オープニング

第1話 大魔王ハンドレッドの遺言

 生きることが退屈だ。


 なぜかって? 巨人は矮小わいしょうに、神は堕落だらくした。

 弱くなったんだ。弱いものは退屈だ。


 私は堕落した悪魔を率いて人間に戦争を仕掛けた。

 みなさんたいそう驚いていたさ。


 野を焼き、花を踏み、多くの国を滅ぼした。

 赤い血が流れても私の青い血は流れない。


 私の血は青い。

 周りからは冷血の大魔王なんて呼ばれている。


 でも私は三つの目を持つ悪魔だからな。

 冷血より多眼の魔王と呼んでほしい。


 それに私は温情に溢れている。

 みなさんに生きる目的を与えてやったのだから。


 生存競争……“戦い”という生きる目的を。

 毎日がそうだ。


 ある日、竜が住む隠れ里を私の配下が焼いたらしい。

 老人と子どもをかくまうばかりの小さな里だ。


 未来ある子どもと力を失った老人が戦火に焼かれる。

 まるで弱い者いじめみたいで頭が痛くなる。

 報告を聞く私はやけっぱちに笑うしかなかった。


 最初はすべてがうまくいっていたのに……

 戦争で弱い者が戦うすがたに私は心からの感動を覚えていた。


 だがいつしか、私の配下は戦う者への敬意を忘れてしまった。

 悪魔は人間よりも弱くなってしまったんだ。


 敵を侮り見くびり、足元をすくわれる。

 負けが続けば魔王である私にも刃が届く。


 竜の牙だ。

 復讐にやってきた竜が私の前に立つ。


 友を失い家族を失い、戦場に挑んだ竜の牙。

 鋭い牙が私の心臓を貫いて、荒野にたたきつける。


 青い血を流す私になすすべはない。

 私は負けたのだ。私は死ぬのだ。


 何者にもなれず、なにひとつ成し遂げることなく。

 今生こんじょうの命の儚いことか……


 私の掲げた夢はすべてが砂上の楼閣だった。

 私の命は無意味だったのだ。


「言いたいことはそれで終わりか」


 竜の女が……赤い髪の女が私の胸ぐらを踏みにじった。

 私を殺した女は人間のすがたをしていた。


 竜人? 人のすがたが本当のすがたなのかもしれない。


「エミリーだ。おまえを殺した竜の名前だ」


「…………」


「おまえにすべてを奪われた……おまえを殺した女の名前だ!」


 なるほどエミリー嬢、私を殺した竜の名前か。

 悲しく心根の歪んだ瞳をしている。強い者とは呼べない卑屈な女だ。


 ソレに負けた私はもっと救えない。

 救えない気持ちで私は思う。


 もしも……もしも、私がすべてをやり直せたとしたら。

 その時にはそうだな、その時には……


 その時こそは――


「おまえ……なにがおかしい!」


 私は笑った。決まっているさ。

 竜よ、人よ、夢を忘れた悪魔たちよ。


 その時こそは私が勝つのだ。

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