第52話 魔王候補ルユイン

「おまえは竜だな。確かフィフスといったかな」


 ルユインと名乗った悪魔は玉座に座ったままで僕に問う。


 僕はまだ自分の名前を教えていないんだけどね。

 エミリーから聞いているのか、他の悪魔たちから報告を受けているのか。


 どちらにせよルユインは僕とメモリアの素性を見透かしているらしい。


 やりにくいね。

 相手の側にだけ情報のアドバンテージがあるのは様々な面で不利だと言える。


 しかし無作為に悩んだところで結果は同じことかな。

 どの道この場所は大勢の悪魔が住まう魔王の居城だ。


 口先でカッコつけて失敗をしてはつまらない。

 ひとまずこの場は相手のペースに合わせるのが得策だろう。


 語らずは美徳さ。いついかなる時だって、下手な無駄口は災いのもとだ。


 そんなわけで僕はルユインの問いにうなずきで答える。


「ええ、僕はフィフス。あなたはルユイン……だね」


「そうだ。お互いに初対面ではあるが、おしゃべりなエミリーのおかげで自己紹介の手間が省けたようだな。すばらしい共通の知人を持ててうれしく思うよ」


 ルユインが脇に控えているエミリーを流し目で見る。


 話題に使われたエミリーはおもしろくもなさそうに無表情をしている。

 不愛想だなあ。


 本音を言えばこの場はエミリーに仲介を任せたかったんだけどさ。

 しかし残念ながらあまのじゃくのエミリーは僕を助けることをしてくれないようだ。


 悪魔が相手でも他者との縁は自分で築かなければならないってことかな。

 やれやれ、エミリーは手厳しいね。


 僕は少しの間だけ話題に迷って考えてから、改めてルユインに問いかけた。


「大魔王候補、と呼ぶべきなのかな。竜の存在を憎む悪魔が……それも【魔王の覚者】が、僕になんの用かな? それとも用があるのはメモリアの方? まさかはるばる魔界なんて異空間に招待しておいて、タダで帰してくれるつもりはないんだろう」


「さて、なんだと思う? 当ててみろ。当ててくれると俺はうれしい」


 ルユインはニンマリと笑って僕を見返した。


 当ててみろときたか。いかにも試されているね

 もちろんさっぱりとわからないのが正直なところなんだけどさ。


 それを口にするのはせっかく穏やかな場の空気を壊すみたいで気が進まない。

 ルユインは僕とメモリアを侮っているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。


 これは試金石と受け取るべきなのかな。

 もちろん素直にわからないと答えるのも潔白な人柄の証明としてアリと言えばアリだ。


 悪魔を相手にするのに潔白な人柄なんて役に立つとも思えないけどね。

 そうだな。


 ここは似合わないとわかっていても、少しだけ頭を使うべきだろうと思う。

 初対面でつまらない皮肉や冗談を言っても仕方がないから、率直に答えよう。


 ルユインは僕とメモリアに用があるらしい。

 おそらくは竜の魂とメモリアが身に宿す天魔王獣の“力”そのものに。


 魔王候補と呼ばれるほどに卓越した悪魔が、さらなる力を求める理由があるとすれば。

 それはおそらく外敵との戦いとその備えで間違いないだろう。


 魔王候補であるルユインにとっての外敵。

 それはきっと人族でも竜族でもなくて、ルユインと同じく大魔王を目指す他の魔王候補だよね。


 力ある悪魔に更なる“力”が必要な理由なんて、そのくらいのものだろうと思う。

 あてずっぽうで恐縮だけど、僕に思いつけるのはそれだけだ。


 その旨を伝えてみると、ルユインは愛想笑いを引っ込めてうなずいてくれた。

 彼は頬杖から顔を離して、玉座から腰を上げた。


 僕と対等に目線を合わせてルユインは言うんだ。


「なるほど、まんざらバカでもない。非礼を謝罪するよ」


「あてずっぽうでごめんね。少しは当たってたかな?」


「ははは、まさか。この魔界の情勢はおまえが考えているほど簡単ではない。俺はおまえたちに何の協力を求めるつもりもない。あまり見損なうな」


 ルユインが口を緩めて言う。


 残念、外れか。まあそうだろうね。

 しかしこのままでは謎がひとつも解決しない。


 困ってしまった僕はルユインに問い直した。


「ならどうして?」


「まあ聞け。俺は竜であるおまえや勇者の血族を憎く思う。しかしさりとて、俺は【魔王の覚者】として怨敵への妄執に囚われるつもりもない。おまえたちのことはエミリーから報告を受けていた。竜の魂を持つ少年と天魔王獣の力を宿す女勇者の旅路を」


 僕は横合いに立つエミリーを見た。


 エミリーはうなずき、「ええ、そうですよ」と教えてくれる。

 ルユインは僕たちの意思疎通と理解の浸透を確認してから言葉を続けた。


 彼は言う。


「むろん誰であれ俺にとっては興味に値しない話だ。おまえたちに相応の力量が無ければそのまま捨て置こうと思っていた」


 へえ、上から目線だな。さすがは悪魔だ。


「しかしどうやらエミリーを倒す程度には、おまえたちは我が道をゆく術を心得ているらしい。だから、俺はおまえたちふたりを魔界に招待することにした。俺以外の魔王候補がおまえたちに接触するよりも先にな」


「??? それってどういうことなのさ?」


「言っただろう。この魔界の情勢はおまえが考えているほど簡単ではない。俺はおまえたちに助力を求めるつもりはないが、力ある者を利用しようと考える魔王候補は存在している」


「えっと、僕とメモリアがそいつらに目をつけられているってこと?」


「そうだ。おまえたちが他の魔王候補に騙されて、俺の敵になる面倒を避けたかったのさ。俺にとっては保険だ。人間の言葉で言うなら転ばぬ先の杖というやつだ」


 ルユインの説明を聞いて、僕はなるほどと納得する。


 僕の予想は残念ながら外れていたけれど、僕の想像通りに力のある手駒を求めている魔王候補も存在しているらしい。

 ルユインの言い分はいくらか世俗的だったけれどその分共感できる。


 なんにつけても敵は少ない方がいいからね。

 どんなに力があっても面倒を避けたいのも当然だ。


 しかしそれにしたって魔界に呼び出された僕たちはこれからどうなるんだろうか。

 転ばぬ先の杖……なんて勝手な理由で軟禁や監禁生活を要求されるのはごめんだよ。


 こんな疑問を疑問として残しておく必要もない。


 僕はルユインへと自分たちの今後を率直に尋ねることにした。


「なるほど、助力は求めない。転ばぬ先の杖か。キミの言い分はわかるけどさ。なら僕たちはなにをすることを許してもらえるのかな?」


「許す、とは?」


「行動の自由だよ。もちろんできるだけキミに面倒をかけないように努力するけどね……でもだからって、はいそうですかと魔界から帰してもらえないんだろ?」


「当たり前の話だな。だが安心しろ。俺はおまえたちの自由を奪いはしない。それどころかおまえたちが気にかけるであろう耳寄りな情報をくれてやる」


「というと?」


 僕が尋ねると、ルユインは大いにうなずいて答えた。


「今、この魔界には竜がいる」


「竜?」


「ああ、竜だ。エミリーでもおまえでもない。今この魔界には他の魔王候補に召喚されて、そいつに協力している竜がいるのさ。フィフス、おまえにとっては同族だろう? まさか、みすみす自分の仲間が利用されている現状をよしとはするまい」


「…………」


「判断は任せよう。俺はおまえたちに助力も協力も求めはしない。だが、さりとておまえたちの行動を束縛するつもりもない。自由にさせてやろう。ああ、この城や城下町をうろついてくれてもいいぞ。俺が許す」


 ルユインは尊大とさえ映らない自然さで僕とメモリアの自由を保障してくれた。


 しかし竜か……僕とエミリー以外の竜。

 誰なんだろう? どいうかどんなやつだろう?


 竜が悪魔と戦うならともかく、悪魔に手を貸す理由がさっぱりわからないんだけどね。

 困ってしまった僕は苦く笑う。


 寄る辺の無い状況でこれだけわかりやすく誘導されてしまっては仕方がない。

 なんにせよ自分の手のひらで踊れってことかな。


 あまり細かいことを気にしない僕もこの時ばかりは文句を言わなければならなかった。


「なんだか結局はキミにうまく利用されるみたいなんだけど」


「自由とはそういうものだ。自由には束縛を伴(ともな)う。それが嫌なら自分の頭を使って行動することだな。俺は止(と)めない。好きにしろ」


 好きにしろって言われてもね。


 見ず知らずの地であんまりに放任されると、僕の方も困ってしまう。

 自由は束縛を伴うっていうか、この場合は束縛されなさすぎて困るよ。


 なんにせよ、かくいうルユインはまさに自由奔放だ。

 彼は話が済んだと言いたげに僕たちに背を向けて謁見の間から立ち去っていく。


 呼び止めることもできたけどね。

 ルユインに対話の意思がないのであれば、それは無駄話にしかならないだろう。


 仕方がない。ひとまずはエミリーに話を聞いて情報を整理しよう。

 これからどんな行動を起こすにしろ、まずは魔界の道案内が必要だ。


 僕はひとりで考えてひとりで納得して、うなずいた。

 しかし、そんな僕の納得をよそにルユインの前へと進み出る者がいた。


 ここまで沈黙を守っていたメモリアが、足早にルユインの行く手をさえぎる。

 メモリアは自分よりも頭一つ背の高いルユインを見上げて、その青い瞳をにらんだ。


 あわてた僕が止める間もなく、メモリアは言った。


「待ってください」


「どうした。話は終わったはずだが」


「いいえ、悪魔ルユイン。あなたが良くても私はあなたに話があります」


 そこで一度息をつき、意を決した表情でメモリアは告げる。


「あなたはどうして私の家族を、村のみんなを殺したんですか?」


「……エミリーから聞いているだろう。それにもしなにか必要な理由があったとして」


 ルユインがメモリアを試すように見下す。


 おそらくはあえて、メモリアの価値を値踏みするみたいにルユインは挑戦的に笑った。


「勇者メモリア。おまえは俺の行いを“許して”くれるのか?」


「…………」


 メモリアは答えなかった。答えられなかったに違いない。


 その沈黙を答えとして認めるルユインは苦も無くメモリアとすれ違った。


 ルユインは言うんだ。


「それでいい。許す必要などない。わかりあう必要もない。俺は人を殺す悪魔で、おまえは悪魔に抗う者だ。おまえはただ、それをわきまえていればいい」


 そうして去り際に残される言葉は辛辣で……


 しかしその言葉はどこか、道に迷えるメモリアを鼓舞する激励のようでもあった。


 ひょっとしたら、と僕はそう思った。


「強くなれ、勇者メモリア。誰よりも救済を望むなら、誰よりも心強くあれ。それが天魔王獣をその身に宿す者としてこの世に生を受けたおまえにできる、たったひとつの“戦い”だ」


 ルユインは去っていく。


 彼の姿が見えなくなったその後に、メモリアはうつむく顔を上げた。

 彼女はその真っすぐな赤い瞳で僕とエミリーとを交互に見る。


 その時にメモリアが踏み出す一歩を迷うことはない。


「行きましょう。フィフス」


 僕はもうメモリアの手を取ることをしない。


 今のメモリアにそんな手助けをする必要はないと知っている。

 彼女は自分の足で自分の行くべき道を歩き出した。


 その道がどこに繋がっているのか。それはわからないけれども。

 メモリアが歩む道の先にある未来と。


 たどり着いた場所に立つ“彼女自身”の姿を僕も信じてみたいと思う。

 さあ、行こう。


 僕たちの新しい旅が始まる。


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