第2話 未来に行け

 私は死んだ。


 天国か地獄か、赤ん坊やムシケラに生まれ変わるのか。

 私の偏見と期待は見事に裏切られる。


 死んだ者は死んだ者だ。

 私の存在は形を失って浮遊していた。


 私のすがたは誰にも見えていないらしい。

 されど私からは荒野の戦場がよく見える。


 人と悪魔の種族の存亡をかけた最終戦争ラグナロック

 大勢は大魔王の死によって決着したようだ。


 だが、惰性によって戦争が続く。

 大魔王を殺した竜を人間たちが怖れたからだ。


 人間は私の死体から青い血を取り出し、血を組み入れる混血実験によって、生前の大魔王さえ上回る生物兵器をつくりだした。


 妄執だ。常軌を逸した行いだ。

 生物兵器……ソレは確かに竜を上回る怪物だったのだが……

 ひとつ誤算があった。


 暴走した怪物が生きている者を手当たり次第に殺し始めたのだ。

 エミリーと言ったか、私を殺したあの女竜も怪物との戦いに敗れて死んだ。


 怪物を止める者は誰もいない。

 生きる者は怪物によって皆殺しにされた。


 人も、悪魔も、竜も、強い者も弱い者も、みんな例外なく死んだのだ。

 歴史の終焉とはかくもあっけないものか。


 私は世を儚んだ。

 残念なことだ。


 とはいえ、どうしようもない。

 死んだ者に、現実を変える力はないのだ。


「いやいやいや、世界が滅びたっていうのに、クールだね!」


 時間の感覚さえ曖昧あいまいな魂の領域で、誰かの声を聞いた。


 視点を動かしてみると、青い炎が浮遊していた。

 何者だ? 私と同じ魂の住民なのかもしれない。


 私は興味を持って、たずねる。


「誰だ?」


「僕は竜の魂。死んだ竜だよ。キミと同じく死んだ者さ」


「竜?」


「竜だよ。名も知られぬ竜さ。星の瞳の竜王と呼んでくれ」


 竜か。それも竜王とは驚いた。

 竜王の魂が恨み言でも言いに来たのか?


 星の瞳の竜王は苦々しく笑う。


「恨みを語っても悲しいばかりだろうさ。僕はキミの罪を責めるつもりも、罰をあたえるつもりもないよ」


「なら何の用だ?」


「大魔王ハンドレッド、キミは未来を変えてみたくはないか」


 未来を変える? 突拍子もない話を聞いて、私は考えを迷わせた。

 私の戸惑いを察して、星の瞳の竜王が話を続ける。


「戦いの結末はご覧の通りだ。みんな、バケモノによって皆殺しにされてしまった。歴史はここでオシマイだ。だけど……」


 後に続く言葉は私にもわかるような気がした。


「僕は嫌だ。醜くとも間違っていても、みんなが未来を勝ち取るために戦った結果が、これで終わりなんて、僕は嫌なんだ。キミはどうだ? 大魔王ハンドレッド?」


「そうだな……」


 考えるフリをするまでもない。

 歴史の悲惨を見つめ続けた私の答えは最初から決まっている。


「認めよう。私も嫌だ。あれは怪物、敬意のない獣だ。あんなみじめな存在に、生きる者が踏みにじられるなど、私には我慢ならない」


「ハンドレッド……」


「私の選択に間違いがあったなら変えてみたいさ。本当に変えられるならこの結末を変えてみたいと、心から願うよ」


「だけど、決まった過去を変えることはできない。古い時代の神々にさえできないことだ」


 過去を変えることはできない。


 過去を変えて現在を無かったことに出来るならタイムパラドックスだ。

 わかり切っているさ。だが私は思わずにはいられない。


 変えられるものなら“現実”を変えてみせたいのだ。


「なら未来に行け、ハンドレッド」

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