第25話 ???
人間を殺すのは気分がいい。
私は魔王様への忠誠のためだけに生きると誓っているけれど。
他人の血しぶきが舞うこの時だけは自分が生きていることを実感できる。
朝から晩まで狭い教室に詰め込まれる学生の生活にもすっかり飽きたわ。
最初のうちは人間の生活に溶け込むのも楽しい気分だったけれどね。
やっぱりみじめに死んでくれなきゃダメよ。人間って奴らは。
学び舎の国だなんて呼ばれていてもしょせんは若者や世俗を知らない研究者ばかり。
競争から落ちこぼれて自信を無くした奴らにちょっと優しく声をかけて、夜遊びに誘ってやればどいつもこいつもが大喜びで私の後についてくる。
顔がいいってのは男でも女でも本当にお得よね。
……しかし学生の本分は学びでしょうに。
そんな意志薄弱だからあなたたちは落ちこぼれなのよ、と教えてあげたい気分だわ。
教えてあげても良かったけどね。
暗がりに連れ込んで命を奪ったその後ではやっぱり無理な相談かしら?
あっはっはっ。
そんな人間の死に様がおかしくって、おかしくって。
関節を曲がらない方向に曲げてみたり、肋骨で内臓をかき乱してみたり、真っ赤な心臓をかじってみたり。
私たち悪魔にとってみれば人間を殺すことなんて花を手折るよりも簡単だもの。
もちろん私に抵抗する者も大勢いたわ。
でもやっぱり何の力もない人間がなけなしの技術を修めたくらいでは人間と悪魔をへだてるフィジカルの格差は埋まらない。こればかりは悲しい現実よね。
弱肉強食。狩る者と狩られる獲物の関係はいつの世もゆるぎないものなのよ。
どうあがいても敵わないと悟ったその時の表情。
死の間際にわめき散らして命乞いをするその時の泣きっ面。
そうして命の灯火が潰える瞬間のあの間抜けな呆け顔ときたら!
あっはっはっ。
講義で居眠りをしているよりもよっぽど有意義な時間なのよ。
次はどんな学生を狙っていこうかしら。
気弱なタイプ? 気丈なタイプ? それとも卑屈なカッコつけ?
みんなとっても魅力的よね。死ねばみんなが同じ肉塊だけどね。
あっはっはっ。
……とはいえ、さすがにハメを外しすぎたみたい。
死体を水路に投げ捨てて海に流してやったつもりが、うまく流れずに途中で引っかかってしまったらしい。ああ、運がないわ。失敗、失敗。
それで腐った死体の山が見つかって町は大騒ぎになってしまった。
学び舎の国を統括する賢人議会の連中も今は血相を変えている。
おまけに裏では私の存在をこそこそと嗅ぎまわる連中もいるみたいだし……
メモリア。
青い血を持つ【魔王の覚者】にとって宿敵と呼ぶべき者のひとりね。
よりにもよって勇者の血族が私の楽しみに居合わせるとは、本当に運がない……
正直に言って私はあまり戦いが得意じゃないのよね。
まあ負けるとは思わないけどね。
万が一にも痛い目をみたくはないし、ここは黙ってこの国から逃げ出すのが最善の判断でしょう。戦略的撤退というやつよ。
楽しいモラトリアムは
この場は学び舎の国の偵察と上司への報告を終えただけでも良しとしましょう。
ええ、そうよ。
まもなくこの町は悪魔の尖兵の襲撃によって戦火に包まれる。
いつの世も戦いは『頭』を潰した者が勝つ。
だから私たちはまず人間にとっての知識階級を殺しつくすと決めた。
この学び舎の国には悪魔がこの世界に返り咲く最初のステージになってもらうのよ。
本当に楽しみよ。殺戮ショーの開演に胸が躍るわ。
だから私はその先駆けとしてこの町に潜入していたというわけ。
偵察の役目と報告を終えて後はこの町から脱出するだけなのだけど……
だけども最後にひとつだけ。
最後の最後にひとりだけ。
“あの少年”だけは私がくびり殺してあげなくてはね。
忘れもしない月夜の夜更け。
ふふふっ「僕はキミのことが好きだよ」――ってさ!
今時、あんな芸の無い告白をするやつがいるの? 一周回って素敵よね。
いやあ、幸せいっぱい。おなかいっぱい。笑い転げて腹が痛いな!
間抜けな男の子。愚かで未熟な男の子。
私はそういう子どもが本当に好きでね。心がときめいちゃったのよ!
私は悪魔だ。青い血を持つ【魔王の覚者】だ。
たとえ腐れ外道と呼ばれようとも他人の不幸は蜜の味。
つまりそれは他人の幸せを壊して踏みにじるのが大好きってことなのよ。
哀れなで未熟な紳士くん。私に見初められたのがあなたにとっての運の尽き。
その弱い心を殺してあげる。その甘い夢を壊してあげる。
さてはて。さてはて。
恋が破れたその時に。
あなたはどんな言い訳で、他人を憎んでくれるのかしら?
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