な生き方してたらさ、いらない恨みまで買うんじゃないかって」

 「くだらねぇ。んな事一々考えて生きてるかよ。俺の人生は俺のもんだ。だから、俺のやり方で生きていく。誰かに俺の事をとやかく言う資格も権利もねぇよ」

 「それは、あんたにはそれをやれるだけの力があるから言えるんだけどな」

 「力を付けようと努力しない奴が悪い。俺が特別な訳じゃねぇ」

 しばしの沈黙が流れる中、相変わらず、煙草の煙を吹かすドン。

 「まっ、何時か周りを巻き込むかもしれないから気を付けてくれよってことが言いたいんだけど、聞く耳無いか」

 「あると思ってんだったらお前の脳みそは腐ってんだよ。まだまだ青二才のお前の言葉なんか響くわけねぇだろうが」

 「流石に言い過ぎだろ!」

 怒ってそっぽを向くシュヴァルを、意に介さない様子で煙草を吹かしているだけだった。


 「とまぁ、こんな事があったんだ」

 二人の話を、ハウンドは大人しく聞いていた。

 「あの後どうなったんだっけ」

 「犯人は全員捕まった。ただ、ボスの悪評が広まったようだ。まぁ、ボスは気にしてないがな」

 「だろうな」

 「おぉ……俺が漢として目指す人物が決まりやしたね」

 「やめとけ。あれは目指す目指さないとかそういう次元じゃねぇ」

 シュヴァルは力強く制止した。

 「にしても、すげぇ人物がいるもんですねぇ。一エピソードでここまで惹かれるなんて」

 「お前だけだと思うぞ。そんな変人」

 煙草を吸い終わったゴドリーは、急に立ち上がった。

 「うぉ。な、なんだよとっつぁん。急に」

 「帰る」

 ゴドリーの突然の行動に、椅子から立ち上がり前のめりになって文句を言う。

 「はぁ!?まじで今日何しに来たんだよ!?これじゃただの冷やかしじゃねぇか!」

 「言っただろうが、お前らの様子を見て来いって言われたって」

 「まさか、本当にそれだけだとは思わねぇだろ」

 出入り口の扉を開き、出ていく前にシュヴァルの方を向く。

 「シュヴァル、ボスはお前を気に入ってるんだ。だから、くだらねぇ事を考えるのは止めとけよ」

 「はぁ?何言ってんだ?」

 シュヴァルの言葉を聞く前に、ゴドリーは、出て行った。

 「なんだったんだよ。全く」

 シュヴァルは椅子にちゃんと座りなおす。

 「だんな、今のって」

 「わーってるよ。あのビルでの事、ドンがどっかから見てて何かを悟ったんだろ。ったく、どいつもこいつも」

 座っていた椅子の背もたれに全体重をかける。

 「それだけ、信頼されてるって事じゃねぇんですかい」

 「ただの、便利な道具としか思われてねぇよ」

 いつの間にか日が傾き、薄暗くなりつつある外を見て、

 「今日は店じまいすっか」

 「そうしやすかねー」

 微妙な空気を漂わせながら、何でも屋の受付を終わらせるのであった。

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