第3話 おかしな怪しい絵本

「お願い!今日一日でいいから子供預かってよ!」

 春らしい陽気な一日に、何でも屋には、珍しくお客が来ていた。女と子供が一人、女が二十代半ば、子供は小学校に入る前くらいだろうか。どうやら親子のようだ。

 「ここは託児所じゃねぇんだぞ!」

 「でも、何でも屋でしょ」

 「そう……名乗ってるけど!」

 「じゃあいいじゃない。ちゃんとお金も払うし」

 「専門のとこいけや」

 この親子とは、以前、女が道端でバックをひったくられた所に、偶然何でも屋の二人が居合わせて、ひったくり犯を捕まえてバックを取り返してあげた事があり、それ以来、稀にだが依頼をしてくれる顔見知りだ。

 「シュヴァル達の方が安心なんだもん。ね!だからおねが~い!」

 「ぐぅ……」

 そんな母親の頼みなのだが、子供の扱いなど分からないので、出来ればやりたくないが、せっかく来た依頼を断るのも惜しい。唸りながら考えていると、ハウンドが割って入ってくる。

 「受けてやればいいじゃねぇですかい、だんな」

 「お前、珍しくやる気出してないか?」

 「何言ってるんですかいだんな。何時もやる気いっぱいでさぁ」

 「嘘つけ」

 溜息をつき、頭を掻きながら

 「わーったよ。受けりゃいいんだろ受けりゃ」

 しぶしぶ、承諾するシュヴァルだった。

 「ほんとに!ありがとう!ハウンドもありがとね」

 「まかしとけぇい」

 女は、子供の頬にキスをする。

 「良い?シュヴァルお兄ちゃんとハウンドお兄ちゃんのいう事聞いて、大人しく待っててね?分かった?」

 「二人のことは知ってるからだいじょうぶだよ。ママ」

 子供の頭を撫で、足早に何でも屋を後にするのだった。

 「はーあ、ハウンド、お前なんか考えてるんだろうな」

 「だんなと違ってちゃーんと考えてやすぜ」

 「一言余計なんだよ」

 部屋の隅にある本棚から、一冊の本を取り出して、子供と対面する形でソファーに座るハウンド

 「なんだそれ?絵本か?」

 ハウンドの隣に座りつつ、持ってきた本に目をやる。

 「んー?桃太郎?」

 表紙に文字だけでそう書かれている。

 「……それ、どこで買ったんだ?偽物っぽくないか」

 「んーと、なんか、人の気配が全然ねぇとこで開いてた本屋で買いやした」

 「怪しすぎるんだが」

 「そこで会ったおっちゃんには『大丈夫大丈夫。なーんも問題ねぇよ』って言われやしたけど、そのおっちゃんの目は死んでやしたね」

 「ますます怪しいんだが。てか、お前そんなとこで何やってたんだよ。そっちの方が気になるわ」

 「街中を歩くのは楽しいですぜ。この街は無駄に騒がしいですからね。まぁ、そんな事はどうでもいいじゃねぇですかい。取り敢えず、これを読んでみやしょうぜ。坊ちゃんもいいですよね」

 子供は小さく頷く。

 「じゃ、いきやすぜ」

 「不安だ……不安しかない……」

 「むか~し昔あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは、毎日山へ芝刈り機をを狩りに、おばあさんは川へ洗濯をするついでに、川に棲むという化け物を狩りに行っていました」

 「おいまて、序盤で、もう俺の知らない桃太郎が繰り広げられてるんだが。てか、芝刈り機を狩るってどういう事だ。時代設定どうなってんだ。川に棲む化け物って、桃太郎は鬼退治の話だったよな。別の物語が始まりかけてないか」

 「俺に言われやしても、そう書いてあるんだから仕方ねぇじゃねぇですかい。続き読みやすよ」

 「ものすっごい不安だ……」

 「ある日のこと、おばあさんがいつものように、川で化け物狩りをしていると」

 「洗濯じゃねぇんだ……」

 「川上から、大きな桃が、どんぶらこどんぶらこと流れてきました。ですが、おばあさんは、それを横目で見るだけで、無視をしました。おばあさんにとっては、化け物狩りの方が大事なのです」

 「大事なのですじゃねぇだろ……」

 「大きな桃は、そのまま下流の方へと流れて行ってしまいました。残念ながら、化け物は今日も狩れませんでした。その日の夕食時、おばあさんは、今朝あった事をおじいさんに話しました。おじいさんは、『そんな物よりも自分の信念を貫いたお前が正しい』と、おばあさんを褒めたのでした」

 「そういう事じゃねぇだろ……」

 「おじいさんとおばあさんは、自分達の信念を貫き続けて、いつまでも仲良く暮らしました。終わり」

 「終わった!?これで終わり!?桃太郎は!?川の化け物はどうなったんだ!?」

 急に立ち上がってもうツッコミを入れるシュヴァル。

 「いやー、良い話でしたね」

 「どこがだ!何も解決してねぇし何も始まってねぇよ!」

 興奮が収まらないシュヴァルに、ハウンドは朗報を伝える。

 「だんな、だんな、まだページありやすぜ」

 「あぁ!?まだ続くのか!?そうか!」

 早くしろと言わんばかりの顔でハウンドを睨みつける。

 ハウンドは、ページをめくり淡々と読み上げた。

 「桃太郎は、犬と、出会った」

 「場面が変わった!?おじいさんとおばあさんの話はマジであれで終わりなのかよ!」

 「しょうがねぇですよ。あの二人はあくまでも脇役ですからね」

 「脇役の存在感じゃねぇよ!もう桃太郎どうでもいいよ!」

 悶えるシュヴァルを無視して、ハウンドは、続きを読み始める。



 桃太郎は、犬と、出会った。石の上に座り、咥え煙草をしているとてもガラの悪い犬、の被り物をしている男に。

 「あぁ?てめぇが桃太郎か?」

 「……そうですけど」

 「ちっ、しゃーねーな」

 犬は、どこからか台本を取り出した。

 「あー、桃太郎さん桃太郎さん、お腰にぶら下げてる黍団子、一つ私に・・・一つ?なんで一つなんだ。全部よこせや」

 犬は、とても横暴な態度で、桃太郎に迫りました。

 「えー……いや、全部は流石に」

 「別にいいだろ。減るもんじゃねぇし」

 「いや、確実に減りますけど」

 「気持ちっていう形で残ってればいいだろ」

 「気持ちでどうにかなるもんじゃないと思いますけど」

 とても高圧的な犬に、たじたじになる桃太郎。その様子にしびれを切らした犬は台本を放り投げて

 「さっさとよこせや。じゃねぇと、物語が進まねぇだろ」

 と言って、どこからか拳銃を取り出し、桃太郎に対して突き付けるのでした。

 「いっ!?」

 あまりにも怖いので桃太郎は、言われた通り、全ての黍団子を差し出したのでした。

 「ふーん、案外美味いな」

 黍団子を平らげた犬は、満足したようで

 「しゃーねーから、一緒に行ってやるよ」

 「なんで上からなんだ・・・」

 こうして、犬が、お供に加わりました。

 桃太郎と犬が、しばらく一緒に進むと、今度は猿が居ました。こちらも、猿の被り物をしています。

 「おっ、犬を連れてるって事はあんたが桃太郎ですかい」

 「そうだけど」

 猿は、犬同様、どこからか台本を取り出しました。

 「えーと、黍団子貰ったら仲間にならないといけないみたいですね」

 「えっなに、その台本は当たり前のように出てくるけど、標準装備かなんかの?」

 「手元にあったんだから仕方ねぇじゃねぇですかい。で、黍団子くれるんで?」

 「いや、実は、黍団子はもう犬に全部食べられたんだ」

 「まじですかい」

 犬を見る猿。

 「あぁ?何か文句あんのか?」

 「う~ん」

 猿は、腕を組んで何か考え事をして、よし、と、一言発してから結論を出した。

 「なんか面白そうなんで一緒に行きやすよ」

 「えー……」

 「いやー、型にはまらないそのスタイル、俺ぁ好きですぜ。お供しやす」

 「よし。そうと決まったならさっさと行くぞ」

 犬は、すたすたと一匹で行ってしまう。

 「待ってくだせぇ~犬のとっつぁ~ん」

 「……」

 こうして、猿も、お供に加わりました。

 桃太郎、犬、猿が更にしばらく歩いていると、行く先の向こうから雉がやってきて

 「お供になります」

 いきなり真顔でそんなことを言って仲間に加わろうとしてきました。相変わらず被り物です。

 「いや唐突だな!?なんだいきなり!?」

 「いえ、犬と猿と一緒に歩いているという事は、桃太郎さんですよね?」

 「あぁ、そうですけど」

 「お供になります」

 「脈絡が無さすぎる!」

 「台本に書いてありましたが、どうせ、仲間にならないと物語が進まないのでしたら、さっさと仲間になった方が無駄を省けますので。省略しました」

 「また台本!やりたい放題かよ!」

 犬が、桃太郎の肩をポンと叩きました。

 「まぁ良いじゃねぇか。仲間になりたいって言ってんだから、仲間にしてやればよ」

 猿も便乗します。

 「そうですぜ。無償で仲間になってくれるなんてなかなか出来る事じゃねぇや。歓迎しやすぜ」

 「皆さん、よろしくお願いいたします」

 雉は、ぺこりと頭を下げます。

 「もう好きにしてくれ……」

 こうして、犬と猿の独断で、雉が仲間になりました。

 桃太郎一行は、やがて、海の近くにある村に着きました。

 「ここで船を借りやしょうぜ」

 「こんなとこにあんのか?」

 「村で一番偉い人なら持ってるんじゃないでしょうか」

 「よし、そこ行くぞ」

 「これ、俺、いる?」

 桃太郎の意見を一切聞かずに、犬、猿、雉は次にどうするかをてきぱきと決めました。

 この村で一番大きな家を見付けて、桃太郎は、家主に相談を持ち掛けます。

 「あの、鬼退治に行きたいので、出来ればで良いのですが、船を貸してもらえたりしないでしょうか」

 「んー、いいよ!」

 「かっる!」

 とても陽気な家主さんは、桃太郎達が船を借りる事を了承してくれました。

 桃太郎一行は、借りた船に乗り、鬼ヶ島を目指します。

 桃太郎が船を漕ぎ、しばらくすると、何かが見えてきました。

 「あっ、あれっぽくねぇですかい」

 「鬼の形をした建物が見えますね。なんと単純な」

 「鬼はあほなんだろうな。センスがねぇ」

 「ですねー」

 (こいつらにだけはアホ呼ばわりされたく無いだろうな)

 桃太郎が心の中でツッコミを入れていると、島に上陸出来る距離まで来ていました。

 鬼ヶ島らしい場所に上陸し、辺りを見回すが、それらしい影が全く見えません。

 「あれー。ここじゃないんですかねー」

 「んー、ダミーなのでしょうか」

 「おらー!出てこいやくそ鬼どもー!」

 「これじゃ、どっちが鬼か分かんねぇな」

 その時、鬼の形をした建物から、人影が出てきました。

 「なんなんですの、うっるさいですわね」

 頭に角が二本生えている。どうやら鬼のようです。赤い服を着ています。

 「誰ですの、あなた達」

 「桃太郎ご一行だけど」

 「桃太郎……」

 赤い服を着た鬼の後ろから、別の鬼が出て来ました。こちらは青い服を着ています。

 「お姉様、この台本に出てくる人達ですよ」

 「あー。なんか今日来るって予定でしたわね。忘れてましたわ」

 「もう世界観も何もあったもんじゃねぇな」

 仕切り直して、赤い服を着た鬼と、青い服を着た鬼と、もう一人黄色い服を着た鬼が出てきて、桃太郎一行の前に立ちふさがりました。

 「よく来たわね!盛大に歓迎してあげますわ!」

 赤い服を着た鬼が、仁王立ちで口上を述べていると

 「あのー、盛り上がってるとこわりぃんですけど、ちょっといいですかい」

 猿は、手を上げて質問をしようとしました。

 「何よ。せっかく今決めてるとこなのに」

 「いやー気になったんですけど、鬼って、あんたら三人しかいないんですかい?」

 「……」

 押し黙ってしまう鬼達。

 確かに、こんなに広い島なのに、鬼は三人しか見当たらない様子です。

 桃太郎は、恐る恐る理由を尋ねました。

 「お前らの仲間は一体どこに……?」

 「気付いてしまったのなら言うしかないですわね」

 赤い服を着た鬼が、一呼吸置き、そして、叫びました。

 「鬼が鬼ヶ島にいると思ったら大間違いですわよ!」

 「えー……」

 「鬼にだってね、それぞれの人生があるの。世界に羽ばたいたっていいじゃない。世界から見たら、この島がどれだけ小さいか。こんな小さな島でくすぶってるなんて勿体無いじゃない。だから、彼ら彼女らは羽ばたいていったのよ」

 鬼は、力強く説明をしました。

 「いや……あの、力説されても困るんだが」

 「という訳で、今この島には私達三人しかいませんごめんなさいお帰り下さい」

 頭を下げる鬼達を前に、戦意を失ってしまった桃太郎。

 「あぁ……うん。なんか、こっちこそごめん。退治しに来ちゃって」

 しかし、お供の三匹は納得していませんでした。

 「ここまで来て何もないなんてありえねぇだろ」

 「宝寄こせ宝ー」

 「全財産寄こしやがれ下さいー」

 「こいつらほんとに俺の仲間!?鬼が化けてる訳じゃないよね!?」

 桃太郎は、心底、お供達と居るのが嫌になりました。

 「宝を出せば帰るんですの?しょうがないですわね」

 そういうと、赤い服を着た鬼は、黄色い服を着た鬼に、宝を持ってくるように言いました。

 桃太郎一行は、ついに、念願の宝を手にしました。

 「もう二度と来るんじゃないですわよー」

 鬼達に見送られながら、桃太郎達は、村へと帰っていきました。

 船を貸してくれた人にお礼を言ってから別れ、一行は、宝を山分けにして自分達の住んでいた場所に帰り、各々、幸せに暮らしたのでした 。めでたしめでたし



 絵本を閉じ、一息つくハウンド。

 「いやー。意味分かんねー絵本でしたね」

 「ああ!予想的中だよ!なんだったんだこの時間!失った時間を返せ!」

 「そんな怒んないでくだせぇ。こういう内容だったんだから仕方ねぇじゃねぇですかい」

 「ったく……それを二度と読むなよ。てか今すぐに捨てろ!」

 「へいへい。坊ちゃんはどうでした。面白かったですかい?」

 シュヴァルを軽くあしらいながら、大人しく座って聞いていた子供に話しかけるのだが、何やら少し様子がおかしい。

 「あれ?坊ちゃん?」

 「ん、どうした」

 口を半開きにして、どこか遠くを見つめており、心ここにあらずといった状態だ。

 「おーい。大丈夫かー」

 「坊ちゃーん?坊ちゃーん?」

 顔の前で手を振ってみるが反応が無い。

 「おいおい、これやばくないか」

 「んー、やべぇかもしれやせんね」

 二人が心配しながら焦り始めたその時

 「ただいまー!元気にしてたー?」

 扉が勢いよく開き、先ほどの母親が入ってきた。

 「びっくりさせんな!もう少しゆっくり入れねぇのかよ!」

 「はーい。ごめんなさーい」

 口では謝っているが反省しているようには見えない。そんな母親は、真っ先に子供の傍へ行き抱きしめる。

 「良い子にしてた?シュヴァルお兄ちゃん達とどんな遊びしたのかな?」

 「……」

 子供は答えない。

 「んー?どうしたのかな?あっ、分かった。疲れて眠いのかな?それじゃあ早く帰りましょうね」

 子供を抱き上げて、頭をなでる。シュヴァルの顔は引きつっている。

 「シュヴァル、ハウンド。ありがとね。はいこれ」

 「えっ、あ、あぁ……」

 懐から財布を出してその中からお金を取り出し、シュヴァルはそれを受けとる。

 「それじゃ、また何かあったら宜しくね」

 お金を渡したらさっさと出て行ってしまった。台風一過の静寂に包まれる何でも屋。

 「あいつ、気付かずに行っちまったな」

 「ですねー」

 空返事をしつつ、なんとなく絵本のページをめくっていたハウンドは、最後のページを見て何かに気付いた。

 「だんな、これ」

 「ん、なんだ」

 そこには、『これは、悪ふざけで作られています。大人の方に害はあまりないと思いますが、万が一の為に子供に読み聞かせるのはお止め下さい』と、書かれている。

 「……」

 「……」

 「もう、ツッコむ気力すらねぇわ」

 どっと疲れたシュヴァルは、何でも屋の今日の受付を早々に締めるのであった。

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