第7章

第61話 魔星竜王セプテム

 やっほー、やあ、こんにちは!


 だれかって? 俺だよ、俺。みんなの友のドラゴンさ。普段は人型!

 え? “俺”じゃなくて“僕”じゃないのかって?


 やだなー、俺は俺だろ。

 というか“僕”だなんて、マザコンみたいで嫌じゃないか?


 公私を分けるとしても、“私”だろ。そっちの方がいい。

 なーんて、今日も世の中に嫌われそうなことを言ってしまった。失敗、失敗だ。


 俺はセプテム。魔界の連中は俺を魔星竜王とか、魔王候補と呼ぶ。

 ったく、みんな、おおげさなんだよ。親しみを込めてセプテムさんと呼んでくれよな。


 ……と言っているのに、俺をセプテムさんと呼んでくれる悪魔は誰もいない。

 たったひとり、従者の女がお情けでそう呼んでくれるだけだ。とてもつらい。


 ひょっとして超絶嫌われてんのかな? 俺。

 まあ超絶どうでもいいけどさ。


 魔王だとか、竜王だとかさ。権威は俺のカラーじゃないって言うのに……

 王様って、古来もっと自由でお気楽なもんだろ。誰も彼もまともに話が通じやしねえ。


 そーれーにー、そもそも、だ!

 魔王候補なんて呼ばれてはいるけれど、俺は大魔王になるつもりがない。


 大魔王なんてめんどうな立場は千年前にいた青い血の根暗野郎だけで十分だ。

 その後釜争いなんて、青い血の【魔王の覚者】連中が勝手にやればいいんだよ。


 そうさ、俺は千年前の古い悪魔だ。だから俺の血は赤い。

 青い方が強いって評判だが、赤い血の悪魔もそれなりにはいる。


 絵の具のコバルトブルーみたいな青い血は、俺は最初から持っていないのさ。

 俺はただの悪魔だ。だから、魔王なんて名前にこだわるつもりはない。


 というか最初から、俺には自分が魔王だなんて名乗った覚えはない。

 周りの悪魔が、勝手に魔王候補だのなんだのと持ち上げやがっただけだ。


 超めんどくせえ。

 マジでめんどくさすぎて、俺は放浪の旅に出た。


 放浪の旅、またの名を逃避行の旅だ。

 魔王候補だから城住まいなのかって? そんなわけがないだろ。


 確かに他の連中は城住まいだけどな。俺は違う。

 毎日が楽しい星空野宿、この広大な暗闇の荒野が俺の城さ。


 くりかえすが、俺はただの悪魔だ。

 だからそこら辺を歩いていても、あんがいと魔王候補だってバレない。


 枯れた荒野の丘にねそべって、俺はのんべんだらりとまどろむ。

 ふたつの月と星を数える。それが俺の毎日のルーティンワークだ。


 ロマンチックだねえ。似合わなくて笑っちまうよ。

 今日もそうだった。そのはずだった……というべきか。


 俺の眠りを邪魔して、無数の靴音が荒野の静けさをさわがせる。

 うん、わかるよー、超わかる。


 こんな誰もいない場所に、大勢でやってくる連中なんて、絶対ロクなやつらじゃねえ。

 俺が不愉快な気持ちで上体を起こすと、案の定、望まれもしない来客が視界に入る。


 来客は一人残らず武装していた。

 と言っても、悪魔騎士みたいな連中とは違って、軽装備の山賊ファッションだ。


 えーと、手斧? 槍? 剣? 鈍器?

 やめてくれよー、荒野の追いはぎじゃねえか。マジかよ、おい。


 俺は嫌な気分になった。

 何が悲しくて、俺が野盗のまねごとにつきあってやらねばならんのか。


 だから、俺は苛立ちを隠さずに言ってやった。


「……俺はなんにも持ってねえぞ、見てわかるだろ」


 身のみ着のまま、ぶらり旅するセプテムさんだからな。


 宵越しの銭は持たない主義でね。

 俺をタコ殴りにしたって、びた一文出やしねえぞ。ざまあみやがれ。


 はっはっはっ!

 俺はあぐらを組んで、頬杖をついてバカな追いはぎを笑ってやった。


 相手を選べっての、金や資材が欲しいなら、魔王候補の城でも襲いやがれ。

 と思っていたのだが……しかし追いはぎ連中はニコリともしてくれない。


 代わりに、そいつらは野盗には似合わない真剣な声音で、こんなこと言った。


「黒い髪に、黒い瞳、魔王候補セプテムだな」


「はあ?」


「間違いない。手はず通りにやれ」


 野盗たちは素早い動きでふところから札……カードのようなものを一斉に抜き放った。


 気の抜けた俺でもさすがに分かる。

 その洗練された動きは間違いなく訓練をこなした戦士のソレだ。


 ただの野盗ではありえない。

 つまり、こいつらは俺を殺すために差し向けられた刺客に違いなかった。


 んで、問題は、そいつらが意味ありげに抜き放ったカードだ。

 それはひとめで魔法の札。それも高位のマジックアイテムなのだとわかる。


 無数のカードが、まばゆいばかりの光を放つ。


 その魔法効果は……ありがたいことに、俺を狙う刺客のひとりが教えてくれた。


対魔法ディスペルマジック。魔王セプテム、これでおまえの悪魔としての力は封じられた」


「へえ……マジか」


 試しに魔力を練り上げてみると……うまくいかない。


 魔法を使おうとしたその矢先から、練り上げた魔力が散らばってしまう。

 なるほど、対魔法ディスペルマジックだ。


 これはまずい。魔法が使えない悪魔なんて、ちょっと頑丈なだけの生き物だ。

 言っていいなら、熊みたいなもんだ。


 しかし俺はおおいに感心した。

 対魔法それ自体はおどろくような代物じゃない。


 だが、俺はこれでも魔王候補なんて呼ばれている。

 だからただの悪魔と言いつつ、そこら辺の悪魔よりは数段強い力を持っている。


 その俺の魔力を完全完璧に封じ込める対魔法の威力に、俺は感心していた。

 こんな高度な対魔法を、それも誰にでも使えるマジックアイテムの形に落とし込めるやつなんて、この魔界でも魔王候補しか……いや、俺が知る限りでは、ひとりしかいない。


 俺はゆかいに思って笑った。

 俺を狙う刺客のみなさんが、誰の差し金でやってきたのか、よくわかったからだ。


 確認を兼ねて、俺は言ってやる。


「なるほど……ルユインの差し金か。こっそり暗殺とは。あいつは本当に、そつがないやつだ」


「殺せ」


「待て。冥土の土産に話くらいは聞いてくれ」


 とは言ってみたものの、暗殺者のみなさんが話を聞いてくれるはずもなく。


 暗殺者たちは、それぞれの武器を振りかざして、俺に突進してくる。

 俺の命は風前のともしびだ。そんなふうに思うのがふつうだろうさ。


 だけどまあ、結果だけを言えばそれは間違いだった。

 というのも、このときの俺はひとりではなく、そばに俺を守る従者の女がいたからだ。


 “影”――月明かりがつくりだす俺の影から現れたのは、黒い女のシルエットだ。

 暗殺者の目線では、そのまんま、俺の影が立ち上がった格好になる。


 対魔法で俺の魔力を封じて、優位を確信していた暗殺者の誰もがおどろき目を見張る。

 長い髪を持つ女の形をした黒い影は、その手と“爪”で、向かってきた暗殺者のひとりを串刺しにする。


 断末魔をあげて絶命する暗殺者。

 影の脅威を警戒したのだろう、その他の暗殺者たちが足を止めた。


 暗殺者のひとりがとまどい、うめく。


「っ、バカな、対魔法の効果は続いているはずだ……」


「私はムーン。私はセプテムさんをお守りする者ですので。悪しからず」


「臆するな! 邪魔者はひとりだ、全員でかかれ!」


 リーダー格とおぼしき悪魔が、命令を下す。


 勇ましいねえ。だけどまあ、その判断は数秒遅かったな。

 ムーン……黒い影の女は、そのすがたをグネグネとうごめかせて、形を変える。


 より巨大に、より強く、より洗練されたデザインへと。

 新しく生まれたそのすがたは、爪牙を持つドラゴンだ。


 もちろんのこと、竜の巨大は剣や手斧くらいで立ち向かえる相手ではない。


 影の竜と対決する悪魔たちがおののき、悲鳴を上げる。


「竜だと!?」


「そう、私はムーン。ムーンアイズ・シャドウ・ドラゴン」


 月の瞳と影の竜。


 俺の影から這い出して生まれた、黒いシルエットの巨大な竜は、その爪牙でまたたくまに暗殺者を喰い殺し、あるいは叩き潰した。


 あわれな暗殺者たちは、竜から逃げ出すことさえ許されない。

 そうしてやがて、最後のひとりを残して、悪魔はだれもいなくなる。


 足を潰されて動けなくなったその悪魔の前に、俺は立つ。

 ちょうどよく、対魔法の効力も切れた頃合いだ。


 俺は言ってやった。


「帰ったらルユインに伝えてくれよ。俺はけっこう、おまえみたいなやつが好きだってな」


「…………」


「あいつは正しい。いかにも悪魔らしい悪魔で、息をするみたいに非情の行いをしてくれる。すばらしい後輩だ。俺みたいな古い老人はうれしくなるさ」


 ひとり残った悪魔は、血走った両目で俺をにらんだ。


 生き恥をさらすつもりはないとでも言いたげだ。

 めんどくせえなあ、忠誠心ってやつ? 俺にはよくわからないね。そういうのは。


 傷ついた身体で、荒い息を整えて、ルユインのしもべは言った。


愚弄ぐろうするな! 古い時代の悪魔め、おまえの時代はとうに終わった!」


奇遇きぐうだなあ! 俺もそう思う。時代は進む。進めばいい。その確実な正しさこそが、俺がルユインのやつを好ましく思う理由さ」


「見くびるな! 正しいからなんだというのだ? 悪魔が正しさを求めてなんになる?」


「はあ? なんになるって?」


 そんなどうとでもなる個人の倫理観を聞くのかよ……


 冥土の土産に教えてやろうって、俺のキャラじゃないんだが。


 ま、いいけどさ。俺はあきれた気持ちで教えてやることにした。


「そんなの――」


 シンプルでおもしろみもない。


 俺にとっては、ごく自然な話だ。


「俺が、悪い奴だからに決まってるだろ」


 悪魔がきょとんと呆けていた。


 まるで意味が分からないとでも言いたげだ。

 めんどくせえなあ。これだから頭のかたい奴は。


 俺は再三教えてやった。出血大サービスだ。


「だから、正しいやつがいないとさみしいんだよ。俺にとってはな」


「なんだと?」


「だってそうだろ? 頭のふざけたやつしかいない世界で、露悪、露悪してみたって、自分のおつむがつらくなるくらいのものさ。張り合いがない」


 俺はもはやゆかいにさえ思えず、乾いた声で苦く笑った。


 こういうのを見解の相違っていうんだろうな。

 光あるところに闇があるとか、されど光なくして闇はあるとか。


 言い方や表現はいろいろとあるんだろうけどさ。

 究極的には俺のアイデンティティの問題だ。


 すなわち、正義なくして、悪は無し。

 正義に対する究極の悪……なんてことは言わないし、まあ正直、俺自身はそこまで底意地の悪い悪魔じゃないと思うけどな?


 しかしなにをもって、俺が対決するべき正しさとするのか、それは小悪党の俺なりに美学がある。


 ああ、冥土の土産だ。教えてやるさ。


「あいつは、ルユインは凡庸な悪魔だ。いかにも、ふつうでまともな悪魔だ。キテレツなことはしないだろうし、そういうのはあいつの趣味じゃないだろう。もちろん、俺もそういうのは趣味じゃない」


「…………」


「あっはっはっ、わかってくれないって顔だな!」


 見解の相違。お互いの溝はうまらない、か。


 俺は話すのがめんどくさくなって、ムーンに話題を振った。


「教えてやれよ、ムーン。俺がなにを言っているのか」


「自分で説明してはどうです?」


「やだよー、そんなのはいろいろと悲しすぎるだろ……」


「そういう気持ちの悪い不真面目さが、セプテムさんの嫌われる理由だと思いますよ」


 ムーンが口うるさいことを言ってくれる。俺のおかんかおまえは。


 とはいえ、そこは頼れる従者だ。

 俺の深い悲しみとお疲れ具合を察してくれたのだろう。


 ムーンは少し考えた後に、こう言った。


「まっとう、正しい者」


 俺の従者ながら、うまい表現を言う。


「当然のこと、それは不自由のない勝利者です」


「そういうことだ」


 そこで俺は話すのがめんどくさくなって、悪魔の頭を魔力の弾丸で撃ち抜いた。


 絶命した悪魔のむくろを蹴倒して、俺は自己満足でつぶやく。


「文句なく。それでこそ、俺のやる気が出るってものさ」


「酷い話です」


「俺の話だろ? これでよろこぶのはこの世に俺だけでいい」


 俺は死体の手のうちから魔法のカードを奪い取った。


 ルユインのお手製マジックアイテムか。

 対魔法ディスペルマジックで暗殺とは、えげつないマネをしてくれる。


 これが俺以外の魔王候補なら、いとも簡単に始末されていただろう。


 手元で魔法のカードをくるくる回して、うれしい気分の俺はニマニマ笑ってしまった。


「うん、よくわかった。やっぱり、ルユインだな」


「なにがですか?」


「あいつこそが大魔王にふさわしいってことさ。プリンセスメイリーはへたくそな露悪がすぎる、カルマのやつはひかえめに言って気がおかしい。消去法ではあるが、間違いがない」


「…………」


「あいつは正しい。ちょっとばかり頭が固いけどな。やはり、この魔界は、あいつのもとで統一される運命だ」


 そのときに、ムーンが薄く笑った。


「へえ、それで?」


「んん? なんだよ? ムーン?」


「それでえ? やる気を出して、本気になったセプテムさんは、なにをしてくれるんですか?」


 それはなんとも、意地の悪い質問だった。


 王道をゆくルユインとは似てもつかない、風来坊の我が身を思って、俺は苦く笑った。

 本気、本気かあ。俺にはあんまり似合わない言葉だな。


 とはいっても、悪いやつなんて、負けるのが正規の仕事みたいなもんだからな……

 小悪党がのさばっていいなら、世の中はいまごろ、カオスにおちいっているだろう。


 そのあたりの都合は実に難しいところなんだが。

 従者がせっかく聞いてくれたんだ。答えてやるのが、主人のつとめだろう。


 俺は言う。


「それはもちろん」


「それはもちろん?」


 俺は笑った。


「い や が ら せ」


「本当は?」


「…………」


「本当は?」


「決まってるだろ」


 つくづく、ムーンは冗談が嫌いらしい。


 ちぇっ、おもしろみのないやつ。


 仕方ないから、答えてやった。


「この魔界にできる限りの死者を出して、戦場をしっちゃかめっちゃかにかきまわす。この世のすべての悪魔が嫌になるくらい、最後にはどうでもいい私怨でルユインを殺す」


「あの、それってつまり……」


「ははは、どうだ? 悪魔らしいだろ?」


 俺は笑った。


 けっきょく嫌がらせかって? いやいや、とんでもない!

 ルユインは光だ。この魔界とすべての悪魔に変革の未来を示す、救世の光なのだ。


 光も闇も清濁あわせのむ、そんなあいつはまさしく王の器にふさわしい。

 しかし俺は悪魔だ。ずっと昔から変わらない。魔王でさえない、ただの悪魔なのだ。


 老人は変われないのさ。いまさらめんどくさくてね。


 だからこそ、俺は言う。


「ただ闇在れ、ってことだ」


 なにが大魔王だよ。


 だって、それが“悪魔”ってものだろ?


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