第12話 家族じゃない

 僕は子どもたちに案内されて入り組んだ道を進む。


 大通りを離れた場所はさびしくうら錆びたふきだまりだった。

 町の富裕層は住んでいなさそうな雰囲気の場所だ。

 孤児院育ちの僕としては親近感が湧くくらいの話だったよ。


 衛生的によろしくない環境は子どもたちにとって好ましくない。

 それでも公園で元気に遊んでいるのだから、子どもはたくましいな。

 僕はなんだか幸せな気分になる。


「怖いか?」


「ビビったか?」


「どうだ?」


 なーんて、道中で僕を脅かそうとしてくる子どもらの意地悪が今は微笑ましい。


 孤児院の子どもは僕のことをこんな風には扱わなかったから新鮮だ。

 かくいう僕は子どもが好きなわけじゃないんだけどね。


 生意気な少年少女の対応には慣れているんだ。

 ちょっと世間知らずで常識がないくらいの相手に気後れしたりはしないのさ。

 僕は子どもたちに微笑みを返して誘導に従う。


 道なりに奥へと行くと雑多な生活用品が積み上げられたゴミの山が見えた。

 ゴミ捨て場なのかな? 使えそうなものが多い。


 衣服とかね。

 泥土で汚れているし、あちこちが破れているし、大人用だからサイズも幼い子どもには合わないんだろうけど仕立て直せば使いまわすことはできる。 


 生活の知恵で日々をやりくりする人々にとっては宝の山みたいな場所だった。

 文無しの僕にしてみれば分けてほしいくらいだ。


 ――って、ああ、なるほどね。

 僕は認識を改める。


 この場所は豊かな町の各地から集めてきた廃品の集積場所なのだろう。

 集めてきた品々を山積みしておいて修理することで使いまわすに違いない。


 違うなら新品を作るための“材料”に使うのかな。たぶんね。

 苦労話には親近感が湧くよ。


 僕はうれしくなってささやかに笑う。

 子どもたちが待ちかねたように前へと駆けだした。


 背中を追って視線を前に向けると、ひとりの青年がいた。

 彼らが慕うところの“お兄さん”は廃品の山で椅子に座って廃材の品定めをしていたんだ。


 駆け寄っていく子どもたちが口々に言う。


「にーさん! お客さんを連れてきたよ!」


「ボールが壊れたんだ! 直してよ!」


「ソレは後にしろよー」


 にーさんと呼ばれた青年は子どもらの声に気づいて腰を上げた。


 彼はなだらかに伸びた茶の髪と、伏し目がちな茶の瞳が印象的な青年だった。

 衣服はパリッと清潔で廃材を触っていたというのにこれっぽっちも汚れていない。

 

 見るからに要領がよさそうだ。

“出来る”タイプの人間なのだと一目でわかる。


 青年は「ッフフ」と不思議な笑い方をして子どもたちを出迎える。


「客? ほう、私になにか用事でも? まったく今日は珍しい日だ」


「にーさんに会いたいってやつがいるんだ!」


「元気かなーって言ってた!」


「友達なんだって!」


 いや、僕は友達とは言ってないんだけどね……


 僕の発言を勝手に解釈した子どもたちが口々にまくしたてる。

 僕が気まずい気持ちで黙っていると、青年は僕の方を一目見た。


 彼は歯に衣着せずこんなことを言う。


「友達? ッフフ、私には生まれてこの方、友達と呼べる相手はいませんがね」


「にーさん冷たいこと言うなよー。俺たちだってにーさんの友達だろー」


「……ええ、確かにそうだ。壊れたボールを直してあげようか。さあ、貸してごらん」


「やったー!」


「ありがとうシーズンにーさん!」


 子どもたちがボロボロになったボールを青年に渡した。


 僕は懐かしい友人の名前を聞いて自然と口から笑いがこぼれた。

 微笑ましいやりとりだ。


 彼が僕の知っているシーズンとは限らないけどね。

 ついつい、懐かしくなって相手の名前を口にしてしまう。


「シーズン。か」


「おや? 私はキミとお会いしたことがありますかね?」


「さあ、わからないけど。僕の知った人と同じ名前だったからさ」


 僕は話をはぐらかして冗談めかせた。

 冗談には冗談で返すのが礼儀だと言いたげに青年シーズンは言う。


「ッフフ、つれないですね。私にはよく覚えがありますよ。キミとは、そう……町の劇場でお会いしたことがあるのかもしれない」


「は、ははは、そんなところで会ったことはないんじゃないかな?」


「ええ、でしょうね。そうでなければ――」


 シーズンは一度息を吸って言葉を区切った。


 思わせぶりに微笑んでから、彼は茶の目で僕を見つめる。

 そうでなければ、どうだというのかな?


 僕が不思議に思って聞いていると。

 シーズンは思わぬことを平然と言う。


「幼いころに田舎の孤児院でお会いしたのでは?」


「え?」


「当てて見せましょうか。キミは相変わらず間の抜けた顔をしている」


 まぶたを閉じたシーズンは考え事をするみたいに前髪を指先でいじった。


 なんだかちょっと腹が立つくらいに絵になる仕草だね。

 よく見るとシーズンは美形と呼べる人物だ。


 男性ながら色っぽい顔立ちをしているよ。

 シーズンに対して子どもたちが「にーさんかっくいー」と熱烈にはやし立てた。

 

 カッコいいかなあ? どっちかっていうとナルシストっぽくて僕は嫌だけど。

 なーんて、僕が失礼な感想を抱いていると……


 見透かすみたいにシーズンが絶妙なタイミングで笑う。


「久しぶりですね。フィフス。私はキミの顔を覚えていますよ。さてさて、しかしキミは私のことを覚えていますか? キミの家族だった私のことをね」


「え!?」


「その反応、私は悲しいですよ」


 言葉にたがわず悲しそうにシーズンは眉をハの字に寄せた。


 ここまではっきりと言われて相手の正体を察せないほど、僕だって鈍感じゃない。

 というか誰でも気づく。僕でなくても誰も気づけるだろう。絶対に。


 シーズンって、僕と同じ孤児院で育ったシーズンなのか!?

 僕は動揺してせき込み言葉を詰まらせてしまう。


「おま、おまえ、まさか本当にシーズンなのか!?」


「ええ、久しぶりですねフィフス。5年……いいえ7年ぶりですか」


 懲りもしないシーズンは僕を見てなつかしそうに遠い目をする。


 なんというべきかマイペースでひょうひょうとした奴だ。

 でもね。僕としてはね。


 7年も前に失踪して音信不通だった友人とね?

 隣町で再会した現状を問いたださずにはいられない。


 灯台下暗しとはよく言ったものだ。

 僕はシーズンに詰め寄ってたずねる。


「おまえ!? 今の今までどこで何をやっていたんだ!?」


「歳月は人を変える。あまり詮索しないことです。一から十まで答えるのも面倒くさいのでね」


「そ う い う こ と を 言 っ て い る ん じ ゃ な い !」


「心配かけてすまなかったと思いますよ。さて、これでいいですか? フィフス」


 こ、小馬鹿にしやがって。


 僕は声を大にして言い返そうとして……やめた。

 なんというか暖簾のれんに腕押しやなぎに風だ。


 相手が真面目に話していないのに、僕だけが真面目になってもバカを見るだけだろう。

 うーん、昔はこんなやつじゃなかったのになあ……


 もっとこう、我が道を行く俺様貴族みたいなやつだったのに。

 再会したシーズンはすっかりナルシストみたいな野郎になっていた。

 

 時の流れは残酷だよ。

 僕は懐かしさよりも今は呆れがまさって言葉を失う。


 ひとまず乾いた声で笑って、僕はその場を適当に誤魔化す。


「……ああ、うん。もういいよ。僕も考えるのが面倒くさくなった」


「ッフフ、良い傾向ですね。お互いにきっと長生きができる」


「そうだといいよね。でもね。おまえはロクな死に方をしないと思うよ」


 シーズンは「ッフフ」と笑うばかりで僕の皮肉には何も答えてくれなかった。


 重ね重ね呆れたやつだな。


 僕が言葉を失って対応に困っていると横合いから子どもたちが割り込んで僕の袖を引いた。彼らは口々に得意げな表情で笑う。


「どーだ、にーさんはかっくいーだろ?」


「しゃべり方はちょっと変だけどな」


「それは言うなよー」


 彼らの目線ではシーズンの態度はカッコいいらしい。


 でもねえ、歳を重ねればキミらもシーズンから距離を置きたくなると思うよ。

 それが健全な成長ってやつだからね。残酷なことだけどね。


 思いながら僕はシーズンを見て口を曲げる。

 言いたいことは山ほどある。

 僕が口を開く前に、子どもたちが素直な疑問を口にする。


「ところでこいつはにーさんの知り合いなのか?」


「ひょっとして兄弟?」


「家族なのか?」


 僕にとって切実な話だった。


 身を切るような思いで僕は口をつぐむ。

 だけど孤児院を出たシーズンにとってはなんてこともない質問だったらしい。

 シーズンはあっさりと答える。


「家族ではありませんよ。今更ね」


「シーズン……」


「感傷にすがるなんてくだらない。そうでしょうフィフス? そもそも私にとって家族の縁などはとっくの昔に捨てた代物ですよ。私にしてみれば今更そんな関係には未練も価値もない」


 僕は黙った。言葉もなく黙らされた。


 なんだよ。家族じゃないって確かにそうだけどさ。

 何もそこまではっきり“違う”と言わなくてもいいじゃないか……


 暗い表情をしている僕を哀れに思ったのか。子どもたちが心配そうな顔をする。

 黙ってしまった僕の代わりに子どもたちのひとりがシーズンに尋ねる。


「でもさ、にーさんの友達なんだろ?」


「いいえ、今は友達でもない」


 シーズンが朗らかに笑った。


 否定された僕は複雑な気分でソレを聞いていた。

 僕の気持ちをよそにシーズンはさもあらんと語る。


「フィフスはね。私にとって家族や友達よりもずっとずっと、はるかにずっと大切な」


 大仰に言って演じるように言い切って……

 その時だけシーズンは作り物でなく幼い頃みたいに明るいやり方で表情を作る。


「マジダチです」


「「「「「うおおおおおおおおおお、マジダチだああああああああああああ!!!!」」」」」


 子どもたちが勢いで喜んでいた。え? そこウケるところだったの?


 よくわからないけど、シーズンは地元の子どもたちの人気者であるらしい。

 彼の言動に影響された子どもたちの将来が僕はとても心配になった。


 まあいいか。なるようになるさ。人生と書いて人の道は行く先それぞれだ。

 ……今の僕はいい加減なことを考えて、場の空気を誤魔化そうとしているんだ。


「マジダチって、おまえ……」


「どうしましたか? フィフス?」


 シーズンが不思議そうに首を傾げた。


 僕の言いたいことは彼にはあまり伝わっていないらしい。

 ひとつだけ思い出した。


 シーズンは昔から時々……いや、常々つねづね

 言語センスが致命的におかしい。

 ……困ったことです。なーんてね。


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