第1章

第1話 人間になる

 人は何者になるべきか。


 ◆◆◆


 僕の名前はフィフス。


 どこにでもいるドラゴンの! なんておかしいかな?

 好きなものは地をはうトカゲと花とまたたく星々。


 きれいだろう? トカゲはすこし違うかも。

 統一性がないってよく言われるよ。


 キミもそう思う? 僕もそう思う。

 にあわないのは、インドア派にはしかたがない。


 僕ってやつは雄々しさをどこかにおきわすれたみたいだから。

 笑ってしまう自虐ばかりだ!


 とはいえ、笑ってくれるのは親友のシーズンと、訳知りのモルガンと、心優しいネミーアウラ、へそ曲がりのエミリーくらいだ。


 まあいいさ……なんて、くたびれたご老人みたいで嫌だね。

 世界は“勇者”と“魔王”の戦いで荒れはててしまった。

 野花は枯れて、砂塵さじんでおおわれた夜空に星はみえない。


 人間を滅ぼすため古い神がうみだした“魔王”。

 おやま、おそろしい。


 悪と戦うために人々がつくりだした“勇者”。

 いやま、イヤになる。


 まっくろな神話は終わり、新たな星の時代がはじまる。

 古き神々も暴虐ぼうぎゃくの巨人もいない。温かな生命いのちの時代だ。


 トカゲも花もまたたく星々もきっとある。

 地をはうトカゲもバサバサと空を飛ぶのかな?


 だけど、未来のヴィジョンに僕らのすがたはない。

 シーズンはいない。モルガンもいない。ネミーアウラもエミリーもいない。


 黒く血錆びた荒野だけが神話を生きる者の、たったひとつのエンディングだ。

 最終戦争ラグナロックとおしまいの地。

 そこが僕らの墓標ぼひょうだ。

 考えなくてもいいさ。


 さあて、みんな、長話でまたせたねえ。


 もういいかい――

 僕らは黒い荒野であらがうことにつかれてしまった。


 おやすみシーズン。

 さようならモルガン。

 やすらかにネミーアウラ。

 おつかれさまエミリー。


 ……とむらいの言葉は聞き飽きた。


 目をあけているのは僕で最後だ。

 僕は目をとじる。


 目をとじると心がやすらぐ。

 命のともしびが消えてゆく。


 だけど暗闇はひとりぼっちの現実よりも、よほどまぶしくて温かい。

 僕は目をとじる。


 ねえ、もういいかい――


 ◆◆◆


「まーだだよ!」


 木漏れ日がさしこむ暗がりのなかで、僕は声を聞いた。


 ここはどこか? 僕にはよくわかっている。

 丘だ。村のはずれの、深緑しんりょくゆたかな森林の丘。


 僕は村の子どもたちとかくれんぼをしているんだ。

 鬼役は僕だ。子どもたちのお友達のフィフスお兄さんだ。


 目をつむっている僕は遠ざかっていく足音へと問いかえす。


「もーいーかいー?」


「永遠にまーだだよ」


「もーいーかいー?」


「ずっと永遠にまーだだよ」


 嫌われてんのかな?


 元気がとりえの子どもたち。

 今はほとんど声が聞こえない。

 

 どこまで逃げるつもりなんだろ?

 困った僕は薄目をあけて、問いかえす。


「ええ? いつまでまたせるのかなー? みなさーん?」


 返るこたえはなかった。


 かくれんぼに夢中の子どもたちは山奥へと逃げこんでしまったらしい。

 𠮟しかっても、逃げられてしまうだろう。


 きっと蜘蛛くもの子を散らすようにジャラジャラバラバラに。

 いつものことだ。僕は考えずにあるきだした。


 僕のとなりには僕より背が高くて丸眼鏡のにあう先生がいる。

 なだらかな黒髪。修道服みたいなかっこうをしている孤児院の先生だ。


「困りましたね。ノーブル先生」


「みんな逃げ足が速いからなあ。大きくなった証拠だ」


「見ていたなら、笑っていないで、とめてくださいよ……」


 僕もわりと笑う方だけど、先生は輪をかけて笑顔をつくるのがうまい。


 子どもたちも村の大人たちも、先生のおだやかな人柄を信頼している。


 人に歴史あり。

 小さな積み重ねの結果として先生は村の人気者だ。


「よーし、フィフスくん。今回は私も鬼役をてつだおう」


「いつも、でしょう?」


「キミはあげあしとりが上手になったな!」


 先生は若さあまって子どもみたいなことを言うんだ。


 大人の言うことを子どもだと考える僕こそが子どもなのかもしれないけどさ。

 孤児院でくらす僕と子どもたちは、先生のことが大好きだ。


 先生の笑顔は野山のようにゆたかで温かく、僕はそれを尊敬している。


 幼い子どもたちも僕とおなじように思っているだろう。


「ん?」


 視界のすみに不思議なものを見つけた。


 蜘蛛くもだ。赤い蜘蛛。

 まっかな蜘蛛が、小枝にぶらさがっている。


 宙ぶらりんで、やる気のないハンターだ。

 蜘蛛は不思議な生き物ではないけれど、色合いを不思議に思う。


 絵の具で塗ったような赤色を見たことがない。


 この違和感は?


「……蜘蛛?」


 僕が改めて見ると真っ赤な蜘蛛はいなくなっていた。


 僕の見間違いだったのかもしれない。

 少し気になるけれど強く語るような話ではない。


 今は子どもたちを見つけてかくれんぼを終えるのが先決だ。


「みーつけた」


 先生が子どもたちをつかまえると、みんなうれしそうにお縄につく。


 僕が同じセリフを言うと子どもたちは全力で逃げていく。

 つらい。年の功が足りないのかもしれないな。


 とはいえなんの問題もないさ。

 僕と先生は子どもたちを丘へとおくりかえす。


 迷子の心配はいらないよ。

 子どもたちは大好きな先生との約束をあんまりやぶらないから大丈夫だ。


「よーし、後はマールちゃんだけだ。たのむぞ、フィフスくん」


 最後のひとり、キュートなおさげのマールちゃんを探している時に。

 また赤い蜘蛛を見た。


 先生も赤い蜘蛛に気づいたようだ。

 でもなぜか、話をしようとすると、先生は僕の発言を封じる。


「よしなさい。フィフスくん」


「先生?」


「赤い蜘蛛について語ってはいけない。アレは不吉を告げる者だ」


「へ?」


 不吉? 先生が何を言っているのかよくわからなかった。


 けれど尊敬する先生の言うことだから黙っておく。

 僕は蜘蛛が好きなわけじゃない。


 だから別にいい。

 僕は地をはうトカゲが好きだ。花と夜空の星々が好きだ。


 語るならそれについて語っている方がよほどいいよ。


 僕ってやつは雄々しさを前世に置き忘れてきたらしくてね。

 花占いみたいな魂の前世なんて、信じちゃいないけどさ。


 そんなとき、先生は決まって昔話をかえしてくれる。


 神話の時代。今ははるかな物語。

 世界には竜がいたのだと。


 誰がつくったのかは知らないけれど、僕はおとぎ話が好きだった。


 心がおちつくんだ。

 目をとじても、ひとりぼっちじゃないと安心できる。


 先生には人の話を聞きながらグースカ寝るのはやめたまえと言われるけど。

 むずかしい話だな。ねむい気持ちには勝てないからね。


 マールちゃんを探す僕が眠気を噛み殺していると。

 ひょんなことに、マールちゃんは自分から僕たちに近づいてきた。


 見ればお姫様みたいにお手々を引いてもらって、うれしそうに。

 誰に手を引いてもらっているかって?


 それは赤い髪と赤い旅装束たびしょうぞくと赤い瞳の女性。


 見た目から想像できる年のころは15か16か? 僕とおない年くらいだろうか?

 肩にのる長さで軽くウェーブのかかった赤い髪はか細く流麗で蜘蛛の糸みたいだった。


 先にことわっておくと僕はあまり女性に縁がない。

 言っても説得力はないと思うけど、パッと見でとても綺麗な人だと思う。


 村で暮らす女性で彼女に容姿ようしで勝る者はいない。


「こんにちは、はじめまして」


 たおやかな細指を胸の前でにぎりしめて、見知らぬ女性が笑顔をつくる。


 泉に咲く花のようなきよらかさだ。それでいて力強い。

 僕はつられて笑顔になった。


 僕のとなりにいる先生は、笑っていない。


「こっちにおいでマール。他のみんなはもう帰ってしまったよ」


「はーい! 先生!」


 先生はマールちゃんを呼んで手をつないだ。

 微笑ましいやりとりをながめて赤い髪の女性がうなずく。


 どうして先生はあいさつをしないのだろう?


「私はメモリアと言います」


「メモリアさんですか。僕はフィフス。こちらはノーブル先生。こっちはマールです」


「フィフスくんですね……私は、山菜をとっていたら道にまよってしまって」


 メモリアは、はずかしそうに語った。

 マールちゃんは「お姉さん変なのー」とけらけら笑って上機嫌だ。


 幼い子どもに笑ってもらえて、メモリアはうれしそうにニコニコしている。


「獣道をくだっている途中で、その子に会って、道案内をしてもらったんです」


「お姉さん、もうまよわないでしょ? ねー?」


「うんうん、ながめがいいから、村の場所がよく見えるね」


 うなずくメモリアはたおやかな細指で僕と先生の後ろを示した。

 示されずとも、後に続く言葉はよくわかる。


 道案内しろっていうんだろ? 迷い人にはありがちだ。


「フィフスくん。ノーブル先生。おふたりともよろしければ」


 僕はメモリアの指先にしたがって後ろをふりむく。

 今日は山の奥まであるいてつかれた。


 やれやれ……慣れていても、ちびっ子の遊び相手は楽じゃない。


「一刻も早く、私を“あの村”まで道案内してもらえませんか?」


 うなずく僕は考えなしだった。


 メモリアの言ったとおりだ。

 ながめがいいから、村のすがたがよく見える。


 僕も先生も、ウソみたいな、ふもとの光景に、我が目をうたがう。


 ――赤く、黒い……火の手があがっていた。

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