第4話 風変わりな七不思議?
相も変わらず、騒がしい音が鳴り響く一日。昼過ぎに、何でも屋に来客があった。
太り気味で短髪でメガネをかけている男は、ハンカチで顔の汗を拭きながら、シュヴァルと会話をしている。
「私、小学校で校長をやっている、ドメニコと言うのですが」
「はぁ、その校長先生がこんなとこに、今日はどう言うご依頼で?」
校長は、一度咳払いをして神妙な面持ちで、依頼を告げる。
「実は、学校で起こってる異変を調べて欲しいのですよ」
「学校で起こってる異変、ですか」
「はい。引き受けて貰えるでしょうか?」
「良いですけど、具体的に、学校で何が起こってるんですか?」
ドメニコと名乗った先生は、一度深呼吸をして心を落ち着かせてから話し出した。
「えぇ、夜中に起こっている事みたいなんですが、他の先生方や、勿論、私も体験したのですけど、叫び声や不審な音が連日聞こえてくるみたいなんですよ」
「……この街じゃ珍しく無いと思いますけど」
「学校で起こっているというのが問題なんですよ!」
シュヴァルの言葉に強い口調で吠えた
「あ、あぁ。成程」
その勢いにたじろぎながらも、顎に手を当てて少し考えた後に、シュヴァルは思ったことを聞いてみた。
「誰かが何かを見たりしてないんですか?もう少し詳しいことが分かれば対処しやすいんですけど」
両手を前に出して振りつつ慌てて弁解をする校長。
「そんな!わざわざそんな危険に飛び込もうとは思いませんよ!」
(俺達、今からその危険に飛び込まされようとしてるんだけどな)
シュヴァルは、思った事を言いそうになったが、すんでのところで我慢をする。
「他の先生方も怖がっちゃってますし、子供達の親からも、クレームを言われ始めまして。引き受けて貰えませんか」
「警察には言ったんですか?」
「見回りを強化するって言うだけですよ」
縋る様に見つめてくる校長を、無下に出来ないと判断して、シュヴァルは、依頼を受ける事にする。
「分かりました。じゃあ、今夜早速調査してみます。それで、解決出来そうなら解決しちゃってもいいですよね」
校長の顔がぱっと明るくなり、声を弾ませて
「おぉ!やって貰えますか!」
深く頭を下げながら、お礼を言う。
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
「学校の中に入りたいので、校舎だけでも鍵を開けといてくださいね」
「分かりました。開けておきます」
こうして、今日の依頼が決まった何でも屋。
日が落ちる少し前、ハウンドが何処かに行ったがシュヴァルは気にも留めずに、夜になるのを待ったのだった。
とても静かな夜更け、何でも屋は依頼のあった学校の校門前に来ていた。
「こんなに遅くになるまで待つ必要あったか?」
「だんな、こういうのは雰囲気が大事なんでさ」
「雰囲気って。お前は一体何しに来たんだ」
シュヴァルの質問を無視して、ハウンドは、元気よく突き進んでいく。
「さっ、行きやしょうぜ!」
「なんか、テンション高くね」
深夜テンションなのか、ハイになっているハウンドを見て、先行きが不安になり始めるシュヴァル。
「にしても、敬語で接客してるだんなは気持ち悪かったですぜ」
「うるせぇよ。お客には丁寧に対応すんのは当たり前だろ」
「気持ち悪いに変わりは無いでさ」
「お前ぶっとばすぞ」
言い争いをしながら校門を飛び越えて、敷地内に入って行く。
夜の学校は、どこか不気味な雰囲気を醸し出しており、まだ校舎に入る前なのだが、それはひしひしと感じ取れる。
グラウンドは平均的な広さを有しており遊具もちらほら見える。そんな中に、一つの人影があった。
「んっ?なんだあれ」
「グラウンドにある人影・・・もしかして、例の銅像が動いてるんじゃねぇですかい!?」
「お前、今日どうした?」
ハウンドのテンションに、若干引いてしまう。
例の銅像。夜中になると、校庭を歩いたり走ったりしていると言う噂が有名な、アレである。
人影は、徐々に何でも屋の二人に近づいてきて、月明かりに照らされてその正体がだんだんとはっきりしてきた。
その正体は、裸の男だった。一糸纏わぬ、裸の男だった。無駄に引き締まった体をしているのが、謎の怖さを引き立たせている。
「こんばんは。君達はここで何をしているんだい?」
とても爽やかに挨拶をされ、その男がおかしい奴だと一瞬忘れかけるが、すぐに我に返る。
「いや、それはこっちの台詞で、お前が何やってんだ?そんな恰好でよ」
「それはね、気持ちいいからさ。学校というある意味禁断の場所、裸という解放感、この気持ちよさは、一度体験してしまったら癖になるよ」
どこまでも爽やかに語るこの男に、まるで自分達の方が非常識なのかと錯覚しそうになるが、なんとか踏みとどまる。
「あー……まぁ……んー……」
シュヴァルがこの状況にどう言えばいいのか迷っていると
「……えせ」
「ん、ハウンド?」
シュヴァルの隣でわなわなと震えているハウンドが、突然、変態男に近づいて行って
「俺の純情を返せえええええ!」
そう言い放ちながら、瞬時に変態男に近付いて、鳩尾に渾身の右ストレートを入れた。
「――!」
言葉にならない悲鳴をあげて、変態男は地面に前のめりに倒れ気絶した。
「……」
突然すぎるこの状況に言葉を失うシュヴァル。
ハウンドは、自分が倒した変態男を見下ろしながら
「だんな、学校内に行きやしょう」
凄みのある低い声で言う。
「えっ。お、おう」
その声があまりにも怖かったので、たじろぎながら同意をするしかなった。
学校内も静かなもので、足音が良く響く。昼間に校長に言っておいた事が守られており、校舎内に入る事は簡単だった。
「さて、どこから行くか」
「一階から順に見て行きやしょうぜ」
「そうだな。そうすっか」
先ほどの凄みを感じないくらい、いつものハウンドに戻っている。しかし、それはそれで怖いと思っているシュヴァル。
一階にある部屋を一つ一つ確認していく。子供達が勉強する教室、保健室、職員室、と、回ってみたが、特に異常は見られない。
「んー、一階はなんもねぇみたいだな」
「何かが起こりそうな特別な部屋がありやせんからね。二階に行きやしょうぜ」
「なんだ?その、何かが起こりそうな特別な部屋ってのは」
「学校といやぁ学校の怪談ですぜ!知らねぇんですかいだんな!七不思議を全て知っちまうと良くないことが起きるとか、地域によってはその内容が違ったりするんですぜ!」
急にテンションが上がり熱弁をするハウンドに、シュヴァルは、少しの恐怖を覚え始めていた。
近くの階段を使い、二階に上がっていく二人。
二階に着いた矢先、どこかから物音が聞こえた。
「なんか聞こえたな」
「二階にあるのは、理科室、つまり、人体模型だ!」
「えっ、なんでお前知ってんの?学校の構造把握してんの?」
シュヴァルの質問は全く耳に入ってないらしく、何故か場所を知っていた理科室へと走っていくハウンド。残されたシュヴァルは
「えぇ……今日のあいつおか――」
言葉を言い切る前に思い直し
「いや、おかしいのは何時もか」
そうつぶやきながら、ハウンドの後を追いかけて行く。
理科室の人体模型。夜な夜な、魂が吹き込まれたように校舎内を歩き回っている、学校の怪談の有名な話の一つではないだろうか。他にも、骨格標本やはく製が動くという話もある。
そんな理科室の前に来た二人は、中から何かの気配を感じていた。
腰のホルスターに片手を置き、警戒しながら扉に手をかける。
「……行くぞ」
「へい」
意を決して、二人は勢いよく理科室に入って行く。
月明かりのみの理科室はほのかな明るさしかなく、そこの奥側に人体模型がいた。よく見ると、動いているように見える。
「まじか……!?」
「ものほん!」
「明かり、明かりを付けろ!」
二人は同時に明かりを灯すスイッチを探し、シュヴァルが見付けてスイッチを入れる。
明るくなった理科室にいたのは、まぎれもなく人体模型だった。ただし、人体模型のボディペイントをした、生身の人間という点を除けば。
「誰だ!君達は!」
「お前が誰だ!」
咄嗟にツッコむシュヴァルを置き去りに、ハウンドは、理科室の机の上をジャンプで渡っていき、物凄い速度で人体模型男に近づき、渾身の右足の蹴りを「てめぇもかああ!」と、掛け声とともに綺麗に顎に叩き入れた。
校庭の変態男同様、言葉にならない悲鳴を発して気絶をした。第二の変態男を、失望の眼差しで見るハウンドに、シュヴァルは
「次、行こうぜ……」
「……へい」
優しく声を掛ける事しか出来なかった。
二階のその他の部屋は、家庭科室や図工室もあったが特に何もなく、二人は、三階へと上って行く。
上っている途中で
「図工室にも、一応怪談はあんのにな~」
と、ぶつぶつ不満を漏らしているハウンド。
「あんなのが、そうほいほいいてたまるかよ」
ハウンドの不満を、一蹴するシュヴァルだった。
三階に着いて、目を輝かせるハウンド。
「三階には、音楽室がありやすからね。宝庫ですぜ」
「何の宝庫かは聞きたくねぇけど、その……よく、まだそんな期待を持ってられるな。この流れから察するに、何か居ても頭がいかれてる奴だけだぞ」
「実際に現場に行くまでは分かりやせんぜ」
ハウンドは、期待に胸を膨らませ、意気揚々と音楽室へ向かおうとする。
「さっきは聞こえて無かったみたいだけどよ、なんでお前、この学校の構造知ってんだよ」
一緒に音楽室に向かって歩きながら、先程無視された質問をしてみた。
「そりゃあ、夜になる前に調べたに決まってるじゃねぇですかい」
「えっ、それってもしかして、昼間どっかに行ってたけど、あれか?」
「そうですぜ」
まさか、学校の下見に行っているとは思っていなかったシュヴァル。
「うわー……ガチ過ぎて引くわー……」
「下調べは大事ですぜ、だんな」
「その下調べに邪念が入ってなければ良かったんだけどな」
そうこうしているうちに、音楽室の前まで来た二人。
「さて、どんな変態が待っているか」
「だんな、決めつけねぇでくだせぇ」
音楽室の怪談。誰も居ないのに、一人でに鳴りだすピアノや作曲家達の肖像画の目が動いたりする話が有名だろうか。
ゆっくりと内開きに扉を開け、音楽室へと入って行く。中には誰もいなく、静まり返っている。
「なんもない……か?」
「んー……」
二人が部屋の中央辺りに着いたその時、ピアノの音が鳴り響き始めた。
「なっ!?まじか!?」
「おぉ!」
誰も座っていないのにもかかわらずピアノが曲を奏で始めると、壁に掛けてある音楽家達の肖像画の目や口も動き始め、この世の物とは思えない、声なのかなんなのか分からない音までし始めた。
「いっ!?」
「おぉ!」
恐ろしくなって後ずさりするシュヴァルと、怪奇現象へと近づこうとするハウンド。その時
「へっくしゅ!」
後ろの方で、くしゃみをした音がした。と同時に、怪奇現象も止まる。
「ん?」
「え?」
二人一緒に振り返ると、内開きの扉の影から、白衣を着た男が出てきた。服を着ているので今までの奴らよりはましに感じてしまう。
「いやー、見つかってしまいました」
恥ずかしそうに出てきた男に、反射的に殴り掛かろうとするハウンドを制止して
「まぁまて、話ぐらい聞こうぜ。」
落ち着かせるように優しく言葉をかける。怒りを抑えて立ち止まるのを待ち、男に問いかける。
「お前はここで何やってるんだ?」
男はぱぁっと顔が明るくなり
「よくぞ聞いてくれました!私は発明家なんです!七不思議を実現してみたくなったので、手始めにここの音楽室の有名な噂を再現してみたのですが、どうでしたか!あっ、このスイッチで動くんですけどね!」
早口で説明をしながら、手に持っている装置を見せて、小さな棒状のスイッチらしい物をかちかちと動かす。すると、ピアノや肖像画が先程のような動きを見せたり止まったりする。
「どうですか!」
子供のような純粋な眼差しで訊ねてきたその顔が、あまりにもムカついたので、シュヴァルは、制止していたハウンドに、ゴーサインを出した。
瞬時に、男の鳩尾に、ハウンドの渾身の左ストレートが綺麗に決まる。
例にもれず、声にならない悲鳴を上げながら倒れて気絶した。
倒れた男を見て、溜息を付くシュヴァル。
「はぁ……とうとう、七不思議を再現しようとする奴が現れやがったな。何が楽しいんだか」
ぐーっと伸びをして、ストレッチをする。
「てか、馬鹿馬鹿しくて帰りたくなってきたんだが。後いくつ不思議を暴けばいいんだ」
帰りたいオーラを全面に出しながら、ハウンドを見た。
「主要なとこだと、後いくつかありやすけど」
「その言い方だと、まだ複数あんのかよ。だりぃ」
「でも、何か居そうなとこで有名なのだと、トイレぐらいですかね」
「あぁ、花子さんってやつか。嫌な予感しかしねぇな」
「行くだけ行きやしょうぜ」
二人は、音楽室を後にして、その階のトイレへと向かう。
夜の学校は不気味な雰囲気を醸し出すものだが、今まで起こった事のせいで、そんな雰囲気はすでに無くなっていた。顔には出していないが、ハウンドの落胆ぶりも相成って、微妙な空気である。
トイレの花子さん。学校の特定のトイレで呼びかけると返事が返ってきて、開けると誰もいないという、学校の怪談の中では一番有名な話ではないだろうか。
そんなトイレの前に着いたが、ここで問題が発生した。
「……どっちに入る」
男子トイレと女子トイレ、深夜で回りに誰も居ないとはいえ、女子トイレの中まで調べるのは流石に気が引ける。
「んー、でも、調べねぇといけねぇでしょ」
ハウンドは、何の迷いもなく女子トイレの方へ足を運ぼうとする。
「おいおいおい、そっちから行くのかよ。少しは迷えよ」
「花子さんは、大抵女子トイレの話だと思いやすぜ」
(なんてまっすぐな瞳なんだろう)
と、シュヴァルは思った。一点の曇りも無い。背徳的な事など微塵も考えていない、未知との遭遇を純粋に期待している。そんな感じがした。
「あー……じゃあ、俺は男子の方見るわ。時間も短縮できるし、さっさと済ませよう」
「へーい」
別々のトイレに、同じタイミングで入って行く。
男子トイレの中は、綺麗にされていて至って普通のトイレである。しかし、夜だからなのか雰囲気からくるものなのか、他のとこよりもひんやりとしているように感じ、一人になった影響か、怖さが少し戻ってきていた。
息をのんで、個室を一つ一つ調べてみるが、全て空で特に怪しい感じも無く、ほっと胸を撫で下ろす。その時、何か物音がした。それは、女子トイレの方からだった。
「ハウンド……!?」
シュヴァルは、急いで女子トイレに向かう。
「ハウンド!なんかあったのか!」
入り口の方から数えて、三番目の個室のトイレの前でハウンドは立ち止まっていた。
「……ハウンド?」
どこか異様な感じがして、恐る恐る近寄っていき、肩に手を置き体を軽く揺すりながら再び呼びかける。
「ハウンド?大丈夫か?」
ずっと俯き続けており反応が無い。
唾を飲み込み、もう一度呼びかけようと思った時、ハウンドが、ゆっくりとその場から離れて、無言でトイレの中を指さした。
不安や恐怖や心配といった色々な感情が一斉に押し寄せてきていながらも、まずは目の前の事を片付けようと思い、指し示された方をゆっくりと覗き込むように見てみた。そこには、洋式トイレと、それの横で延びている男がいた。
「……ん?」
理解するのに少し遅れたが、おかっぱ頭のヅラがずれていて、赤いスカートを着ているのを見て、全ての察しがついた。
「……帰ろう」
「……へい」
意気消沈をして学校から出てくる二人。あの後、一応心が折られながらも、屋上や体育館等、残りの場所を探し回ってみたが、おかしな奴らは見当たらなかった。
「取り敢えず、あいつに電話して、ここにいる変態共を連れて行ってもらおう」
携帯を取り出し、知り合いに連絡を取り始めるシュヴァルをよそに、ハウンドは独り言を呟いていた。
「くそー、会えるって期待したのになー。そう簡単には会えねーか」
心底悔しそうにしているハウンドを見て、電話を終えたシュヴァルが近づいてくる。
「お前、どんだけ会いたがってんだよ。普通は会いたくないもんだと思うけどな」
「だんなは分かってねぇなぁ。理解出来ない物と遭遇出来るなんて、興奮しやせんか」
「全く共感できねぇわ」
頭をぽりぽりと掻き、理解に苦しむシュヴァル。
「にしても、銅像に人体模型、音楽室にトイレ、怪談は四つしか無かったな。まっ、怪談じゃなくてただの不審者達の共演だったけど」
「音楽室のは、ピアノと肖像画で二つ判定じゃねぇですかい?それに、七つ目は知っちゃいけねぇって話もありやすから。そう考えると、残りは一つなんじゃねぇですかね」
「そうなんか?まぁ、あんな事があった後だと、ぶっちゃけどうでもいいけどな」
二人は、敷地に入った時と同じようにしてこの場を後にしようとしていた。そんな二人を、学校の屋上で見守る人影があった。幼い少女のようで、まだ寒さが身に染みる季節だと言うのに薄着で、親の姿も見えず一人のようだ。しかも不思議な事に、その子の体は透けているように見える。笑みを浮かべた少女は、何の前触れもなく、屋上から前のめりに倒れるようにして飛び降りた。そして、落下の途中で、すぅっと霧のように消えてしまった。
「ん?」
何かを感じたのか、立ち止まって学校の方を見るハウンド。
「どうしたー?さっさと帰ろうぜー」
気だるそうに帰宅を促すシュヴァル。
「……すいやせん。なんでもねぇでさ」
こうして、何でも屋の今日の依頼が終わったのだった。
翌日、シュヴァル達が学校で遭遇した変態達が捕まったというニュースが流れたのは、言うまでもない。
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