第23話 モルガンと町の生活

 モルガンに連れられた僕とメモリアは学び舎での生活を始めた。


 竜の素性と勇者の立場を隠しての生活は僕とメモリアを思っていたより疲労させる。

 とはいえ二週間もすれば学び舎にも慣れてきて、新生活を楽しめるようになった。

 

 今日もそうだ。

 男子寮から出た僕は待ち合わせの場所でメモリアとモルガンと合流する。


 朝は学校の食堂でお腹いっぱいにご飯を食べて。

 昼は学校の教室でモルガンが選択した歴史の講義を聞く。


 そして夜はお祭り好きの生徒たちとおもしろおかしくパーティだ!

 孤児院で過ごした静かな時間とはまるで違う。


 隣町で過ごした穏やかな日常ともまるで違う。

 同年代の友達を持たない僕は彼らといっしょに過ごすだけで楽しかった。


 これが普通の人間の生活……いや、王国で暮らす普通の人間だって、日々の仕事や生活があるのだから、こんなにも充実した時間を過ごせはしないだろう。


 言っていいなら僕はとんでもなく贅沢をしているんだ。最高の気分だね! 

 メモリアは「学生の本分は学びよ」と言って、夜のパーティには参加しないけどね……


 真面目なメモリアらしいや。そんな生真面目にこそ僕は好意を抱くよ。


 そしてモルガン。

 モルガンは僕たちといっしょに講義を受けた後で毎日ふらりとどこかへ行ってしまう。


 メモリアが言うには夜通し寮には帰らず早朝に戻ってくるのだそうだ。

 不思議に思った僕はモルガンに行き先を尋ねてみたけれど、彼女は何も答えてくれない。

 自分を信じろと言っておいて勝手な話だね……


 でも楽しい学校生活のおかげで細かな事情は気にもならない。

 本当に、今の暮らしは楽園のように楽しいんだ。


「今日のランチもおいしいね。メモリアはどう?」


「ええ、講義の後に食べる食事は最高だわ。剣を振った後に食べる料理もおいしいけれど、頭を使った後に食べる料理がこんなにもおいしいなんて……ふふっ、夢みたい」


 僕とメモリアは笑い合って講義の内容を語り合う。


 モルガンが選択してくれた歴史の講義は千年前の伝説……


 すなわちいにしえの“勇者”と“魔王”が世界を滅ぼしたという神話と戦争の講義だ。

 今となっては何ひとつも定かではないおとぎ話のような話さ。


 講義の内容も実在の歴史を語るのとは違って、吟遊詩人が物語を語ってくれるようなもので、僕とメモリアはおもしろおかしい教師の語りに聞き入って楽しんでいた。


 僕はいにしえの竜の魂を持っている。

 メモリアはいにしえの勇者の血を引いている。


 自分自身のルーツに興味があるのは誰しも共通だろう。

 千年前の真実がすべて楽しい夢物語だとは思わない。


 なにせ実際に世界の歴史が一度は途絶えてしまっているのだから、途方もなく恐ろしい戦争だったのだろう。

 神代の戦い。神代の物語。そして神代の登場人物たち。


 千年前の世界にすっかり感情移入しているメモリアは熱烈に語る。


「やっぱり古き神々は人間を滅ぼそうとしていたのよ。悪魔を生み出して魔王を育てて……それを力ある勇者たちが討ち果たした! 今ある私たちの歴史は人間の歴史だもの。戦いの勝者はきっと人間よ。誇らしいことだわ」


「そうかなあ? 僕は竜だから、竜がいいね。竜の物語が好きさ」


「……うーん、でもねえフィフス。千年前に竜がいたのだとして、今はどうしてどこにもいないの? それは戦いに敗れて滅びたか、そうでなければ最初からあまり多くはいなかったのだと思うわよ。正直に言って、あなたの存在は突然変異みたいなものよね」


 そうなのかなあ?


 自分自身をよく知らない僕はメモリアの指摘に言い返せずに黙った。

 そのうちハンドレッドに聞いてみようかな。


 自分が突然変異なのかではなくていにしえを生きた竜の話を。

 ハンドレッドはその辺りの事情に詳しい気がするんだよ。


 なんとなくね……


「ほら、フィフス」


「へ?」


「ごはん粒。ほっぺについてるわよ」


 そう言って僕の頬を人差し指でぬぐってメモリアが笑った。


 そのままペロリとごはん粒をいただいてしまう。

 ちょ、ちょっとそれはいくらなんでも恥ずかしいね……


 気づけば食堂に集った生徒たちが「ひゅーひゅー」と騒ぎ立てている。

 勇ましいメモリアはまったく気にしていない様子だったけどね。


 僕は恥ずかしくなってうつむきながら食事を続けた。

 急いで昼食を食べた僕は足早に食堂を後にする。


 動じないメモリアは不思議そうに僕を見る。


「どこへ行くの? お昼の講義までなら私も付き合うわよ」


「いや、少しひとりになりたいんだ。メモリアは休んでいて。すぐに帰ってくるから」


 僕は周りの冷やかしから逃げるみたいに食堂と校舎を後にした。


 やれやれ……メモリアは真面目だけど時々に僕をからかうようなことをするんだよ。

 メモリアは美人だから遊び相手がほしいなら他にもいくらでもいるだろうにね。


 実際に僕と仲良くしてくれる男子生徒のほとんどはメモリアと仲良くなりたくて僕に仲介を頼んでくる奴らばかりだよ。まったく気のいい奴らだ……


 そんな彼らの恋心をメモリアは「学生の本分は勉強でしょう?」の一言で粉砕しているんだけどね。そのクールな物言いがこれまた男子生徒を虜にするらしくてね……


 みんなの考えることはよくわかんないな。

 僕はやっぱり優しくて心穏やかな女の子が一番だと思うけどね。


 いやま、メモリアが優しくないという話ではなくてね?

 メモリアは華やかな容姿とそれにふさわしい性格をしているから、僕には高嶺の花なんだよ。分相応をわきまえている僕としてはどうしても恋愛対象には思えないのさ。


 今日の僕はメモリアにひとつウソをついた。

 町に出かけた僕は午後の講義に戻るつもりはなかったんだ。


 どうせ戻っても男子連中にさっきの「ごはん粒」を冷やかされる未来が見えるしさ。

 講義は楽しいけれど室内でずっと人の話を聞いているのも気が滅入る。


 たまには外出しなくっちゃね。ズル休みで気が引けるけどさ。

 海が見える灯台のふもとを目指して僕は歩く。


 そんな時に僕へと声をかけてくれる人がいる。


「もしもし、サボりのフィフスくん!」


「へ?」


 僕が振り返るとそこには紺色のコートのモルガンが立っていた。

 モルガンは僕をからかうみたいにニコニコと笑う。


「友達も連れずに勇気があるじゃない? カッコいいのね」


「ははは……ひとりでサボっても。みんなでサボっても同じだろ?」


 勇気があるとか、カッコいいとか。反骨盛りの子どもじゃないんだからさ。


 僕は苦く笑って灯台への道を進む。

 するとモルガンは何を思ったのか、僕の隣についてくる。


「私様も行くわ。よろしくね、フィフス」


「は、はあ。よろしく……って、モルガンは午後の講義に出なくていいの?」


「気分じゃないのよ。そういう日もあるわ。詮索しないでちょうだい」


「そんなものかな」


 僕は不思議に思って首を傾げた。

 モルガンは正直者の僕をおかしそうに笑ってくれる。


「うそうそ。ホントはね。お気に入りの文房具が壊れちゃって、買い出しに出かけるところだったのよ。サボってるわけじゃないわ。私様は、ね?」


「はいはい、僕はサボりだよ。悪い奴だよ」


「どこへ行くの?」


「灯台。僕はずっと海を見たことがなかったからさ。今は何度でも見たい。海を見ていると気分がいいんだ。だからだよ」


 そういって教えてあげるとモルガンは「わーおー!」と表情を輝かせた。


「ああ、私様も海は好きよ! 大好きなの! 母なる海、命の海。かもめが波間を飛ぶ姿なんて見ているだけでも癒されるのよね~」


「そ、そう?」


「なかなかセンスがあるわよ。フィフスって内気だけど、なんだか自分の芯を持っていて素敵よね。私様もこの町で最初に得られた仲間があなたでよかったと思うわ」


「ははは……ありがとう。僕もモルガンと出会えて、こうして学び舎の生活を楽しめてうれしいよ。偶然に感謝だね」


「その通りよ! 天が与えた出会いに感謝するべきよね。お互いにね」


 モルガンは上機嫌に笑い続けた。

 彼女は僕の手を引いてこんなことを言う。


「ねえ、買い物に付き合ってくれない? どうせ暇でしょ? なんだったら夕焼けの海を見ましょうよ。それまでの時間つぶしに」


「いいけど。やっぱり僕が荷物持ち?」


「むぅ、ナンセンス。それを聞いちゃダメでしょ~?」


 モルガンはケタケタと笑いながら僕の前を歩いた。


 僕もモルガンを追って隣を歩く。

 道行く人々が天真爛漫なモルガンを見て笑っていた。


 ……まったく、モルガンはよく目立つよ。

 元々の見た目がいいのもあるけど、言動が派手だから余計に悪目立ちするんだ。


 この時もそうだった。

 モルガンの隣を歩く僕が気まずくはにかんでいると、彼女は僕に抱きついてくる。


「な、なに?」


「こうしているとカップルに見えなくない? 私様とフィフスって」


「…………」


 突拍子もない言動に呆れて僕は物も言えないよ。


 モルガンは僕の沈黙を照れ隠しだと思ってくれたらしい。

 くすくすといたずらっぽく微笑んで、彼女は僕の隣でささやく。


「嫌なら言ってよね。じゃないと周りの人たちに本当にそうだと思われちゃうわよ?」


 とはいえ別に嫌だとは思わなかったからさ。


 僕は黙っていたよ。ほんの少しだけモルガンの好意がうれしかったのもあるけどね。

 いたずらでも他人に好意を向けてもらえるのはうれしいものさ。


 そんなふうに僕たちは悪目立ちを繰り返しながら町中を歩いた。

 モルガンの興味と冷やかしに付き合いながら、もちろん僕は荷物持ちだ。


「私様はね。野菜が嫌いなのよ。お肉とお魚が大好きよ」


「僕はバランスよく食べるのが好きだけどね」


「雑食ね。何でも食べてなんでもおいしいって、作る側にとってはうれしいようで作り甲斐がないのよね……」


 海の近くで新鮮な魚が並ぶ市場を眺めていたモルガンがため息をついた。


 どうせ同じため息なら、ため息が出るほどおいしいご飯をつくってほしいね。

 僕が冗談を言うとモルガンは「それならフィフスに作ってほしいのよ!」と冗談を重ねて返してきた。


 なんというべきかモルガンはノリがいい。

 どんな話題を振っても、僕がどんな対応をしても必ず笑顔を返してくれる。


 一見して簡単なことのようだけど。

 無理に笑ってばかりいるとお互いが気まずくなるのが普通だ。


 モルガンは心の底から笑ってくれているのがよくわかる。

 だから僕も安心して話せる。


「フィフスってお父さんっ子よね。絶対そうだわ」


「うん、そうかもね。そうだと思うよ」


 家族の話題を振られても僕が暗い気持ちになることはなかった。


 自分の小さな変化が僕はとてもうれしい。

 モルガンが話してくれるから、なのかな? 

 それは考えすぎか……


「さあ、そろそろ時間だわ」


 笑い通して、話し通して、歩き通して。


 気づけば西に陽が傾いて、辺りは夕方になっていた。

 灯台のふもとから見る海は綺麗だ。


 夕陽が沈む水平線はなおさらに綺麗だ。

 僕が夕陽に見とれていると、隣でモルガンがうれしそうに微笑んでくれる。


「今日も陽が落ちる。私様は海が好きなのよね。すべてを受け入れてくれるこの海が……」


「僕も好きだよ。心が穏やかになる。それに今はひとりで見るよりもずっと楽しい」


 とりとめもない感想を共有して僕たちは笑い合った。

 帰り道にもアレコレと話しながら人込みの中を通り抜ける。


「寮まで送っていくよ」


「ほんと? ありがとうなのよ!」


「いいえ、こちらこそありがとうさ」


 満面の笑顔を見せてくれるモルガン。


 僕にはそのまばゆさが誇らしく、そして本当にうれしかった。

 間もなく女子寮に到着。


 さてはて、サボりの僕は明日の講義で欠席の言い訳を考えないとね……

 僕が帰り道を踏み出す前に、モルガンがちょいちょいと僕を呼び止める。


「ねえフィフス。また明日も遊びに行かない?」


「いや、明日はサボれないよ。連日はさすがにね……」


「そう? それなら休日にご飯を食べに行きましょうよ」


 にこやかにふるまうモルガンの提案だけどね。

 さりとて僕にはひとつ心配の種がある。


「学校は? 講義だけならいいけど今度はテストがあるんだろ? できればその対策がしたいね。僕としては」


「それなら勉強会をしましょうか。フィフスはどう?」


「いいよ。それなら僕も大賛成!」


 話がまとまったようだ。


 やっぱり、メモリアの言う通り「学生の本分は勉強」だからね。

 僕の答えを確認してからモルガンは平手を打ち合わせる。


「決まりね! それじゃ勉強会をしましょう! 海が見える喫茶店で!」


「うん」


「それで?」


「へ?」


 僕が頭上に疑問符を浮かべると、モルガンはニコニコして意地悪く言った。


「その後は、私様をどうやって誘ってくれるの?」


「??? 勉強会をしてご飯を食べるって……キミが言ったんだろ?」


「はあ、もう、ナンセーンス! 色気より食い気ではダメよね? フィフスくん?」


「は、はあ?」


「とにかくとにかく! あなたが思うように、あなたが望むように、私様を誘ってごらんなさい。エスコートよ! わかった? わかったら。さあ、どうぞ!」


 さあ、どうぞと言われましても……


 僕は混乱が極まってすっかり困ってしまった。

 とはいえ黙って許される状況ではないと、なんとなくわかる。


「わかったよ……」


 ので、僕は精一杯の勇気を振り絞って紳士のまねごとをすることにした。


「モルガンさん。また僕と海を見に行ってくれますか?」


 実に似合わない笑い方で僕はモルガンの反応をうかがった。


 すると彼女はしばらく考える素振りを見せた後に。

 フッと不敵に息をついて、踵を返して寮の中へと戻っていく。


「うむ、よきにはからえ。私様はフィフスの成長に期待しているわ」


「え、ええ……」


 寮の入り口にひとりでぽつんと取り残された僕はふと思う。


 うーん、僕はなにをやっているんだろうか? と。

 冷静になってしまった自分が悲しい。


 ここぞとばかりにハンドレッドが明滅した。

 キラキラと光る竜石が今はなぜか疎ましい。


「よっ、色男」


「うるさい黙れ。放り投げるぞ」


 思えばこんなハンドレッドとのやり取りも久しぶりだな……


 僕は思ったよ。心の底から思ったよ。

 女の子って本当にめんどうくさい……


 僕にとってはモルガンだけなのかもしれないけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る