第20話 ファントムテイル・デーモンズ・ドラゴン

 昔のシーズンは活発な子どもだった。


 孤児院にいた頃の彼は年上のお兄さんお姉さんにも年下の幼子たちにも好かれていた。

 常に集団の中心にいるシーズンを僕はうらやましく思っていた。


 今でこそフレンドリーなフィフスお兄さん……なんて自称しているけどね。

 当時の僕は引っ込み思案でノーブル先生につきっきりの内気な子どもだった。


 せいぜい年上のお兄さんとお姉さんの背中をついて歩くくらいが関の山だ。

 同年代の子どもがシーズンしかいなかった事情もあるけれどさ。


 同い年の子どもがいても友達はいなかったと思う。

 僕よりも更に年下の子どもたちは幼すぎて遊び相手にはならなかったし……


 当時の僕は息が詰まるような思いで鬱屈した日々を暮らしていた。

 だからいつもみんなが遊ぶ姿を遠巻きに見守っていた。


 そんな僕を見つけたシーズンはこう言ったんだ。


「おいおい、それじゃあダメだろ。身近にいるのがそんなやつだと僕が困るよ。気が滅入る」


 嫌味とさえ映らない気さくさでシーズンはうつむく僕の手を取った。


 まったく、若干8歳で気が滅入るなんて言葉をどこで覚えてきたのか。

 昔のシーズンは自分のことを「私」ではなく「僕」と呼んでいた。


 ひょうひょうとした物言いは相変わらずさ。

 自信に満ちた振る舞いも変わらない。


 加えて昔のシーズンは今よりもずっと清々しい性格をしていた。

 孤児院にはありがちなことだけどね。


 どこからともなくやってくる身寄りのない子どもたちが他人に心を許して集団の輪に馴染むには少しだけ時間がかかる。特に引っ込み思案な子どもは時間がかかる。


 僕もそうだった。内気で弱気な当時の僕をシーズンはあっさり仲間に加えてくれたのさ。

 友達……と言いたいけれども実際にはシーズンが僕を先導して僕がシーズンに引っ張りまわされる。磁石で言うならプラスとマイナスのような関係だった。


 対等な関係ではなかったのかもしれない。

 でも僕は仲間ができてうれしかった。


 僕は僕を日の当たる場所に連れ出してくれたシーズンに憧れていたんだ。

 憧れ。内気な子どもにとって華やかな明るさは遠い憧れさ。


 だから僕は少しずつシーズンの真似をするようになった。

 少しでもシーズンに近づきたくて。対等な友達になりたくて……


 ひょうひょうとした物言いを真似した。

 明るい笑顔を真似して作り笑いをするようになった。


 自分よりも年下の子どもたちにお兄さんとして振舞うようになった。

 誰彼にとって他人に自分の真似をされるのはかなり嫌なことだと思うけど。


 シーズンはそんなことを気にもせずに僕と接してくれた。

 心が広くてありがたい話だ。


 とはいえ内気な子どもが天然自然の明るさをすべて真似できるはずもなくてね。

 シーズンの後ろ姿を追った僕は結果として現在のような人格に近づいていった。


 ある日にシーズンは言った。


「僕は1番が好きなんだ。だから僕は僕と一緒にいるやつも1番じゃなくっちゃ気が済まない」


 僕はシーズンが何を言っているのかその意味がよくわからなかったけれど1番という言葉の響きが彼らしいと思って聞いていた。


 僕には遠い話だと思って他人事の気持ちで聞いていた。


「フィフス。だからキミも1番になってくれよ」


 そのときに言われたことは今でもよく覚えている。


 それが無理なら――と、尻込みする僕に対してシーズンは笑いかけた。

 そして言ったんだ。


「僕がキミを1番にしてやる。僕にとっての1番にね。だからもっと自信を持てよ。キミは自分が思っているよりも、もっとずっとカッコよくて素敵なやつだ」


 言われた僕はうれしくなって何度も何度もうなずいた。


 僕もきっとシーズンのように明るく素敵な人間になれるとこの時の僕は信じていた。

 信じさせてもらったんだ。だから今の僕がいる。


 正直に言って僕はそれほど明るい人間ではないけれどね。

 おかげさまで今では相応に人づきあいもできるようになった。


 この時の僕はこんな幸せな時間がずっと続くのだと信じていた。

 シーズンが隣にいれば怖いものなんてなにもないとさえ思っていた。


 子どもにありがちな仲間意識ってやつさ。

 だけどある日。シーズンは孤児院からいなくなってしまった。


 子どもたちが寝静まった雨の日の夜。

 僕にとっては忘れもしない親友との別れの日だ。


 土砂降りの雨にも負けない叫び声でシーズンはノーブル先生に怒鳴っていた。

 言葉を僕は物陰に隠れて聞いていた。


 ほとんどが雨音に紛れて二人の会話はよく聞こえなかったけどね。

 シーズンの憤りは胸が痛むほどに伝わってきた。


 シーズンは平手でテーブルを強く叩きつけてノーブル先生に訴えていた。


「ウソじゃない! 僕は憶えているんだ! ノーブル先生。あなたが知らずともこの心が憶えている! 僕とフィフスは千年前のドラゴンの魂を持っている。僕たちはこんなさびれた場所にいるべきではない特別な人間だ!」


 僕にはシーズンが何を言っているのかよくわからなかった。


 いささか傲慢なことを言っているのだと、なんとなくわかったけどね。

 子どもにありがちな自意識過剰なのだろうと当時の僕は思っていた。


 ノーブル先生は笑っていなかったと思う。

 先生が何を答えたのかは僕には何も聞こえなかった。


 ただ先生の語りはシーズンを苛立たせるものだったに違いない。


 歯噛みするシーズンは忌々しげにノーブル先生を睨んでいた。


「フィフスはどこから来たんだ? あんな僕と変わらない年齢の子どもが村の入り口で行き倒れになっていただなんて馬鹿げている。旅人じゃないんだぞ。親もなく知り合いもなく、まして自分の記憶さえ忘れているだなんて、そんな都合のいい話があるものか!」


「…………」


「ノーブル先生。あなたは何を隠している? 答えろ。答えられるならば答えてみろ!」


 ノーブル先生は笑いもせずに答えた。


「私は何も隠していないよ、フィフスくんはフィフスくんだ」


 大人びてありきたりな回答がシーズンを一層に苛立たせる。


「ウソをつくな! 僕にはわかる。あいつは僕と同じドラゴンの魂を持っている。だけどそれは僕の魂とは違う。もっとずっと、はるかに強い存在なのだと……僕の記憶がそう言っている。僕にわかるようなことがあなたにわからないはずがないだろう」


 シーズンはノーブル先生を睨んだ。


 先生は何も答えない。僕はハラハラしながら見守っていた。


「あなたは知っているはずだ……いや、あなたはわかっていてフィフスを守っているんだな? たとえばそうだ。光の者と魔の者どもの争いからあいつを守って助けるために」


 ノーブル先生は驚いたような表情を見せた。


 僕が先生の本気で驚いた顔を見るのはその時が初めてだった。

 少なくとも幼い子どもの我がままを聞く大人の表情ではない。


 してやった表情のシーズンがふふんと不遜に笑っていた。


「そうはいかない。あいつは強い。僕が認めたフィフスという人間はこんな錆びついた鳥かごの中で朽ち果てる存在じゃないんだ。僕も同じだ。僕たちはいずれこの村を出て世界を知る。そして滅びゆく世界を変えるんだ! 僕とあいつにならそれができる!」


「……シーズン。それはキミの記憶の言葉か? それともキミ自身の言葉か?」


「僕の言葉だ。見損なうな! 僕は記憶の幻影に引きずられて自分を見失いはしない!」


 シーズンは先生を怒鳴りつけて部屋を後にした。


 彼は孤児院の入口へと向かっていった。


 慌てる先生の制止の声も聞かずにシーズンは雨と夜の暗闇に消えていった。


「さよならだ先生。二度と会うことはないだろう。そしてフィフス! また会おう!」


 ふたりが何を話していたのか、僕にはほとんど聞こえなかった。


 けれど悲しそうなノーブル先生の横顔だけは今でもこの心に焼きついている。


 僕は親友との別れを経て成長した。

 シーズンがどうして孤児院を飛び出したのかその理由は今になっても分からない。


 答えは直接シーズンに問いただすしかないのだと思う。

 だから僕はシーズンと話をしなければならない。


 過去ではなくてこれから先の未来のことを。

 とっくに通り過ぎた思い出の幻影ではなくて、共に立つ僕たちの話を。


 決まっているさ。

 僕たちはまだ何も自分のことを何も話せていないんだ。

 

 僕はシーズンを信じる。彼を信じて前を向く。

 この逆境でこそ僕は僕の親友を信じて進む。


 ――そのためにも“今”は!

 狂った獅子がけたたましく吠える。


 その轟音に負けじと僕は金色の百眼を閃かせた。

 数限りない輝きが収束してプリズム色の光線レーザーが束になって照射される。


 すべては真紅の盾に阻まれてしまったけれど構いはしない。

 まるで構いはしない話だ。


 壁があって僕らの進む道を阻むなら、僕はその壁に何度だって挑んでみせる。


「いけえええええええええええええええええええええええ!」


 僕の攻撃は獅子が呪文光の極みで呼び出した真紅の盾に完封され続ける。


 一から十までがまるで通じていない。消耗するのは僕ばかりだ。


 だとしても今の僕はひとりじゃない!


「無駄なことだ。弱い者が結託してもそれはしょせん烏合にすぎない」


「烏合? ッフフ、それはどうでしょうか――」


 太陽を覆い隠す巨大なシルエットが、高空から真紅の獅子に影を落とす。


 黒く巨大な両翼をはばたかせる悪魔竜。

 ねじれた二本の角を振りかざすシーズンが落下の勢いをつけて眼下の獅子に突撃する。


 真紅の盾で光線を防ぐ獅子はその場を動けない。

 土台で避けることができない状況に追い込まれた獅子は同じく真紅の盾で身を守る。


 ハンドレッドいわくそれは勇者の魂から力を引き出した魔力の障壁なのだという。

 ただの悪魔などは遠く及ばず、竜である僕の攻撃さえ容易に防ぐ鉄壁の盾。


 しかし突撃するシーズンが迷う様子はない。

 悪魔竜の双角が青白い輝きにつつまれる。


 青い輝きは鋭利に研ぎ澄まされて刃の形状を作り出す。


 激突!

 真紅と蒼白がぶつかり合い絶大な力と力が火花を散らす。


 矛と盾。互いの威力は拮抗していた。

 地力の比べ合いであるならば、突撃したシーズンよりも獅子に軍配があがるか。


 最初の突撃の威力を受け止められた後ではシーズンには盾を押し込む手段がない。


「無駄だと言った!」


「――無駄かどうかを試すといい。悪魔竜である。この私に限ってならば」


 悪魔竜が陽炎かげろうの尾を振りかざした。


 夕陽のようにゆらめき燃ゆる“炎”の尾。

 その姿に実体はなくて膨大な熱量だけが見る者を焼くほどに圧倒する。


 離れていても肌身でその熱さがわかる。

 この尾はきっと悪魔竜にとって最大の武器だ。


 悪魔竜は身をひるがえして回転させた尾を真紅の盾に叩きつける。


「その尾で焼き払え、陽炎かげろう雅尾みやび


 熱量で“焼き切る”。僕が見た光景にはそんな表現がふさわしい。


 無敵を誇った真紅の盾が溶けて裂け、突破した陽炎の尾が獅子の肌を焼く。

 浅くない手傷だ。さすがの獅子もたまらず苦しみをうめいた。


 獅子は我が身が傷つくにも構わず半ば強引に飛びのいて悪魔竜から距離を置く。

 悪魔竜はソレを追って容赦なく攻勢を続ける。


 インファイトで展開する悪魔竜と獅子の戦いは一見して互角だ。

 しかし最初の交差で手傷を与えた分だけ優位は悪魔竜の側にある。


 文字通りに望外の熱量をまき散らす猛獣たちの戦いに立ち入れる者は誰もいない。

 なにせ竜である僕でさえ今は加勢が躊躇ためらわれる。


 うかつに近づけば陽炎の尾の熱量に巻き込まれるのが目に見えていたからだ。

 苛烈な攻勢で獅子を追い詰めるシーズンは陽炎の尾を手足のように扱っている。


「すごい……」


「見とれている場合か! キミの友を援護しろ! チャンスは今しかない!」


「わかっているさ! その目を見開け、ハンドレッド!」


 近づくのがダメなら遠距離から狙えばいい。


 金色の百眼を輝かせて僕はプリズム色の光線を射撃した。

 乱射ではない。光線のひとつひとつを狙いすました狙撃だ。


 悪魔竜に追い立てられる獅子も今は真紅の盾を呼ぶ余裕がない。

 光線が獅子の左の後ろ脚を焼いて威力のままに消し炭にする。


 よし、クリティカルヒットだ!


 バランスを崩して地に倒れた獅子を見下して悪魔竜が獰猛に牙をむく。


「私は帰ってきた。7年の歳月を経て、このくたびれた王国の片隅にね」


「ぐっ……」


「すべてはこの私が認めた、たったひとりの人間とその彼がいずれ行く道のために」


 手負いの獅子が起き上がろうともがく。


 しかしもう遅い。遅すぎる。

 悪魔竜はすでに獅子の目の前で陽炎の尾を振りかざしていた。


 真紅の盾でさえ焼き切ったその凶器の尾を――

 僕はゾッとする。


 シーズンはマリスを殺すつもりだ!


「待てよシーズン! もう決着はついただろ!?」


「愚かな王子! あなたにはその道の先駆けとして今ここで死んでいただこう!」


 僕の制止の声にシーズンは耳を貸さない。


 ダメだ、間に合わない!

 そう思った瞬間に赤いシルエットがその場に割り込む。


 メモリアだ。

 時計塔からここまで走ってきたメモリアが悪魔竜と獅子の間に立つ。


 メモリアはその口で呪文をつむいで獅子の前に真紅の盾を出現させる。


「光の極みよ! 極光術――【聖櫃せいひつの盾】!」


「そんなものは紙切れだ! どけ! 女勇者!」


 シーズンは一片の容赦もなく陽炎の尾を振り下ろす。


 メモリアが悲鳴を上げて、彼女が呼んだ真紅の盾が火花を散らす。

 間一髪だ。しかし獅子が呼ぶ真紅の盾とメモリアが呼んだ盾とでは強度が違いすぎる。

 

 シーズンの言葉通りに真紅の盾は紙切れのように両断される。


 だけど今だけは一瞬の猶予で十分だ。


「させるかああああああああああああああああああ!」


 僕は悪魔竜の横っ腹に体当たりをして突き飛ばす。


 とっさの判断だ。陽炎の尾はギリギリのところでメモリアを避けて大地をえぐった。


 メモリアはすさまじい衝撃で吹き飛ばされて大通りの路上を二転三転して倒れた。


「きゃああああああああああああああああああああ!?」


「っ、メモリア!」


 僕は竜化を解いて倒れ伏したメモリアへと駆け寄った。


 メモリアに命を救われた獅子も今は動くことをしない。

 僕に突き飛ばされたシーズンは家屋にめり込んで崩れたガレキと格闘していた。


 僕は慌てた。とびっきりに慌ててメモリアを抱き起こした。

 擦り傷はあるがメモリアに目立った外傷はない。


 骨も折れてはいないようだ。


 メモリアは痛みに耐えながら目を開ける。


「う、うう……」


「よ、よかった。無事で……ほ、ほ、ほ、本当に」


「私よりも、なんだかフィフスの方が、大丈夫じゃないみたいね……」


 うろたえる僕を見てメモリアはすっかり呆れた様子だ。


 でも僕だってびっくりしたんだよ。

 そりゃあメモリアが強いのはなんとなく知ってるけどね。


 いくらなんでも生身の人間が竜と獅子の戦いに割り込むなんて馬鹿げている。

 無茶だよ。無謀だよ。どうしてそんなことをしたんだ。

 でも……生きていて本当によかった。


「なんで私の方に来るの? 私はあなたの友達の邪魔をしたのに……」


「水臭いことを言うなよ」


 シーズンは放っておいても大丈夫さ。


 あいつはひとりでも十分に強いし、馴れ合うばかりが友人じゃない。

 それよりも傷ついたメモリアを助けるのが先決だ。


「メモリアは僕たちの村を助けてくれたじゃないか。今度は僕が助ける番だ。それだけのことだよ」


「でも私はあなたの大切な人たちを守れなかったのに」


「いいのさ」


 メモリアは僕が彼女に恨みつらみを抱えているとでも思っているのだろうか。


 心外だね。僕はそれほど根の暗い人間じゃないさ。

 同じだけ心に傷を負っているのはメモリアだってそうだろうに。

 だから僕は自信を持って笑顔で答える。


「今はもう、キミだって僕の大切な人だからね」


 メモリアは驚いたように目を丸めた。


 一瞬だけ、しどろもどろになって視線を左右させて。

 彼女はそれから「うん……」と小さくうなずいてくれた。


 照れくさいけどなんだかうれしいね。

 僕はやっとメモリアの素直な心に少しだけ触れられた気がする。


 ともあれ無事で何よりだ。

 僕が胸をほっとなでおろしていると……


「お取込み中に申し訳ないのですがね」


 人間の姿に戻ったシーズンが僕を睨んでいた。


 見るとマリスも獅子の姿から人間に戻って地に倒れている。彼は左足を失っていた。

 もはや自力では立ち上がれないマリスを横目で見て、シーズンは言う。


「フィフス。その女は殺すべきだ。あのマリスを庇った私たちの敵ですよ」


「おいおい、おまえ、いきなり何を物騒なことを言い出すんだ。冗談はやめろって」


「はあ、まったく。キミというやつはどこまでも能天気な……」


 呆れた僕と呆れるシーズンが見合っていると。


 大通りの向こうから土煙を上げて騒がしい靴音が迫ってくる。

 やってきたのは鎧と剣で武装した騎士団の面々だった。


 マリスの護衛をしていた近衛騎士の姿もある。

 言わずもがな僕たちにとっては厄介な話だ。


「いたぞ! 向こうだ!」


「マリス王子をバケモノからお救いしろ!」


「その者たちを捕らえろ! やつらは王家に歯向かう大罪人だ!」


 ものすごい形相をした男たちが好き勝手なことをわめき散らす。


 お、王家に歯向かう大罪人って僕たちのこと?

 先に襲ってきたのはマリスの方なのにとんでもなく理不尽だね……

 シーズンが騎士たちを睨んで舌打ちする。


「ちっ、ここまでか。やむを得ない。この場は貸しにしておきますよ。フィフス」


「シーズン?」


「キミはその子を連れて逃げるといい。この場は私が食い止めましょう……ああ、安心してください。この場は誰も殺しませんし、機を見計らって私もとんずらしますから」


「そ、そりゃ僕は逃げるけどさ! おまえの心配もしない。だけどメモリアは……」


 連れて逃げろって言っても、彼女は僕たちの悪行に関係がないんじゃないかな?


 いくら粗暴で野蛮な人間だとしても次代の王国を担う第一王子を傷つけた僕といっしょに逃げたりしたらメモリアの立場が……

 僕が迷っているとメモリアが僕の袖を引く。


「決めたわ」


「メモリア?」


「私はあなたといっしょに行く。あなたの行く場所に私も行きたい。あなたの瞳が見るものを私も見たいの」


「いや、でも……僕はこれから王国のみなさんから逃げないといけなくてね……」


 僕がしどろもどろに答えるとメモリアはおかしそうに笑った。


「だったら王国を飛び出していきましょう! それがいいわ! 竜になって!」


「え、ええ!?」


 な、なんだかこの子は想像以上にたくましいな。


 言われた僕の方が驚いて腰を抜かしそうになってしまった。

 焦るよ。僕は常識人だからさ。

 僕とメモリアのやりとりを茶番だと言いたそうにシーズンが鼻で笑う。


「……やれやれ、難儀なことだ。また会いましょうフィフス。覚えておきなさい。この道の交わる先に私とキミの運命があるのですから」


 シーズンが土色の魔石を――悪魔竜の竜石を振りかざす。


 ダークブラウンの輝きに包まれたシーズンは再び悪魔竜となって騎士団の前に立ち塞がった。彼は前言通りに僕たちを逃がすための囮になってくれるらしい。


 僕も同じように竜石を使って再びドラゴンの姿になった。

 身をかがめてメモリアに搭乗をうながす。


 傷ついた彼女を走らせるわけにはいかないしさ。

 人間のままで走っていたら町から出る前に騎士団に追いつかれてしまう。


 なるようになるさ。なるんじゃないかな! たぶんね!


「乗って! メモリア!」


「うん」


「言っとくけどその場の気分で決めたことを後で悔やんでも僕は知らないよ……」


 僕が言うとメモリアは「後悔なんてしないわ」と笑ってくれた。


 照れくさいけど、そう言ってもらえて僕も本当はうれしかったのかもしれない。

 僕の本心を見透かすみたいにハンドレッドが笑って言う。


「私と彼女とそしてキミと、これからいろんなことを体験しよう。私たちみんなでたくさんの国をめぐるのだ。その先にこそキミの道は続いていく。私はキミとキミたちがつくりだす“夢”を信じている。共に行こう。フィフス」


 これが僕たちにとって本当の意味で最初の旅立ちになる。


 田舎の村で暮らしていた僕が広い世界に飛び出していくなんて実感がわかないけど。

 僕はここにいる。


 今の僕の背中にはメモリアがいる。

 ハンドレッド――僕の魂も共にある。


「見たまえ、夜明けだ」


「今はもう昼前だろ……」


「風情を介したまえ。それが景気づけというものだ」


 こうして僕たちは王国を後にして長い旅に出た。

 かけがえのない仲間と共に――


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