第2話 星の命と
「えええええええ!? 先生!? 村が!?」
僕はとびきりにあわてた。
村が燃えていたんだ。
僕たちのふるさとが、燃えていた。
僕たちの村が!?
僕はおどろき、おろおろと先生を見た。
先生と手をつなぐマールちゃんの方がよほどおちついている。
クールな先生は僕を一目も見ない。
「そうだね」
「そうだねってなんですか先生!?」
「おちつきなさい。今は丘にまたせている子どもたちと合流するのが先決だ」
先生が伝える方針はもっともだった。
冷静すぎて現実ばなれしているようだけど間違いはない。
丘でまたせている子どもたちを放っておけない。
はやくもどらないと!
「先生! いそぎましょう! なにがなんだかわからないけど!」
「私も賛成です。どんな時でも犠牲は少ない方がいい。特に子どもの犠牲は」
メモリアが不吉なことを言う。
火の手が上がっている村の犠牲者か?
子どもの犠牲だなんて冗談じゃない。やめてほしい。
訳知り顔で知った風なことを言うメモリア。
彼女をうとましく思いながら、僕は先生をせかす。
「先生! はやく!」
「ひとつだけ確認をさせてほしい」
先生はマールちゃんの手をにぎったままメモリアとむきあっていた。
先生にはめずらしい
メモリアは動じず、先生もあたりまえみたいに問いを投げるんだ。
「真っ赤なお嬢さん。キミが何者なのか? それを聞かせてもらっていいかな?」
メモリアが先生を見返した。
赤い
「光によって魔を狩る者。そのためだけに旅をする者です」
気まずい沈黙が場に落ちた。
マールちゃんがきょとんとしている。
「“勇者”の血族か……キミたちは人の暮らしにめんどうを持ち込むのが本当にうまい」
「先生?」
「急ごう。手遅れになる前に」
先生はマールちゃんの手を引いてあるきだした。
「僕が背負いますよ!」と言いたくなる。
じれったい気持ちをおさえて先生の後に続く。
有事にあわててよいことはひとつもない。
日頃の経験でわかり切っていることだ。
なにがなんだかわからないけど。
柄にもなくイライラする。心がざわつく……
僕は短気なやつだったのかな?
じれじれしている僕の隣にメモリアが並ぶ。
「すみません。フィフスくん」
「え、何?」
「あなたの先生は子どもたちを引率するのですよね? それならあなただけでも、私を連れて村にむかってくれませんか?」
「はあ?」
「聞かなくていい。フィフスくんも私と来なさい。キミには子どもらの点呼をしてほしい」
僕は先生にしたがうつもりだ。
なのに……メモリアは僕を脅すように言う。
「いそがなければ人が死にます」
僕は胸を痛ませてメモリアの言葉を聞きながした。
村が燃えている。大きな火の手があがっている。
命に関わる状況だとわかっている。
先生はなにも言ってくれない。
なおもメモリアはダメ押しの言葉をつむぐ。
「すみません。だけど今、私がたよれるのはあなたしかいないんです」
剣をたずさえた赤く綺麗な女の子。
僕にとっては日常から現実ばなれした存在だ。
彼女が僕に助けを求めている。
僕の胸を突き刺すのはささいな正義感だった。
僕は自分がどうすればいいのかわからなくなる。
「先生、あの、僕は……」
「フィフスくんは、もう少し自分を大切にした方がいい。世の中は子どもたちみたいに守るべき無邪気な者ばかりじゃないよ」
「はい、わかっています」
先生は、しかるべき時には厳しい言葉を伝える人だ。
今がそうなのだとわかる。
僕はじれったさに負けて軽率な判断をくだそうとしている。
それをいさめてもらっている。
だからこそ、僕は自分の意思で答えなければならない。
「僕は、自分の気持ちを大切にします」
「そうか……」
僕は先生に頭をさげて早歩きでふみだした。
真剣な表情をしたメモリアが後ろにつづく。
ごめんなさいと言えたらどんなに楽か。
無責任な行いだ。
僕でもそのくらいの道理はわかっている。
「行ってきます。先生」
「気をつけて、行っておいで」
出会ったばかりの
僕は心から思ったよ。
キミに感謝されることなんて何もない、と。
◆◆◆
村が燃えていた。人が燃えていた。
見知った隣人の数々がゴミのように死んでいた。
お粗末なやり方で人間がむごたらしく死んでいたんだ。
「――――」
村の入り口。僕は言葉を失って立ちつくした。
メモリアが異臭で表情をしかめながら警戒している。
生きている人は? 生きている人はどこにいるんだ?
僕は老人みたいに歩き出した。
火事場をつらぬく悲鳴が聞こえる。
「ノーブルはどうした!? やつを呼べ! ワシはこんな時のためにあの騎士くずれを雇っていたのだぞ!」
よく肥えた大柄な男が我を忘れてさけんでいた。
村長だ。
僕はあわてて、つまづきながら村長へと駆けよる。
村長も僕に気づいたようだ。
「村長!」
「む? おお! フィフスか! よく戻った、無事でよかった!」
大柄な村長がどたどたと慌ただしく近づいてきた。
転びますよ。と言いたい気持ちをおさえて僕は村長の前に立つ。
「なにがあったんですか!? どうして村が、こんなことに……」
「悪魔だ! 悪魔が襲ってきたのだ! お、思い出すだけでもおぞましい、子を焼き殺し、女を串刺しにして、男と老人はひとり残らず食われた! やつらは悪魔だ! 伝説に残る悪魔の軍勢じゃ!」
「悪魔……? そんなバカな……」
「信じられるか!? ワシとて自分の目が信じられぬわ! そして、ワシはこうして、こうして、ワシは、こうして――」
鈍い鉄の一閃が見舞われた。
村長の生首がブチッと千切れ飛ぶ。
僕と村長の間にメモリアが割り込んでいた。
彼女が剣で村長の首を落としたのだ。
は、はあ!? どういうことだ!?
「静かに。この人は私が斬る前にすでに死んでいました」
「何をバカげたことを――」
「ワシは、ワシはこうして、心臓を失って死ぬこともできぬ。助けてくれ、助けてくれ、タスケテクレエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
「ひっ!?」
千切れた生首が地べたで悲鳴をさけんでいた。
異質な光景をまのあたりにして、僕は怯えるしかできない。
メモリアが生首にあゆみより顔面に真正面から剣を突きたてた。
無慈悲のような救いだった。村長はそれきり何もしゃべらなくなる。
僕はむごたらしい死から目をそむけることしかできない。
メモリアは、剣をかまえて警戒を続けている。
「生きている人を探しましょう。近くにまだ誰かが残っているかもしれません」
「どうしてこんなことに……」
「心中察するにあまりあります。ですが今は! 気をしっかり持ってください!」
持てるか! みんなが焼き殺されて生き残りはひとりもいない!
家も倉庫も、すべて火がついている!
近所のおばさんも老人も、孤児院に遊びに来る子どもたちもいない。
どうして冷静でいられる!? 無茶を言わないでくれ!
気がどうにかなりそうだ。
悪魔なんて“この牙”で喰い殺してやりたいくらいに!
「お兄ちゃん?」
幻聴じゃない。子どもの……男の子の声だ。
焼けただれた広場をあゆんでくる男の子のすがたが見える。
幻覚じゃない。今度こそ生きている人間だ!
「よかった! 良かった!」
「っ、待って! その子は――」
止めるメモリアを振り切って、僕は男の子に駆け寄った。
近所の子だ。孤児院に遊びに来てくれる子どものひとりだ。
えーっと名前は思い出せない。あわててごめん。でも無事でよかった!
「キミ、怪我はないか!?」
「お兄ちゃん、人間だ!」
「そうだよ。悪魔じゃないよ! 無事でよかった……」
「人間は死なないとね」
「へっ?」
「下がって!」
メモリアが遠くから鉄の剣を投げつける。
子どもは獣のような素早さで剣を避けて後ろへと飛びのいた。
小柄だった体が見る見るうちにふくれあがって血肉を引き裂き、真の姿をあらわす。
紫色の肌。ねじれた角とコウモリのツバサ。
極めつけに蛇のような尾を振る姿は、伝承に残る悪魔の姿そのもの。
「ケケケケケケ、目ざといな。目ざとい人間だ。さてはおまえだなぁ? おまえが“勇者”の血族か! 大当たりだねえ、うれしくなるさ!」
「おまえ、村の子どもたちをどこへやった!?」
僕は相手が悪魔だと知ってなお、問いを投げた。
問わなければ気がどうにかなってしまいそうだった。
僕はもうとっくに、気が触れていたのかもしれない。
悪魔がうれしそうに高笑う。
「子どもぉ? みんな焼き殺しちまったよ。残っている奴らはなあ。ほらこのとおり!」
悪魔が近場の建物を叩き壊した。
焼けて燃える家屋。子どもたちが手足を縛られて床に転がされていた。
縄で縛られているのではない。
紫の光帯……おそらくはこの世ならざる力で自由をうばわれている。
せまる炎と焼死を待つだけの状況で彼らは僕たちの存在に気づいた。
「助けて!」「お兄ちゃん、助けて!」「熱い、熱いよ!」
メモリアが
「外道!」
「褒め言葉だよぉ! 勇ましい女勇者さんよぉ!」
くだらない
火事場に歩み寄り、僕は子どもたちに手を伸ばす。
僕は亀のような歩みでみんなに近づいていく。
自分が無力だとしても目を背けることだけはしたくない。
決して、絶対に。
『見開け』
この光景を知っている気がしたんだ。
「っ、下がって! あなたが敵う相手ではありません!」
「子どもたちが……」
「下がって!」
「行かせねえよ! バカなおにーちゃん! お友達のところに逝っちまいなあ!」
爆炎。家屋ひとつほどもある熱球が僕の目の前に現れた。
進むことはできない。しりぞくこともできない。
熱球は僕を焼き殺そうとせまりくる。
熱い。涙がかわく。服が燃えて肌がチリチリして指先がわなわなする。
「フィフスくん!」
死にゆく僕の心にあるのは悲しみでなく怒りの感情だ。
どうして悪魔は僕の大切な人を奪うのか。
どうしてメモリアは無力な子どもを助けてくれないのか。
ただの八つ当たりだよ。
わかっていても僕は誰彼を呪わずにはいられなかった。
『見開け』
苦しみと無力感で目を閉じる直前に底意地みたいな声が聞こえた。
幻影が見える。幻覚が見える。幻聴が聞こえる。
無数の
目を閉じるなと、彼らは言う。
誰の瞳なのかを考えるよりも先に僕は爆炎のうずに飲まれていく。
「僕は誰でもなかった」
『僕は地をはうトカゲが好きだった。野に咲く花ときれいな星々が好きだった』
「本当の生まれ故郷を知らず親の顔も知らない」
『だけどソレを踏みにじる敵がいた。幸せを壊して
僕の走馬灯と呪わしい幻聴が重なった。
生まれを恨めば気楽だろう。我が身を呪えば簡単だろう。
だけども、僕には心から呪いに首を縦にふることができない。
敵ね、敵か。ありがちだな。
幻聴の主には申し訳ないけど。
「でもね、僕は幸せだったよ。みんながいて幸せだった」
幻聴が黙った。
僕に心残りがあるとすれば幸せを守ることができなかったことだ。
それだけが僕の無念だ。
願うくらいは許されるだろう。
枯木みたいに焼け死ぬ僕は、みじめに信じる。
「僕はこの人たちを守りたかった」
『僕は決して、やつらを許さない……』
「僕に生きる意味をくれたこの人たちを」
『竜である僕から、愛すべき全てを奪った光と闇の者どもを!』
続く言の葉は焼けた肺から自然とこぼれた。
「見開け」
幻聴が続いて重々しい言の葉を重ね合わせる。
『見開け、人の心と竜の
爆炎が吹きすさぶ。
メモリアがいぶかしみ、悪魔がけたたましい笑いを止める。
金色に輝くおどろおどろしい
『思い出せ、僕たちの名は偽りを見定める百眼の主』
……そうだな。思い出せた。
思い出せって、思い出したくも、なかったけれど。
「僕は」
僕はフィフスだ。みんなのお友達のフィフスお兄さん。
好きなものは地をはうトカゲと花とまたたく星々。
じぶんながらずいぶんと頼りない。だけど。
『星の瞳の竜王フィフス! 地をはうトカゲをおまえが守れ!』
幻聴が言う。今、僕がこの場でどうするべきか。
それだけは、悲壮な
「――僕の名前は、ハンドレッドアイズ・イミテイト・ドラゴン」
この名は魔を狩り光を討つ者。
僕は今、百眼鬼竜のドラゴンだった。
竜の
赤毛のメモリアが一歩をしりぞいた。
僕は前へと進む。
僕は爪牙を広げて足と尾で大地を踏み鳴らす。
子どもたちが泣いていた。もうすぐ泣くこともできなくなる。
熱いよな、熱いだろう。悔しいよな。悔しくてたまらないだろう。
わかるよ。
だから待ってろ。
――家屋ほどの熱球が、ぶつかってきて僕の全身を焼いた。
今はもう、痛みを蚊ほどにも感じない。
「邪魔だ」
「ひぃっ……おまっ、おまえ、おまえ何者――」
尻込みする悪魔をあっけなく“踏み潰して”前へと進んだ。
足裏にぐちゃぐちゃと柔らかいものが潰れて千切れる感触が伝わる。
ふと見れば悪魔の仲間たちが大あわてで飛び出してきた。
聞けば誰もが悲鳴と怒声の入りまじった金切り声をあげている。
耳障りな……
邪魔だな……邪魔だろ、おまえたち。
邪魔だよ! わきまえもしない闇の者は!
「そこを……どけ!」
すぐに行く。
だからみんな待ってろ。
今、助け出す。
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