第2章

第11話 友人の影を追って

 メモリアは隣町に戻って駐在の騎士団に事件を報告すると言った。


 騎士団の若者はみんなリグレットに殺されて死んでしまった。

 騎士団長も、村の中で死んでいた。


 ノーブル先生との話が終わった後で、リグレットと鉢合わせしたのだろうと思う。

 不幸な話だ。彼が生きていれば幸運という話でもないけれど。


 現場を仕切る責任者がいなくなった状況はいささか不都合だ。

 メモリアは村で起こった事件について……リグレットにみんなが殺されてしまった事実を伝えると言ったけど。


 僕たちだけが生き残ったなんて、都合のいい話を信じてくれる人がいるのかな?


 僕は竜だ。

 話の運びでは、雲隠れをしないといけないのかもしれない。

 でも心配は必要ないとメモリアが教えてくれる。


 騎士団の詰めどころで別れる前にメモリアは言う。


「フィフスの……竜の話はしないから安心して」


 ありがたい話だ。僕の立場では大いに助かる。


 助かるけどさ。話がおかしくなるんじゃないかな?

 悪魔と戦って生き残ったのは僕とメモリアだけだった。


 百歩譲って話を信じてもらえるとして、犠牲になった騎士団とメモリアが力を合わせても敵わないような相手をメモリアがひとりで撃退したことになる。


 騎士団との戦いで悪魔が手負いだったとか、言い訳はできるだろうけども。

 土台で不自然な話に聞こえてしまう。


 犠牲になった人たちの関係者が納得しないだろう。

 もし、同じ立場で「私だけが生き残りました。他の人はみんな犠牲になりました。だけど悪魔は倒しましたよ」なんて話を伝えられたら僕は納得しない。


 都合よく脚色された話を納得できるはずがないんだ。

 僕はメモリアを呼び止めて少しだけ話をする。


「あのさ。それだとメモリアがとんでもなく悪者になるんじゃないの? 僕に配慮してくれるのはうれしいけどさ。少しは伝え方を考えた方が……」


「いいのよ。私は人に恨まれることに慣れてるから」


「そういう問題じゃないよ」


「いいえ、そういう問題」


 僕が困ってもメモリアはゆずらなかった。


 もっと上手いウソをつけ……って、犠牲者の立場で考えるなら最低の助言だと思う。

 今の僕は最低なことを言っている。自覚はある。


 だけどメモリアだけが重い責任を負う理由もない。

 本当のことを打ち明けた方がいいんじゃないだろうか?

 僕が迷っているとメモリアが呆れて言う。


「バカね。竜だなんて、信じてもらえるはずがないじゃない。死体を見過ぎたショックでふたりとも頭がおかしくなったのだと思われるのがオチよ」


「そうかな?」


「その件に限っては黙っていた方がマシ。絶対にマシ」


「なら竜になって見せればいいじゃないか。なれるよ。みんなの墓穴(はかあな)を掘った時みたいにさ」


 僕は一番簡単な解決策を提案した。


 実物を見せれば嫌でも信じてもらえると思うけどね。

 自分の正気を信じるならば疑う余地はないと思うけどね?

 

 バケモノだと言って怖がられる未来は見え透いているよ。

 でも騎士団のみなさんなら冷静に話を聞いてくれるんじゃないかな?


 僕は騎士と呼ばれる人たちの心の強さに期待していた。

 だけど、メモリアは僕をしかるように眉をひそめてしまう。


「……あのねえ、フィフス。訓練を重ねた騎士団とはいえ彼らは普通の人間なんだから。竜の存在を受け入れられない人もいるわよ。特に駐在のおじさんたちは地元の自警団みたいな立場だし。無理よ、無理」


「無理なのかな」


「そうよ。あなたは町をパニックにしたいの? みんながあなたの恩師のように心が広いわけじゃ――」


 メモリアはハッと言葉を打ち切る。


 彼女は気まずそうに僕から視線を逸らした。

 恩師……恩師か。


 僕の前でノーブル先生の話をしたことを気にしているのかな?

 腫れ物の扱いで、言われた僕の方が申し訳なくなる。


 気にならないと言えばウソになる。

 つい先日の出来事で家族の死を忘れられるはずはない。


 心の傷を癒して自分が立ち直れたという自信もない。

 でも僕と同じように傷を負ったメモリアに、わめき散らして八つ当たりをしたいと思うはずもない。

 僕だってそこまでネガティブじゃないさ。前向きがいいよね。前向きがさ。


「ごめんなさい。私……」


「気にしなくていいよ。僕こそ無茶言ってごめん。大通りをぶらついているから、また後で合流しよう。待ってるからね」


「ええ、そうね。でもかなり時間がかかると思うの。日没までに私が来なかったら先に宿へ向かって。場所はわかるよね?」


「大通りから役所に向かって役所から数えて二つ目の土地。縦に高い3階建て……町で一番の高級宿だよね……お金はいいの?」


「ふふっ、おごるわ。夕食を楽しみにしていて!」


 おもしろく笑いながらメモリアは騎士団の詰めどころに向かっていった。

 

 夕食か。自分が作るわけではないのに……見事な空元気だ。

 メモリアの手料理ではなくても貧乏育ちの僕は高級宿の料理が楽しみだ。


 暗い話ばかりでは気が滅入ってしまう。

 ひとりでいる時は楽しいことを考えたいね。


 人の目がある場所でハンドレッドを相手に話すわけにはいかない。

 雑談の相手がいないわけさ。今の僕はとても暇だ。


 空を見上げるとまぶしく輝く太陽が真上に近づいている。

 見た目そのまま正午が近いのだとわかる。


 お昼時だ。

 お腹が空いたな……夕食より先に僕の身体が昼食を求めている。


 今の僕にはお金の持ち合わせがないんだよ。

 メモリアはお金を持っているみたいだけども。


 どうしてだろうね? おかしいね……

 他人にお金を恵んでほしいとは思わないけれど、さっきの今で昼食代くらいは工面してくれてもよかったんじゃないかな? メモリアは意外とサービスが悪いね。


 ……自分で考えておいてだけど甲斐性無しみたいで嫌になってきたな。

 ひもじいからお金のことを考えるのはやめておこう。


 空腹を誤魔化す僕は大通りを歩くことにした。

 失敗だったと、開始2秒で気づいたよ。


 お昼時の大通りでは食事処の店員たちがお客の呼び込みをやっていたし、露店では獣の肉を香ばしく焼いて売っていた。あちらこちらから、とてもいい匂いがするね。人々の輪に交ざれない僕は泣きたくなるほど悲しい……


「はあ……」


 メモリアといっしょに騎士団の詰めどころに行けばよかったな。


 僕が話せることは何もないけど、退屈はしなかったかもしれない。

 不謹慎だと思う。でも空腹は人を荒んだ気持ちにさせるんだ。仕方のないことだ。


 僕は大通りを外れて裏手の小道に足を踏み入れた。

 大通りと比べれば人通りがなくて食べ物の香りが漂ってくることもない。


 願ったりかなったりだ。しばらく辺りをうろつこう。


 裏手道を歩いた曲がり角の先で僕は小さな広場を見つける。

 子どもたちが遊ぶ公園なのかな。


 僕はその場所の片隅に腰を下ろして一休みすることにした。

 空を見上げて雲をながめて時間を潰せるほど僕は達観した人間ではないので、不審に思われない遠巻きから、広場で遊ぶ子どもたちのスポーツを観戦していた。


 ほら、あるじゃないか。

 足でボールを蹴って四角いゴールに入れると得点になるスポーツが。


 それだよ、ソレ。

 広場で遊ぶ5人の子どもたちはボールの取り合いをやっていた。

 白熱している。楽しそうだ。うらやましいね。


 かくいう僕も孤児院の子どもたちと遊んでいたけれど。幼い子どもたちを相手に本気でゴールにシュートを決めたりすることはできなかったし、どちらかと言えば男女を問わずに大勢で遊べる鬼ごっことかくれんぼが孤児院のメジャー競技だった。


 こういう眺めはなんだか新鮮な気分だ。

 実を言うと孤児院育ちで田舎村育ちの僕は同年代の友達がひとりもいない。


 年上や年下の相手は村にもいたけどね。同い年はひとりもいない。

 ……違うな、ホントはひとりだけいたんだ。


 僕と同じように孤児院で育った友達がひとりだけね。

 やんちゃなそいつはノーブル先生に反発して村を飛び出してしまった。


 幼かった僕は家出したそいつを子どもだと笑っていたけど。

 幼いながらに自分の道を目指したあいつは僕よりずっと大人だったのだと、今となっては思う。


 それきり音信不通だ。

 便りがないのはいい知らせだとノーブル先生はいつも笑っていた。僕もそう思う。


「元気にしてるかな。シーズンのやつ」


 僕のつぶやきが空に溶けてふと消える。

 独り言だ。どうせ誰も聞いちゃいない……


 と、思っていたら広場で駆けていた子どもたちが皆一様に立ち止まった。

 放り出されたボールがぽつん、ぽつんと跳ねている。


 え、な、なに? 僕は変なことを言ったかな?


「おい、おまえ」


「へ?」


「おまえだ、そこのおまえ」


 リーダーと思われる少しだけ背の高い少年が子どもたちを代表して僕の方に歩いてくる。


 恐れを知らないというべきか反骨精神にあふれて微笑ましいというか。

 幼い子どもにおまえよばわりされるとは……なんだか我が身が情けなくなる。


 やだなあ、町の子どもはなんだか怖い……

 僕に威厳がないのが悪いのかもしれないけどね。


 詰め寄られた僕が愛想笑いを浮かべていると、少年が言う。


「シーズンにーさんを知ってるのか?」


 予想外の問いかけに僕は目を丸くした。


 キミたちこそシーズンを知っているのか?

 驚いた僕が質問を返すより早く。子どもたちが口々に騒ぎ立てる。


「おまえ誰だ?」


「おまえ、にーさんに会いたいのか?」


「ひょっとしてにーさんの友達なのか?」


 なんと答えるべきなのか。


 僕が戸惑っていると、背の高いリーダーの少年がニヤリと笑った。

 子どもって、自分の世界で話すから人の話を聞かないよね。僕はよく知っている。

 この時もそうだ。


「わかった」


 リーダーの少年が仲間たちの前で偉ぶって言う。


 怖いもの知らずっていうか、僕なんて少しも怖くないんだろうね。

 やんちゃな子どもたちの目線で、僕はさぞ内気に見えたのだろう。


 よくわかるよ。

 昔の僕もシーズンの隣にいたころはずっと思っていた。


 キミがいれば何も怖くないって――

 僕は強気で勝気な少年の姿にかつて道分かれたシーズンの姿を重ねて見た。

 少年はうなずいて、言う。


「よし、会わせてやる」

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