第54話 魔界鉄道

 僕とメモリアは双子の招待にあずかることにした。


 正しくはプリンセスの招待に、かな。

 僕とメモリアが受け取った氷華の印の手紙。


 横合いから手紙を見ていたエミリーは言ったよ。


「氷の華は氷の国の紋章。あの双子はプリンセスメイリーの直属の関係者ですね」


「直属の?」


「あの双子は高位の悪魔ですよ。子どもなのは見た目だけで、なかなか強い力を持っている。あなたにもわかったでしょう?」


 エミリーが僕の反応を試すみたいに言ってくれる。


 もちろんわかっていたよ。

 今の僕の感覚は竜として研ぎ澄まされている。


 あの双子は力を抑えていたけれど、それは異国で隠れて行動するために違いない。


 魔王候補ルユインが支配する魔王城の城下町で堂々とふるまってみせた双子の悪魔。

 彼らは間違いなく魔界でも有数の力を持つ実力者なのだろう。


 もっと言えば、そんなにも強い悪魔が数多く生きているのが魔界という場所だ。

 それが一体だけなら今の僕やエミリーの方が力は上かもしれない。


 だけど、なにぶん数が違いすぎる。

 魔界では雑兵とされる悪魔でさえ、人間世界の弱い悪魔よりもはるかに強い。


 そして【魔王の覚者】だ。

 人の姿をして青い血と魔王の記憶を持つ、真の悪魔たちが魔界には大勢いる。


 戦う……という判断はいずれ必要だとしても今は適切ではないだろう。

 命がいくつあっても足りないさ。


 なんというべきかな。

 本音を言えば、僕だって悪魔が憎いよ。憎くないはずがない。


 やつらは僕から平穏な暮らしと孤児院の家族を奪い去った。

 一匹残らずこの牙で喰い殺してやりたいと思う気持ちがないわけではない。


 かつてはそう思った。今でもそう思う。

 敵を憎む感情は、簡単に捨てられるほどやさしい気持ちじゃないからね。


 だけどそれはメモリアも同じだ。

 メモリアは耐えがたい苦しみをこえて、今、前に進もうとしている。


 もちろん彼女がそうだから、という後ろ向きで他人を頼った理由ではないよ。

 心の中にある暗い気持ちに負けないために、僕には自分を律することが必要なんだ。


 僕は竜の記憶を持っている。

 【魔王の覚者】がいにしえの魔王の記憶を持つように、僕はエミリーとの戦いで古の竜王の記憶と力の一部を取り戻した。


 それは必要なことだったと思うし、だからこそ僕はエミリーに勝つことができた。

 だけどね。


 本来の自分とは違う記憶を持つというのはやっぱり不自然なことだ。

 人間としての自分の記憶や気持ちが塗りつぶされるようで、いい気分はしない。


 怒りも悲しみも、憎しみでさえも、少しずつ上書きされて消えていく。

 ……いつだったか、悪魔リグレットが言っていたね。


 【魔王の覚者】として魔王の記憶と魂に毒された、かつて人間だった悪魔。

 あの時の僕はリグレットのことを少しだけ哀れだと思ったけれど。


 因果なことに、今の僕は彼女と似た立場に立っている。

 竜の記憶か、魔王の記憶か、違うのはそれだけで……


 リグレットの最期の言葉は僕の心に今でも深く根を張っている。


『私はようやく私になれる』


 ……僕は僕だよ。今でも、まだ。


 そんな僕の気分が伝わったのか、エミリーはその無表情をわずかに歪めた。

 さすがはへそ曲がりの……いや、違うか。


 エミリーは言うんだ。


「竜の記憶を持つというのも、楽ではないようですね」


「それはお互いさまだろ。あまのじゃくな、メモリアのお姉さん」


「フッ、へそ曲がりと呼ばないだけ見込みがある。と言っておきます」


 僕たちはひとまず、手紙の件をルユインに報告した。


 しかしルユインはというと大して気にした様子もなく、こんなことを言った。


「プリンセスメイリー。アレは昔から耳ざとい女だ。しかしまさか俺が呼びつけた客人に自分の招待状を……それも城下町で手渡してくれるとはな」


「どうしますか? ルユイン?」


「どうする? どうするだと? エミリー。他人に判断をゆだねるとはおまえらしくないじゃないか。おまえたちが受け取った招待状だ。どうするかはおまえたちが決めればいい」


「…………」


「鉄道を準備してやる。氷の国の入り口までは快適な旅を楽しむといい」


 鉄道……聞きなれない言葉を耳にした僕とメモリアは首をかしげた。


 そんなものは僕が持つ神代の記憶にも出てこない。

 鉄、というからには鍛冶でつくられる金属の工芸品なのだろうか? 違うのかな?


 その旨をたずねてみると、ルユインは意外そうに「ほお」と息をついた。


「なるほど、竜の記憶も万能ではないということか」


「なんなんだ? 鉄道って?」


「ああ、人間の世界では縁のない代物だったか。巨大な金属の馬車だと思ってくれ。馬がひく代わりに悪魔の魔力と蒸気で動く。なかなか便利な乗り物だぞ」


 蒸気と言われてもイマイチイメージが湧かないね。


 僕は学者や技術者ではないから、物の仕組みを理解するのは得意じゃない。

 というわけで、鉄道を間近で見たその時になって、僕とメモリアは大いに驚くことになる。


 ルユインいわく『巨大な金属の馬車』。

 エミリーいわく『前線に兵士を送り込むための移動手段』


 駅の係員さんいわく『魔界の観光業界が誇る交通の拠点』


 そして僕といっしょに乗り合わせたメモリアに言わせると……


「馬車の百倍! 乗り心地がいいわ!」


 まったく、ふかふかの座席が気持ちいいね。馬車は揺れが酷いからね。


 と、いささか不謹慎だと思いつつも僕たちは快適な鉄道の旅を楽しむ。

 駅で買ったお弁当を食べながら、僕は思う。


 大昔の記憶を頼りにしても、わからないことがあるのは少しだけうれしい。

 変化する世界はたえず時計の針を進める。


 世界が先人の古い知恵で回っているのだとしても

 世の中にはまだまだ新しく知らないことがたくさんあるってことさ。


 これから訪れる場所も、そのひとつ。


 氷の国の門は、すぐそこだ。

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