第3章

第21話 水の都と学び舎の国

 僕とメモリアが王国を飛び出してから3カ月。


 僕たちは王国の影響が及ばない西方の都市国家群を目指している。

 大勢の前で竜の姿を見せた僕。


 竜として生きる道を踏み出した僕の気持ちは先行き不安とは反対に明るい。

 この力の扱い方を学べたからだ。


 戦うばかりが能ではないだろうけどね。

 今は竜の力が人間の身体によくなじむ。


 僕の力は格段に強くなっていて五感も鋭くなっている。

 とはいえ気を病むような失敗はしない。


 今の僕はいい感じに感覚のONとOFFを切り替えられる。便利なものだ。


「フィフス。そろそろおなかが空かない?」


 メモリアが横合いからひょっこり顔を出す。


 そろそろ正午だ。今は太陽が真上に近い。

 メモリアはずいぶんと笑顔を見せてくれるようになった。


 心を開いてくれた……というのは言い過ぎなのかもしれないけど。

 僕はまだまだメモリアのことを知らない。


 初対面からわかっているのは彼女が悪魔を憎んでいること。

 彼女が悪魔を狩る光の勇者であるということ。


 そして普段のメモリアは意外とお茶目で気さくな女の子ということだ。

 そのくらいかな。そのくらいだよ。


 あとメモリアはハンドレッドと仲が良い。


 メモリアに反応して、僕のふところの竜石が明滅する。


淑女レディメモリア。キミが持つ地図によると次の街まではもう少しだ。いかに超人的な能力を持つ勇者とはいえ生活にはお金が必要だ。フィフスも同じだろう」


「うん、そうよね」


「食費もバカにならない。無駄遣いをするわけにはいかないだろう。空腹に耐えろとは言わないが計画的な保存食の管理をおススメするぞ」


「あはは、今の私は王国の助けを受けられないからね。節約しなくっちゃ。そうね。そうだわ。ハンドレッドの言う通り!」


 言ってみただけ。という感じでメモリアがおもしろく笑った。


 メモリアはハンドレッドをすごく気に入っているようだ。

 ハンドレッドは僕自身の魂……という気はあまりしないけれど。


 ハンドレッドを好いてもらえると竜石の持ち主である僕もうれしい。

 思えばハンドレッドとの出会いと第一印象は最悪だった。


 僕のことを「キミは情けない猿だ」と断じてくれたのだから印象が良いはずがない。

 だけど、今では打ち解けられたと思う。


 少なくとも最初のように言い争うことはすっかりなくなった。

 メモリアいわく「見ていて楽しかったけどね」とのことだけど、僕としては気疲れするだけなので、遠慮させてもらいたい。


 なんにせよ路銀の問題については僕もハンドレッドに同意見だ。


 財布のひもを握っているメモリアに文句がないならそれでいいだろう。


「ならもう少し歩いてみる? 僕はまだお腹が空いていないから――」


「止まれ! 止まれなければ撃ち殺すぞ! そこの旅人!」


 怒声が聞こえた。


 撃ち殺すとは穏やかじゃないね。

 最初は僕たちに言われているのかと思って、小心者の僕は心臓を驚かせる。


 いやま僕は竜だけど年相応の人間でもあるからさ。

 いきなり見ず知らずの相手に怒鳴られるとびっくりするんだよ。やっぱりさ。


 だけど結論を言うと僕の勘違いだった。

 進む道の先を見ると、衛兵とおぼしき弓を構えた男たちが数人。


 そして、大きなとんがり帽子を被った銀の髪と青い瞳の……えっと、青年がいた。

 彼はフィールドワークをする学者かあるいは探検家のような紺色のコートを着ている。


 僕が少し判断を迷ったのは、青年がとても綺麗な顔立ちをしていたからだ。

 シーズンも中性的な外見をしていたけどね。


 言っていいならそこの彼は普通に女性としても美人で通じそうな外見だ。


 世の中は広いね。その美貌に驚いた僕は思わずため息をこぼす。


「へえ、綺麗なお兄さんだね。カッコいいな」


「はあ? なに言ってるのフィフス?」


「へ?」


「あいつは女よ。見てわかるでしょ」


「そ、そうなの?」


「化粧をしているだけよ。男装よ、男装」


 メモリアがさもあらんとうなずく。


 え、そうなの? 僕には男の人に見えるけどね。

 とにかくひとまずは青年としよう。


 衛兵は通りすがりの青年を足止めさせていた。

 弓を向けられた青年は青い瞳で矢の矛先を見つめている。


 何事だろうか? 僕たちが見守っていると衛兵のひとりが重々しく口を開く。


「通行証を見せてもらおう。ここから先は学び舎の国だ。不審な者を通すわけにはいかない」


「私様……じゃなかった。俺様はモルガン。怪しい者じゃないわよ……だぜ!」


「なるほど通行証は確認した。しかしその取って付けたような間抜けな喋り方はともかくだな。そのデカい帽子だ。そのデカいとんがり帽子がいただけない」


 受け答える青年に、衛兵のひとりが代表して前に進み出る。


 衛兵は青年を足止めしている事情をかいつまんで説明する。


「最近は都市国家条約で交易が禁止されている物品を隠し持って国境を通り抜ける不徳の輩が多くてな。私たちのような者がこうして街道の警備に駆り出されているのだ」


「へえ、ご苦労様ね。だぜ」


「そのデカい帽子の中には何がある? 申し訳ないが確認をさせてもらいたい。帽子を取れ」


「何もないわよ。だぜ?」


「三度は言わない。そのやたらデカいとんがり帽子を取れ。さもなくば撃つ。これは脅しではない。お互いにとって後味の悪くない対応を期待する」


 後方に控えている衛兵たちが弓矢を引き絞った。


 緊張が走る……というほど切迫した状況ではないと思うけどね。

 青年が被っている大きなとんがり帽子に密輸用の宝石だとか禁止薬物の材料が隠されていたら確かに大問題だ。


 非がないならば応じられるはずだろう。


 言われた青年は口を曲げて嫌々と首を横に振る。


「やれやれ、訪れた者をいきなり弓で脅して兜を脱がせるなんてね。それが水の都と学び舎の国の流儀なのかしら? だぜ?」


「いいから要求に従え。私たちも遊びでやっているんじゃないんだ。これは仕事だ。キミも子どもじゃないんだから、反発せずに職務に協力をしてくれ」


「ちぇっ」


 再三に注意された青年はめんどくさそうに大きなとんがり帽子を脱いだ。


 その時に僕は見た。

 帽子に隠されていた“長い銀の髪”が外気に解放されてバサッと広がる。


 腰まで届くなだらかな銀の線が流れるように風になびいた。

 青い瞳に銀の髪、ふんわりとした唇、そして明るく壮健な美貌……


 ああ、なるほどね。確かにこうして見れば“彼女”は間違いなく女性だ。

 メモリアの言う通りだよ。僕の目が曇っていたらしい。


 しかし本当に綺麗な人だなあ。

 男装でも普通にしていても美人はやっぱりどんな格好をしても似合うんだね。

 

 僕がぼんやりと見とれているとメモリアが無言で僕の横腹を肘で突いた。

 痛いじゃないか。なにをするんだよ。メモリア……


 案の定というべきか衛兵たちも銀の髪の優美と女性の美貌に見とれている。

 弓矢を引き絞る力が弱くなったのは僕の気のせいではないのだろう。


 そんな誰彼を不敵に笑って銀の髪の女性が腕組みをして言う。


「はーあー、やだやだ。女の一人旅だとわかったらナメられるから黙っていたのにね。私様のあふれだす知性と美しさがあなたたちを意固地にさせてしまったのかしら?」


「…………」


「意固地にさせてしまったのかしら?」


「二度も言わなくていい。はあ……通っていいぞ。時間を無駄にさせてすまなかったな」


「どうして反応してくれないのかしら! ぷんすかぷーん!」


「はあ……」


「二度もため息をつかれた! くっ、屈辱だわ~!」


 銀の髪の女性が悔しそうに地団太を踏む。


 ハンカチが手元にあれば噛んでいてもおかしくはない勢いだった。

 綺麗な人だね。だけどしゃべるとボロが出るタイプの人みたいだ。


 人は見かけによらないというけれど。

 いくら見た目が綺麗でも中身まで完璧とは限らないよね。


 もちろん僕には最初から分かっていたよ。


 でも可愛い女の子に見とれてしまうのは男の子のサガだからね。仕方がないよね。


「天は二物を与えずってことかな。世の無常は残念なことだよ」


「フィフスって時々わけがわからないことを言うわよね」


 僕とメモリアは気を取り直して衛兵のみなさんに話しかけた。


 手はず通りに通行証を見せて特に問題もなく通してもらう。

 メモリアの通行証は王国が発行したもので僕は彼女の従者という扱いだった。


 高貴な身分の人間がおともを連れて旅をしているってところかな。

 年頃の女性の旅のおともが一人きりだなんて頼りない気がするけどね。


 幸いなことに衛兵のみなさんはその辺りの事情には触れずに僕たちを素通りさせてくれた。ありがたい話だ。ちょっとだけ職務怠慢かな。あはは……


 彼らは異邦人である僕たちを笑顔で歓迎してくれる。


「水の都と学び舎の国へようこそ。この国を訪れるキミたちに賢人の出会いと叡智の祝福があらんことを」


 僕とメモリアは衛兵のみなさんに軽く会釈をしてその場から離れた。


 しばらく歩いて衛兵の姿が見えなくなった頃に。

 僕たちに追いついてきた銀の髪の女性が僕たちの行く道を塞いだ。


 なんの用だろうか? と思っていたら彼女は陽気に笑ってうやうやしく一礼をする。


「ようこそ旅のおふたりさん。水の都と学び舎の国へ。私様は天が与えたあなたたちとのすばらしい出会いを歓迎します」


「は、はい?」


「ああ、申し遅れたわね。私様はモルガン。旅する遺跡探検家とは私様のことなのよ」


 誰も聞いていないのに銀の髪の女性……モルガンは話を次に次へと進めていく。


 僕は別に構わなかったけれどメモリアはいささか以上にイライラしていた。

 不機嫌なメモリアがモルガンを睨んで言う。


「私たちになにか用ですか? 用がないなら邪魔をしないで」


「用事も用事! 私様はちょうどよくあなたたちを同じ若者と見込んでお願いがあるの!」


「へっ、用事?」ついうっかり僕は反応してしまった。


「改めまして。私様はこういう者なのです」


 間髪入れずにモルガンは一枚の文書を差し出してきた。


 羊皮紙に都市国家の朱印が押されたソレには、モルガンの名前が記されている。

 それともうひとつ文頭に大きく記されている名称がある。

 僕はその名前を不思議に思って読み上げた。


「探検家ギルド【円卓歴史研究会】?」


「ええ、その通り。世の未知と伝説の真実を解き明かす。すばらしい活動の場なのよ。私様はその栄えある会長ギルドマスターで! そのギルドメンバーはなんと、なんと!」


「は、はい」


「なんと! あなたたちが初めましての第1号と第2号! 私様は学び舎の国で仲間を集めて神代と伝説の真実を解き明かすのが夢なのよ。だからね」


 だから?


「ぜひぜひぜひとも、あなたたちにもこの崇高な研究に協力をしてほしいと思うの!」


 キャッチセールスみたいなノリと勢いでモルガンが僕に詰め寄る。


 ち、近い。近いよ。目と鼻の先で吐息がかかる距離だよ。

 いかにも逃がしてくれない感じだね……


 勢いで押した後にモルガンは一歩を退く。

 モルガンはうるんだ両目で不安そうに訴える。


「お願いよ……私様の“夢”を夢のままで終わらせないでほしいの……」


「何を大げさな。行きましょうフィフス。私たちには何の関係もない」


 メモリアが僕の袖を引いて出発をうながす。


 無視と素通りが最善の対応だと、僕にも分かっている。

 出会ったばかりで美人の泣き落としに引っ掛けられるほど僕だってバカじゃないさ。


 だけど僕はモルガンが使った“夢”という一言の言葉に親しみを感じた。

 たったそれだけの話だけど。

 僕にとってはそのフィーリングが重要だ。


「……夢、か」


「フィフス?」


「よくわからないけど。いいんじゃないかな? どうせ僕たちも学び舎の国で何をするのかは決めていなかったんだし、とりあえず街まではいっしょに行ってみようよ」


「しょ、正気で言ってる?」


「正気さ。僕はいつだって正気だよ」


 今は多くを語らずともメモリアとハンドレッドが呆れているのがよくわかる。


 メモリアのとまどいはもっともだ。

 だけどね。僕だって何も考え無しで提案しているわけじゃない。


 見知らぬ土地で行動するのに自分たち以外の助力者がいるのは心強い。

 “ギルド”……という組織がどういった集まりなのかを僕はよく知らないけど。


 対等な立場でお互いを助け合えるならば僕たちにとってもモルガンにとってもそれは悪い話では無いと思う。

 僕たちは王国の騎士団に追われる身の上だ。


 王家の権力が遠く及ばない異国の地だとしても身を寄せる場所があると無いとでは心の休まり方が違う。僕は寄る辺なく孤立している状況を改善したかったんだ。


 だからいいのさ。問題は山積みだけどね。ひとまずこれでいい。


「僕はフィフス。よろしくねモルガン」


 握手を求めて手を差し出すとモルガンは大喜びで僕の手を取ってくれた。


 モルガンの手はひんやりと冷たい。

 水の底を思わせるような心地の良い冷たさだ。


 冷たさとは反対にモルガンは太陽のような明るさで微笑む。


「ええ、フィフス。どうぞよろしくお願いするのよ!」


 限りない好意を受け取って僕は笑った。メモリアは不機嫌そうだったけどね。


 ええ、こちらこそ。よろしくどうぞ。

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