第29話 あっはっはっ、それはそれは、醜い悪魔の本性なのよね?

 私はすべてを見ていた。


 海を這う者のうめき声も。

 海岸に乗り上げる醜い魚人の下卑た笑いも。


 その日に、学び舎の国は人間にとっての地獄の入り口となる。

 人が死に血が流れて国が滅ぶ。


 私は海岸を見下ろせる丘の上でソレを見ていた。

 この日に備えてかき集めた山のような矢をつがえて私は呪いの言葉をつぶやく。


 私は悪魔を呪う。私は悪魔が憎いから。


「光の極みよ。極光術――【聖骸せいがいの矢】


 くれないの輝きが弓矢を包み込んだ。


 放たれた一本の矢が弾丸のような速度で飛翔する。

 醜い魚人の脳天に着弾した。


 まずは一匹、遠距離からの狙撃で仕留めた。

 用意した矢を撃ち尽くすまで私は悪魔を殺し続ける。


 対する悪魔の軍勢は数限りない。

 私がすべての矢を使い果たしても残りの悪魔が町を蹂躙するだろう。


 それはもう仕方がない。

 私は最初から悪魔の侵攻を止めることを諦めていた。


 本心を言えば私は悪魔を殺せればなんでもいいんだ。


 罪なき人々を守りたい。それもまたウソ偽りのない本心だけど。

 私の心にはいつだって悪魔に対する黒い感情が渦巻いている。


 この矢を撃ち尽くした後は、剣を持って悪魔を斬り殺す。

 どれだけの悪魔を斬り殺せるかはわからないけれど殺せるだけ殺す。


 もちろん私が高位の悪魔に敵わないことは最初から分かっている。

 勇者としての私はマリス王子の足元にも及ばない未熟者だ。

 

 だからこの身を投げ出す以外に私は戦う術を知らない。

 ……いいえ、この身のすべてを投げうってさえ私は【魔王の覚者】に及ばなかった。


 冥狼めいおうリグレットに敗れた私は、フィフスの家族と騎士たちの命を失った。

 私が殺したようなものだ。私の無力が彼らを殺したんだ。


 フィフスは私を許すと言ってくれたけどね。

 フィフスといれば無力ゆえの苦悩を忘れられるような気がしたけどね。


 でもやっぱりダメだったよ。

 フィフスは私とは違うもの。


 学び舎の国に来てから、モルガンと語らうフィフスは本当に楽しそうだった。

 フィフスのあんな素敵な笑顔を私は見たことがない。


 フィフスは心の傷を癒して失ったものを取り戻そうとしているんだ。

 私なんかにその邪魔をする資格はない。


 ――矢をつがえて狙撃を繰り返す私の存在に悪魔たちが気づいたようだ。

 かといって私のやるべきことは変わらない。


 そうして無感動に弓を引き絞って矢を放ち続けているうちに。


 ふと私の後ろに誰かが立った。


「メモリア」


 振り返ってみるとそこには銀の髪を風に流す女がいた。


 青い瞳に紺色のコート。忌々しい女。災厄の血を持つ悪魔のモルガンだった。

 私はモルガンを無視して弓矢を構え直した。


 町を守る兵士たちが今はゴミのように殺されている。

 人間をくびり殺す悪魔のけたたましい笑い声がこの丘まで聞こえてくるようだ。


 殺さなくては。一匹でも多く、人に害なす悪魔を殺さなくては……


「聞いてほしいの。フィフスはあなたを探していたのよ」


「それが?」


「私様と手分けをして、この丘ともうひとつは高台を探していたの。フィフスは言っていたわ。『メモリアはバカじゃない』って。あなたならきっとひとりでも悪魔を一番効率よく殺せる方法を選ぶだろうって」


 なるほどね。


 どうやらフィフスは悪魔の襲撃に際して私の行動を予測していたらしい。

 能天気な性格をしているくせにね。少しは頭を使えたんじゃないの。


 ……いや、さすがに侮りすぎか。ごめんね、フィフス。

 でも私のやり方は予測できても狙撃地点を絞り込めなかったみたいね。


 私がどの場所を狙撃地点に選ぶのか……

 結果を言えば私は海岸を見下ろせるこの丘の上を選んだ。


 フィフスとモルガンは手分けをしてめぼしい場所を探していた。

 この丘にはフィフスではなくモルガンがやってきた。そういう話ね。


 残念だと思ってしまったのが私の本当の気持ちなんだろう。

 私はきっとフィフスに会いに来てほしかったんだ。


 モルガンになんて興味がない。

 この女が何を言っても私は戦いをやめるつもりはない。


 だいたいね。私は最初から悪魔であるモルガンを信用していないわ。

 私は鼻で笑って背中越しにモルガンへと答える。


「ああ、そう? 無駄足にならなくてよかったわね。フィフスのところに行ったら? 私を見つけたと報告すればいいじゃない。なにもかもが手遅れだけどね」


「そんなことはしないのよ」


「なんで?」


 私は上陸する魚人の頭を射抜きながら問い返した。


 この時、私を見るモルガンはどんな表情をしていたのかしら?

 まったくイライラする。

 嫌になるほど真剣な声音でモルガンは私に答える。


「フィフスがあなたのために戦うと言ったから。私様はそれを信じるの」


 手元が狂った。


 放たれた矢の軌跡が僅かに逸れて、魚人の頭ではなく心臓を射抜いた。

 殺せればどっちでもいいけどね……ああ、イライラするわ。


 素敵よね。こんな時までのろけ話を聞かせてくれるの?

 相思相愛のカップルは本当にうらやましいわ。


 恋に盲目とはこのことだわ。私の気持ちも考えてくれないかしら。

 まあ知ってるわよ?


 フィフスは優しいからね。

 ひとりで先走った私のことを心配してくれるんだろうし、町を守るために竜になって戦ってくれるんでしょう。そのくらいのことは簡単にわかるわ。


 私のために戦ってくれるというのもあながちウソじゃないんでしょうね。

 大切な仲間のためにフィフスは命を懸けてくれるんだと思う。


 うれしいわよ。

 だけどね。うれしいけれど私はそんな同情を望まないのよ。


 私は同じ痛みを知るフィフスが悪魔への憎悪を理解してくれると思っていた。

 私はね。本当はフィフスといっしょに黒く醜い気持ちを分かち合いたかったの。


 もちろんそれは決して叶わない願いだと、よくわかっている。

 フィフスは私とは違う。違いすぎる。


 彼は暗く辛い過去を受け入れてそれでも前を向いて進もうとしている。

 さながらフィフスは“光”ね。暗闇に囚われ続ける私とは決して相容れない……光。


 彼の心を射止めたモルガンが私を哀れみの表情で見ている。

 腹が立つ。イライラする。私はどうしてこんなにもみじめな気持ちになるんだろうか。


 私は知らずに両目から涙を流す。


「信じる? 信じるですって? 知った風なことを言うのね」


「メモリア」


「悪魔のあなたに何がわかるの? 悪魔にすべてを奪われた“私たち”の気持ちが」


「メモリア。それはね……」


 私はモルガンの言葉を聞かなかった。


 フィフスの心を射止めた女の言葉なんて聞きたくもなかった。

 だって、なぜなら――


「私だって」


 あの日、傷つき病んだ私の手を取ってくれた彼のことが。


 こんな私を大切な人だと言ってくれた彼のことが。

 なによりも、私の醜さにまみれた心を許してくれるかもしれなかった唯一の人が……


「私だって、フィフスのことが好きなのに」


「…………」


「何が違うの? 私とあなたと、何が違ったの?」


「あなたはずっと悪夢を見ているのね」


 くそっ、涙で視界がぼやける。照準が狂う……


 どうして、どうして私はこんなにも弱いのよ。

 モルガンは無様な私を見つめて笑いもしない。


 いけすかない青い血の悪魔は迷いもせずに言い切る。


「その答えは悪夢とは違う。あなたが生きる現実の中に見つけるしかないわ」


 涙を流しながらでも矢をつがえる手だけは自然と動く。


 醜い悪魔の殺し方を私は心と身体に刻みつけて憶えているからだ。

 100匹、500匹、1000匹。


 すべての矢が無くなったころには、もう……

 海に面した美しい水の都と学び舎の国はおぞましい戦火に包まれていた。


 笑う悪魔が敗れた兵士たちの臓物を喰らい。

 醜い魚人が逃げ惑う市民たちを水路の底の暗闇へと引きずり込む。


 どんな抵抗も何もかもが無意味な結末だった。

 私は悪魔を殺した。殺せるだけ殺してみせたのに……


 やはり足りない。これでは足りない。

 私の力は竜であるフィフスや獅子であるマリス王子の強さには程遠い。


 私が生きる現実はどんな悪夢よりも痛みと苦しみに満ちた時間だ。


「勝手なことを言わないでよ」


 私という人間の失敗を悪夢ではなく現実の中に見つけろ、ですって?


 ふざけるな。私はやれるだけのことをやった。やっている。

 これが私にできる精一杯のことなのよ。なのに、どうしてこうなってしまうの。


「私は、私はあなたやフィフスとは違うのよ……」


「あっはっはっ、泣きっ面ね! いい気味だわ!」


 その時に軽薄なバカ笑いが私の嘆きをさえぎった。


 人間の女性の上半身と魚の下半身。

 そして無数の触手を持つ悪魔が私を見ている。


 ベルカ。とかいう悪魔の女だ。

 ベルカはひとりではなかった。


 遠い崖下の海からではどんなに背伸びをしてもこの場所までは届かない。


 なのにベルカは私より高い場所から私を見ている。

 ――小山のような小島のような、それほどまでに巨大な烏賊イカの悪魔。


 小島の背に乗って私を見下すベルカの姿はさながら大海原を支配する悪徳の女王だった。

 悪徳にふさわしくけたたましい笑い声を響かせながらベルカは言う。


「見つけたわよ、忌々しい勇者の血族。裏切り者のモルガン!」


 悪魔の言葉なんて聞くにも値しない。


 私は弓を投げ捨てて、鉄の剣を抜き放った。

 だけど一目でわかる。


 この巨大なバケモノはベルカよりもはるかに高位の悪魔だ。


 勝てないことは最初からわかっている。

 ベルカはともかくとして小山か小島のような巨躯を持つバケモノに対して、剣ひとつで立ち向かえるはずがない。


 一度でもその触手が振るわれれば、私とモルガンはき潰されてしまうだろう。

 ベルカはいやみったらしく笑う。


「命乞いをしないなら、ふたりがかりで来てもいいのよ? 勇者メモリア。あなたはそこにいるモルガンに助けを求めないのかしら?」


「私は悪魔を信用しないし、悪魔に何の期待もしないわ」


「へえ、悪魔の助けは借りないってわけ? 立派ねえ、実にご立派な勇者様だわ! それで死んでりゃ世話ないって感じ! あっはっはっ、バカは死んでも治らないってのは本当の話なのね? いやあ勉強になったわ。あっはっはっ」


「バカはあなたよ」


「……んん?」


 私は口元を歪めて悪魔に笑い返してやった。


 思うにこのデカいバケモノは悪魔の軍勢にとって最大の戦力なんでしょうね。


 だけどね。戦う相手を選ぶべきだったかな。

 こればかりは負け惜しみじゃなくてね。私は本当にそう思うのよ。


 だってさ。私なんかに戦力を割いたのはどう考えても失敗でしょう?

 町にはフィフスがいる。


 今頃はきっと町でフィフスが悪魔たちと戦っている。

 フィフスは優しいからね。


 罪のない人々を殺した悪魔どもを決して許さないでしょう。

 フィフスは竜だもの。何者よりも強い竜だもの。


 フィフスはきっと私の代わりに悪魔を殺してくれる。

 竜であるフィフスならば悪魔の軍勢を殺しつくしてくれる。


 フィフスだってこのバケモノには敵わないのかもしれないけどね。

 でもこのバケモノが私を殺すその間に、フィフスはきっと幾千の悪魔を殺すわ。


 あのプリズム色の閃光で悪魔の軍勢を薙ぎ払ってくれるに違いないの。

 私の無念はフィフスが晴らしてくれるでしょう。


 フィフスは悪魔を殺して私の望みをかなえてくれるはずよ。

 私はそんな展望のすべてを言葉にしてベルカへと伝えた。


 だから平気よ。平気なの。

 だから今は死が迫る恐怖なんて微塵も感じない。


 思わず不謹慎な笑いがこぼれてしまう。


「ふふふ、私は、私はね。死ぬことなんて、これっぽっちも」


 けたたましく笑っていたベルカがその笑いを引っ込めた。


 ベルカは私を見て呆れたような表情をする。

 なによ。頭の狂った悪魔のくせに。


 まるで私の方が狂っているとでも言いたげね。

 でもいいわ。どうせ私はこれから死ぬ。


 どうせ死ぬなら小馬鹿にされようと嘲笑われようと構いはしない。

 ええ、そうよ。


「私は、死ぬことなんて――」


「怖いんでしょう」


 私の笑いをさえぎってモルガンが言った。

 モルガンは決して笑わない真剣さで、おどける私を咎めるように睨む。


「メモリア。あなた自身の臆病から逃げるのにフィフスを言い訳に使わないで」


「澄まさないでよ。どうせあなたもここで死ぬのよ?」


「いいえ、死なないわ……そうでしょう? ハンドレッド?」


「ああ、その通りだモルガン!」


 その瞬間に、モルガンの懐で翡翠色の輝きが明滅した。


 私は自分の目と耳を疑う。

 それは忘れもしない竜石の輝き……ハンドレッドの光と声だった。


 ハンドレッド!? ハンドレッドですって!?

 どうしてハンドレッドがここにいるの!?


 それに竜石はフィフスが竜の力を引き出すために必要なかなめのはずよ。

 ハンドレッドがここにいるならば、今のフィフスは竜石を持っていないことになる。


 つまり――


「そうだレディメモリア。先ほどのキミの見解は大いに間違っている。フィフスは現在、避難誘導の真っ最中だ。


「避難誘導!?」


「町を襲った悪魔の軍勢からひとりでも多くの命を救うために、彼は今戦っているのだ。キミが想像したような悪魔との殺し合いはしていない。悪しからずだな」


「なっ……どうしてそんなバカなことを!?」


 私は慌てた。避難誘導? 何を悠長なことを!?


 それはあまりにも埒外で、私には理解できない発想だった。

 悪魔の襲撃に際して、戦場となる海岸から内陸に向かう住民の避難は数日前から行われていた。


 諸事情の周知も食糧の貯えもとうてい間に合うはずもなかったけれど、それでも亀の歩みで住民の避難は進められていた。

 まさかフィフスはその手伝いをしているというの?


 今の今まで? 今この瞬間にも?

 竜として悪魔と戦う責任を放棄してまで?


 くだらない慈善活動よ! なにもかもがバカげているわ!

 苛立ち憤る私に対して、ハンドレッドは冷静な態度を崩さずに言う。


「バカはキミの方だ。申し訳ないが、今回ばかりはフィフスの肩を持たせてもらうぞ。剣を持って暴力をふるうだけが戦いの道ではない。生きるための戦いとは本来そんなにも簡単な話ではないのだ」


「なにを……」


「まして人を守り、人を生かすための戦いともなればなおさらのことだ。キミのような自暴自棄でソレを成し遂げられるはずがない。フィフスの判断は当然のことだ」


 モルガンの手に乗るハンドレッドが明滅を繰り返した。

 ハンドレッドはまるで私に言い聞かせるみたいに語る。


「そもそもだ。町を蹂躙するほど大規模な軍勢に、たかが個人が奮闘したところで無意味なことだ。それだけではない。戦場に竜が現れたとなれば現場の兵士たちが混乱するだろう。下手をすれば同士討ちだぞ」


「…………」


「そんな間抜けな失敗をするほど私もフィフスもバカではない。何もかもが手遅れの状況ならば、この町に住まう人々にとって唯一残された希望は逃げの一手だ。フィフスはソレを選んだ。彼は自分が選んだ道を信じて戦っている」


「なにを、バカな……」


「メモリア。暗闇の誘惑に負けたキミにはわかるまい。何を言っても聞く気がないのだろう。ならばせめて見届けるといい。フィフスが選んだその道の先にあるものを」


 私にはハンドレッドが何を言っているのか分からなかった。


 すべての願望が虚しく破れた私には呆けて崩れ落ちることしかできなかった。

 一部始終を見ていたベルカがケラケラと喉を鳴らす。


「はあん? しゃべる獣石? へえへえへえへえ! 裏切り者のくせにおもしろいマジックアイテムを持っているじゃないの! びっくりしたわ。あっはっはっ」


 何がおかしいのかベルカは脇腹を抱えて盛大に笑った。

 ひとりしきり笑い転げたその後で、ベルカは高い場所からモルガンを見下して言う。


「だけどねえ。私は知っているのよ? モルガン? あなたは今まで一度たりとも獣石を使ったことがないんでしょう? 私と同じ【魔王の覚者】のくせに。あなたはつまらない人間の価値観を捨てられないでいる」


「ええ、そうね」


「とんだ臆病者の悪魔よ……まったく反吐が出るわ。あなたには魔王様への忠誠はないの? ねえ?」


「確かに、私様は悪魔として自分の本当の姿を知らない。この青い血と、そしてまた心の奥底から響いてくる魔王の誘惑が私様には恐ろしくてたまらない」


「へえ? 素直じゃないの? 臆病者にふさわしいわ!」


「ええ、だけど今は」


 モルガンは静かな眼差しでベルカを見返した。

 竜石を手にした彼女はその翡翠色の輝きを強く握りしめる。


「ベルカ。私様はあなたを倒す。そのためにこそ、私様はこの力を振るうのよ」


「あっはっはっ、望むところだわ。なら見せてちょうだいよ! その澄ました顔に似合わない。悪魔としての醜い姿を」


「…………」


「大好きなボーイフレンドが逃げ出すような! それこそ千年の恋も冷めるような! 醜い、醜い、あなたの悪魔としての本性ってやつをね! もろとも叩き潰してあげようじゃない!」


「っ……」


 モルガンの表情が苦悶で歪んだ。


 私にはわかる。

 モルガンは悪魔としての本当の姿をフィフスに知られたくないんだろう。


 たとえフィフスがこの場にいなくても関係がない。

 自分自身の醜い姿と本心をモルガンは心の底から恐れている。


 同じなのね。モルガンも……彼女もきっと暗闇の牢獄で怯えているんだ。

 だけどモルガンは暗闇に負けて逃げ出すことをしなかった。


 モルガンは言う。まるで自分に言い聞かせるみたいに。


「そうね。私様は恐ろしかったの。でも今はなんにも怖くないわ」


「モルガン……」


「私様はフィフスを信じる。そう思えるだけで勇気が出るの」


 どんなに嘲笑われてもモルガンは迷うことなくその優しい微笑みを守り続けた。


 翡翠色の竜石が淡い輝きを放つ。

 消え入るような光が徐々に広がりモルガンの身体を溶かしていく。


 そしてその輝きが晴れた時に私は圧倒的な美しさの顕現を目撃する。


「だから私様は負けないのよ」


 鮮烈な波紋はもん


 さながら大海原のように波打つ“翼”を持つ巨大な竜だ。

 白銀に近い真っ白な鱗と、両足の代わりにダークブルーのスカートを持つ美しい竜だ。


 その波打つ翼はすべてが透き通る水……母なる海の水でできている。

 “潮騒しおさい竜”――とでも呼ぶべきか。


 モルガンが変身した潮騒竜は邪悪な悪魔とまっすぐに向かい合う。


「この名は魔を呑み光を討つ者。私様の名はマリンウィング――」


 そして、白く美しい竜の爪牙が凛と鳴る。

 波打つ水の翼が広げられて世界に鮮烈な水しぶきが舞った。


「マリンウィング・エンプレス・ドラゴン」


 その名は悪魔にとって最大の怨敵。


 ――怖れと痛みを昇華した美しくも雄々しき大海原の翼。


 私にはただ、その輝きがうらやましかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る