第28話 賢人議会
メモリアがいなくなって眠れない夜が明けた。
僕とモルガンはメモリアの足取りを探したけれどメモリアの姿を見つけることはできなかった。
朝が来て、疲れ切った僕たちはひとまず寮へと戻る。
寄り道をしている場合じゃないと、そんなことはわかっている。
この町は悪魔の軍勢に狙われていて大勢の命が危険にさらされているんだ。
メモリアはその悪魔の軍勢にたったひとりで挑もうとしている。
たったひとりで……どうしてなんだ、メモリア。
モルガンは言う。
町を襲う悪魔の軍勢にはベルカよりも高位の悪魔がいるという。
だとすればメモリアの命には一刻の猶予もない。
いくらメモリアが勇者だとしてもたったひとりで悪魔の軍勢に勝てるはずがない。
メモリアが死ぬ。メモリアはきっと殺されてしまう。
現実感のないおそろしい空想にとらわれながら、僕は夜明けの道を歩む。
寮に帰っても結局のところで僕は一睡もすることができなかった。
メモリアの手がかりを求めて朝焼けの町へと繰り出す。
なんでもいいから無事でいてくれ……
メモリア。キミはどこへ行ってしまったんだ?
いくら悪魔が憎いからって、こんなのは無茶苦茶だろ。
焦りと無力感とがないまぜになって僕はいたたまれない気持ちになる。
そんな時に僕に声をかける人がいる。
「フィフス!」
モルガンだ。
モルガンはいつも通りに紺色のコートを着て僕の方へと駆け寄ってくる。
夜明け前に別れたばかりだというのにモルガンの顔に疲労の色はない。
モルガンは僕を見て言う。
「寮の窓からあなたの姿が見えたから……急いできたのよ。メモリアを探しに行くのね?」
「ああ」
「……酷い顔をしているのよ。顔は真っ青で目もうつろ。そんな有様でうろうろしていたら不審に思われて町の衛兵に捕まってしまうわよ?」
それがどうしたんだ。構いやしないさ。
今この瞬間にもメモリアは悪魔に近づいているかもしれないんだ。
一刻の猶予もないなら、僕もなりふりは構っていられない。
そんな僕の気持ちを汲んでくれたのか、モルガンは悲しそうに口を曲げる。
「
「そうだね。今は放っておいてくれると助かるよ」
「…………」
モルガンは僕の話を聞かなかった。
彼女は僕の都合なんかお構いなしに僕の腕をつかんで立ち止まらせる。
「私様はこれから賢人議会に出頭するの。この町を統括する人たちに悪魔の存在と陰謀を告発するつもりよ。フィフスもいっしょに来てほしいの」
「僕は……どうすればいいのかわからない」
「いっしょに来て。メモリアを心配する気持ちはわかるわ。だけどフィフスまでいなくなってしまったら……私様はそんなのは嫌よ!」
モルガンは僕の腕を強く引っ張った。
モルガンには心配をかけてしまっている。
現在の状況が不安でたまらないのはモルガンも同じだろうに。
彼女に余計な心配をかけたくはない。
どのみち、沈んだ気持ちでメモリアを探したって手がかりを見つけられるはずがない。
僕はモルガンの提案を受け入れた。
ほんの少しだけ彼女が安心した表情をしてくれたことが僕にはうれしかった。
もちろん僕の心の中ではメモリアへの心配が渦巻いていたけれどね。
ごめんね。今は他に何も考えられそうにない。
大切な仲間の命が危険にさらされているんだ。
メモリアのために僕がなにをすればいいのか。なにができるのか。
先行き不安に負けて明るい展望を考えられそうにない。
沈んだ表情の僕はモルガンと共に町の役所に出頭した。
とぼとぼと歩く僕は道行く人に奇異の目で見られていた。
役所の待合室でしばらく時間を潰させられて。
僕とモルガンは町の議会の面々との面会することを許された。
本来ならば許されるはずもないのだけど。
モルガンが自分を悪魔だと自称したこと。
そして手のひらを切って“青い血”を見せたことで話は驚くほどスムーズに進んだ。
広々とした会場に案内された僕とモルガンは証人として立つ。
裁判を行う法廷に似た議会場には7人の老人がいた。
彼らはみなゆったりと余裕のあるローブのような衣服に身を包んでいる。
僕たちから見て正面。議会中央の席に座するご老人が笑いジワを寄せて言った。
「偉大な悪魔モルガン殿。こんな場所にボーイフレンドを連れていらっしゃるとは、あなたは実にユニークなおかただ」
「私はただの悪魔です。おたわむれはよしてください議長閣下」
「“閣下”はよしていただきたいですな。私たち賢人議会は互いに対等な関係にあり常に中立をよしとするのです。ただの議長とお呼びください」
「では遠慮なく、議長」
「ええ、結構。私たちのような俗人からすれば【魔王の覚者】であるあなたの方がよほど恐ろしい。この場にいる私たちの命は風前の灯とも言える。暴力をふるえるあなたはどんな権力者よりも恐ろしい存在です」
「さよう」
「異議なし」
「その通りでございますな、議長」
議長と呼ばれた白髪の老人を筆頭として周りの面々が口々に賛同する。
僕は慣れない雰囲気で戸惑いながら周囲の様子を観察していた。
法廷に似た議会場において僕とモルガンは証人のようで、はたまた判決を待つ罪人のようで、なんだか落ち着かない気分だよ。
穏やかさと静粛を両立した独特の雰囲気に負けずにモルガンは言う。
「議長。お話があります。それはこの学び舎の国の存亡にかかわるお話です」
「ええ、お聞きしましょう。青い血を持つ伝説の悪魔の話とあっては無視をするわけにはいかない。察するに【白亜の会】に関係するお話ですかな? この町が悪魔に狙われているという、およそ信じるにも値しない与太話だ」
議長が微笑む。穏やかではあるけど他人を見下した笑い方だ。
僕はカチンときて、つい言い返してしまう。
「与太話だって? 他に言い方はないのか?」
「与太話でしょう。私たち賢人議会はこの町の運営を町に住まう市民と周辺国から委任されています。もちろん悪魔の襲撃と計画が真実であるならそれはおそろしい陰謀だ。しかしなんの確証もないのに、はいそうですかと曖昧な風説を鵜呑みにするわけにもいかない」
「それはそうだけど……」
「まして周辺国に自衛のための軍隊を動かすことを依頼するならば、更に厳重な手続きが必要です。心苦しいのですがね。私たちの立場と権力は大勢から信任されたものであり、神のように万能の采配が振るえるわけではないのです」
「さよう」
「異議なし」
「まったくその通りですな。議長」
沈黙を守る残りの人たちもうなずく。
満場一致でモルガンの訴えは却下されてしまった。
理屈はわかるよ。理屈はね。
人を動かすには、まして軍隊を動かすには望外の費用がかかる。
万が一にも空振りをして「悪魔の襲撃はありませんでした」なんていうのは誰彼の信頼を失う最低のほら吹き話だろう。
だけど今はそんなことを言っている場合じゃない。
ほら吹きが最低なら、無策で大勢の命を失う失敗は最低よりも酷い最悪だ!
この場にいる人たちは町の権力者である前に数々の学問を修めた識者でもある。
僕でさえわかる理屈がわかっていないはずはないんだ。
だから議長をふくめて彼らは僕たちに確固たる証拠の提出を求めている。
僕はモルガンに目配せして、彼女に発言の機会をゆずってもらう。
「なら僕たちは何をどうしたら信じてもらえるんだ?」
「簡単なことです。脅威を。実在の脅威を示していただければいい」
「さよう。我々とて無策ではない。すでに密偵に命じて【白亜の会】の内情を調査させた」
「そういうことだ。しかし町の周辺には悪魔の影も形もない。少なくとも学び舎の国の周辺に悪魔の軍勢が結集しているという予兆はまったく見受けられない」
「まったくその通りなのですな。はたして悪魔はどこから来るのか? 虚空を裂いて突然にあらわれるというのでなければ可能な限りで実在の脅威を示していただきたい。それができなければ与太話と言われても仕方がないでしょう」
人々が口々に発言して、その最後に議長が発言をまとめる。
「……ということです。これはこの場で議論をするまでもなく、私たち賢人議会がすでに結論を出したこと。すなわち議会の総意となります。“悪魔の襲撃とその事実は存在しない”」
「…………」
「それを覆して悪魔の襲撃に備えろというのであれば相応の証拠と納得に値する見解をお聞かせ願いたい。いかがですかな? みなさん?」
「さよう」
「異議なし」
「おっしゃる通りですな。議長」
と言われてもね……
賢人議会は決して無能な集まりではない。
僕たちが悪魔の存在を告発する前にできうる限りの対策は講じていたらしい。
周辺に悪魔の軍勢が集結している事実がないのだとすれば、それは確かに難題だ。
少数の悪魔であれば身を隠す場所がいくらでもあるんだろうけどね。
ひとつの国を滅ぼそうという悪魔の軍勢が少数であるはずはない。
悪魔はどこから来て、どこへ消えるのか?
思いがけない問題で僕が頭を悩ませていると。
モルガンが前へと進み出て言う。
「悪魔は海から来ます」
「ほう? 海から? それはどういうお話でしょうか?」
「人の手が届かない海底はすでに悪魔の巣窟です。千年前の戦いに敗れて大陸を追われた悪魔は僅かな生き残りと共に海の中に生活の場を移しました。海に面するこの町は、彼らにとってかっこうの標的です」
モルガンの発言を受けて議会がざわつく。
陸地ではなくて人間の監視が行き届かない海洋であれば話の筋は通る。
仮に悪魔の戦力が海底に集結していても、海上に船を浮かべるしかできない人間にはその予兆を知ることができない。
もっとも確認できないということは僕とモルガンにも悪魔の実在を示すことができない。
だとしても可能性としてはおよそ無視できない類の話だと思う。
議長が静かな声で。しかしよく通る声でこの場の動揺を収める。
「静粛に。なるほど海の中とは盲点だった。私たちは常に目に見える範囲で物事を考えてしまいがちになる。悪魔モルガン殿。あなたの指摘にも無視できない理があるようだ」
「…………」
「異議がなければ話を進めましょう。ここはひとつお互いのために取引といきませんか?」
「取引ですか?」
モルガンが不思議そうに首を傾げる。
議長は周りの反対がないことを確認して言葉を続けた。
「なあに、簡単な話です。難しいことではありません。私たちは学び舎の国と市民たちを悪魔の暴虐から守りたい。さりとてあなたたちは海底に潜む悪魔の脅威と実在を証明することができない。ここまではよろしいですかな?」
「はい」
「よろしい。ですから私たち賢人議会が周辺国を混乱させる
「というと?」
「この度の悪魔の襲撃……そのすべてが虚偽だった場合には、【
「それって……」
「お察しの通りですよ。ボーイフレンドくん。私たちに動いてほしいのならば、対価としてモルガン殿の身柄を研究材料に差し出せ、と言っているのです。伝説の悪魔とその生態ついての研究はすべての人族にとって有益なものとなるでしょう」
研究材料。悪魔の研究? 悪魔の生態?
それは聞くだけでも穏やかではなく不安に駆られる言葉の数々だった。
人体実験さえいとわないのではないかと僕は邪推してしまう。
実際には違うのかもしれないけれどね。
そんな人身取引みたいな真似をモルガンにさせたくはなかった。
なにより人の命をおもんばかると言いながら利益を求めている態度が気に入らない。
「そんなことができるわけがない!」
「できる、できないの問題ではないのです。先ほどにも言いましたが私たちの立場と権力は市民と周辺国から信任された代物だ。ゆえに私たちの総意は彼らにとっての総意でもある。私情をはさんでおいそれと不利益を被るような判断は決して許されないのですよ」
「だけど!」
「これでも最大限の譲歩だと思っていただきたい。もっとも少年くん。あなたにモルガン殿以上の存在価値が提供できるというのであれば、私たち賢人議会が考えを変えることもやぶさかではありませんがね」
「さよう」
「異議なし」
「すべてにおいて議長の言う通りですな」
満場一致で宣告が下される。
穏やかな表情で微笑む議長が話をまとめる。
「……ということです。さあ、ご決断を。悪魔モルガン殿」
促す議長の目を僕はまっすぐに見た。
モルガン以上の存在価値だって?
青い血の悪魔よりも研究の価値がある存在?
ならば僕には答える用意があった。
僕は竜だ。
金色と百の眼を持つドラゴンだ。
なんならしゃべる竜石のハンドレッドもいるじゃないか。
セットでお手頃だね。自分ながらなかなかにレアな存在だと思うよ。
最上級というべきか。
みなさんが興味を抱く研究の対象としてはこの上ない存在だろう。
悪魔の存在が認められるならば竜の存在だって認められてしかるべきだ。
モルガンに手を出させはしない。
彼らが望むならばこの場で竜の力を見せてやろう。
僕は強い確信を持って議長に告げる。
「異議ありだよ」
「ほう?」
「悪魔よりずっと興味深いものを見せてやる。だからモルガンの代わりに僕を――」
「フィフス。いいのよ」
だけど懐から竜石を取り出そうとした僕の腕をモルガンが掴んで
議長は一瞬だけ僕の挙動を睨んで厳しい目をした。
でも、それ以上にモルガンは強い言葉で自分の意思を伝える。
「わかりました。お話の方、認めさせていただきます。必要であれば書面にも残しましょう。その代わりに周辺国への通達と海岸の警備をよろしくお願いします」
「っ……」
「なるほど。芯のあるお言葉だ。ただちに準備を始めさせましょう。楽しみですよ。青い血を持つ伝説の悪魔の研究とあれば、私たち老骨も立ち会わないわけにはいかない」
「さよう」
「異議はない」
「楽しみですな。議長」
賢人議会の面々が朗らかに笑っていた。
ひょっとしたら彼らは悪魔の襲撃を土台で信じていないのかもしれない。
その中でも議長は一層の笑いジワを寄せて、ニコニコと微笑んでいる。
「ああ、本当に楽しみだ。勇敢な悪魔殿。あなたの勇気に私たちは敬意を払いますよ」
約束を取り付けた僕とモルガンは議会を後にした。
役所を出て、しばらく歩いたところで僕はモルガンに言う。
「どうしてだ? モルガンじゃなくても僕が代わりになれたのに」
「普通の人間なんてたとえ臓器を差し出したって、賢人議会は動かないのよ」
「違う。そうじゃないんだ。僕は――」
「言わないで」
僕の言葉をさえぎってモルガンが言った。
モルガンは僕の手を取って、強い力で握る。
「なんとなくわかっているのよ。フィフスが普通の人間じゃないってことはね。フィフスが私様の代わりになれば、ひょっとしたら今より状況が良くなるのかもしれない。賢人議会が喜び勇んで重い腰をあげるのかもね。でもそんなのは嫌なの」
「どうして……」
「私様はフィフスのことを信じているから。この世の誰が私様を見捨てても最後にはきっとフィフスが私様を助けてくれるってね」
「…………」
「だから今はフィフスも私様の考えを信じて。お願い」
僕はまぶたを閉じた。
どうやら僕はモルガンの気持ちをまだ見くびっていたらしい。
モルガンは僕のことを心の底から信じてくれている。
隠し事は無しだといったけれど。
でもそれはすべてを公にしろという話じゃない。
誰だってお互いに踏み込めない領域があるはずなんだ。
それを含めて、モルガンは僕に全幅の信頼を寄せてくれている。
なら僕は上辺の言葉ではなくて覚悟を尊重するべきだと思った。
僕はモルガンの青い瞳を見る。
「僕はキミに会えてよかったよ」
モルガンは答えなかった。ただ静かに微笑んでくれた。
ひとまず僕たちの立場でできることはすべてやれたと思う。
ここからはメモリアの捜索に舵を切るべきだろう。そのはずだ。
「これからどうするの? メモリアを探さなくちゃ」
「慌てないで。彼女がベルカを追っているのなら、水路沿いにその気配を辿っているか、それか水路が行き着く海を探っているはずなのよ。先回りして探せば襲撃の日までにメモリアを見つけられるかもしれないわ」
「……襲撃の日までに悪魔がメモリアを狙って来たら?」
「それは大丈夫よ。それにベルカは慎重だもの。自分が狙われているとわかっていてみすみす姿を見せるほどバカじゃない。作戦の前には必ず姿をくらます。だから反対に言えば襲撃の日までにメモリアが悪魔と遭遇することはないと思うのよ。きっとね」
「…………」
「だけどベルカが私様とフィフスに接触してくることはあるかもしれない。その時には私様がどうにかしましょう」
「わかったよ」
僕とモルガンは手分けをしてメモリアの捜索を始めた。
メモリアも海に潜ることはできないはずだ。
僕たちが探す範囲も陸地に限られる。
しかし僕たちはメモリアの影さえ踏むことができなかった。
あの赤く目立つ外見で見つからないはずはないのに。
ひょっとしたらメモリアの方が僕たちを避けているのかもしれない。
どうしてなんだ。メモリア、どうしてキミはひとりで背負い込もうとするんだ……
「僕には何もできないのか」
寮に戻ったその時に僕は悔しさで奥歯を噛み締めた。
家族を失い、恩師を失い、ふるさとを失って。
僕はまた大切な人を失おうとしている。
「僕は守れないのか。なにも」
その時に竜石――ハンドレッドが明滅した。
「フィフス」
「ハンドレッド?」
「キミはまだメモリアの心に触れていない。彼女が心に刻んだ傷と悪魔への憎しみは想像を絶するものだ。キミにはその断片を思いやることさえできないだろう」
「その通りだけど……」
「キミは誰彼の心に寄り添えると思っているのかもしれないが、それは傲慢な考え方だ。友とは、仲間とは、そんなにも簡単で上辺の関係ではいられないのだ」
「なんだよ、ソレ」
「わかっているはずだ。キミにも決して許せない者はいる。メモリアにとってはそれが悪魔という存在のすべてなのだ。それでもキミがメモリアの傷心に土足で踏み入るというのであれば、キミは彼女の心を深く傷つける覚悟を決めなければならない」
ハンドレッドは迷える僕を導くようにはっきりと告げる。
彼はいつだって僕の迷いから行くべき道を教えてくれる。
そうだ。ハンドレッドも僕にとっては大切な仲間なんだ。
きっと僕は酷い顔をしていたんだろうと思う。
だけどハンドレッドに激励されて少しだけマシになったに違いない。
ハンドレッドは明滅して言う。
「フィフス。キミは未熟だ。しかしメモリアもまた未熟な人間なのだ。キミにはメモリアを導くことはできない。だが彼女の隣に立って歩むことはできる。覚悟を決めろフィフス。この町は悪魔によって蹂躙されるだろう。その時になってキミにできることはひとつだ」
「……ああ、そうだね。その通りだ」
「メモリアを助けよう。キミと私にならばそれができる」
明滅するだけのハンドレッドの言葉に表情はない。
だけどこの時のハンドレッドは優しく微笑んでいるような気がした。
悪魔が来る。
この町は悪魔によって蹂躙される。
ベルカよりも高位でもっとずっと強い悪魔の軍勢がやってくる。
辛く悲しい戦いになるだろう。
だとしても。
「ありがとう。ハンドレッド」
心の病は治してもらった。
だから僕は立ち上がることにためらいはない。
「戦う。僕は戦うよ。もう二度と大切な人を失わないために」
僕は絶対に諦めたりしない。自分自身の願いもメモリアのことも。
それがたとえ血と犠牲を避けられない夜の道だとしても。
先生から受け継いだ“
自分の心を折って泣きわめくのはすべてが終わった後でいい。
そうさ。それが僕の……竜として選んだ生き方だ。
「行こう。ハンドレッド。僕に考えがある」
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