第3話 タイムリープパラドックス

「……未来に行けだと?」


「過去は変えられない。だけど未来は変えられる」


 星の瞳の竜王は力強く断言した。


「魂の姿で時間を渡る竜の秘術がある。決まっていない未来の形、ありえたかもしれない未来の認識にんしきを決定することができれば現実を変えられる」


「未来を決定する? そんなことが可能なのか?」


「さてね、時渡りの秘術は竜族の中でも厳重に禁じられていたし僕にもわからないよ。だけど未来へのタイムリープはできる。それは確かだ」


 タイムリープ。うつろな魂にはうってつけの話題だ。

 時渡りの秘術について星の瞳の竜王は語る。


「生きる者がバケモノに殺されなかった“かもしれない”未来。バケモノから逃げ延びた“かもしれない”未来。誰かがバケモノを倒した“かもしれない”未来……」


 可能性。すがるような可能性だ。


「問おう、大魔王ハンドレッド。キミに世界を救う覚悟はあるか?」


「覚悟……」


「青い血と多眼の大魔王。キミがみんなに与えた苦しみと悲しみは、決して許されることのない罪だ。僕はキミに問う。許されない罪人としてキミの愚かさがもたらした破滅をくつがえす覚悟があるか?」


 私にはわかっていた。


 星の瞳の竜王は、同族を殺された恨みや憎しみを語っているのではない。

 言葉通りに私自身の愚かさに対する在り方を問うているのだ。


「覚悟が無いならそれでいい。これが結末だ。怪物が荒野を支配するさみしい終わりだよ」


 嫌だと、私は願った。

 私は竜王の問いに答えなければならなかった。


「覚悟はある。私は戦う」


「ほう?」


「人は立ち向かう強さを忘れた。悪魔は戦う誇りを忘れた。私はそれを取り戻したい」


 だから私は――


「私はあるべき未来と現実に立ち向かおう。ありもしない誇りをもって、それが正しいと言ってみせよう。星の瞳の竜王よ、どうか私を未来に送ってほしい」


「そうか……」


 星の瞳の竜王は魂の姿で笑うように、炎を揺らした。


「大魔王よ、キミの罪は許されずキミの想いは誰にも認められず、キミの旅路は誰にも祝福されない。孤独な道だ。それで良いと言ってくれるなら僕はキミの友になろう」


「友……」


「大魔王と同じ夢を見る。たったひとりの竜になろう。大魔王ハンドレッド、キミの行く手には困難が立ちふさがる。負けいくさもあるだろう。そのときには思い出せ、キミがひとりではないことを」


「……感謝する。その言葉を認めよう。あなたの名前は?」


「フィフス、星の瞳の竜王さ。なーに、じきにまた会えるよ」


 竜王の軽口を最後に、視界がぼやけて揺らぎ始めた。


 魂の姿で未来に時間旅行とは世の中は死んだ後でも魅力的だ。

 覚悟を語りつつ、私は未練がましく思うのだ。


 もし、もう一度、ありえたかもしれない未来の形を望むことができるなら。

 その時には……


 その時こそは――!


「大魔王よ、キミが胸に抱く、その夢を目指せ」


 私は友の声を聞いて微笑んだ。

 夢は夢だ。決まっているさ。


「僕とキミで、未来の牙城に挑戦しよう!」


 私の意識は、そこで眠る。


 人よ竜よ、夢を忘れた悪魔たちよ。

 真実が砂上の楼閣ならば、こそ。


 ありえたかもしれない未来の形を望むことができるなら。


 立ち向かえ!

 その時こそは、誇りを持って皆で勝つのだ!

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