第7話 勇者と悪魔の血脈

「メモリア様。この悲劇をお悔やみ申し上げます」


 村に戻ってきたメモリアは隣の町を警備している王国の騎士団を連れてきた。


 ノーブル先生は野宿で退屈した子どもたちの世話をしている。


 先生に頼まれた僕は村におりて、騎士団に状況を説明した。


 腐乱死体がバラバラしている村に子どもたちを入れるわけにはいかない。

 だからノーブル先生は丘で留守をしているんだ。


 再会したメモリアは僕を見て表情をしかめたけど何も言わなかった。

 暗黙の了解かな。メモリアは僕が竜であることについて一言もふれない。


 メモリアは連れてきた騎士団に指示を出して犠牲者の埋葬と死んだ悪魔を片づける仕事をしている。


 彼女はすれ違いざま僕の耳元で一言だけ話を伝える。


「悪魔は私が殺したことにしてあります。できれば話を合わせてください。その方がお互いに都合がよいと思うので」


 メモリアが黙っているのに僕が話を掘り返す理由はない。


 僕は自分の目で見たことを騎士団の事情聴取で答えた。

 悪魔の恐るべき残虐と村の悲劇と……メモリアの“活躍”を騎士団に伝えた。


 僕は悪魔に怯えてひとりで逃げ出したのだと、情けない話をしても騎士団は僕の臆病を笑うことをしなかった。


「無理もないことだ」「辛かったな。よくわかる」と、僕を励ましてくれる。


 彼らは悪魔の存在を知っているのだろうか?

 おとぎ話でしか聞いたことがないような悪魔の存在を?


 騎士団長と呼ばれる壮年の男性が僕の肩をたたいた。

 彼は強く迷いのない言い方で今回の事件の扱いを語る。


「フィフスくんと言ったね。今回の事件でキミが見たことは我が王国の最高機密……つまり誰も知ってはならない秘密として扱われる。キミが見たことはすべて忘れなさい。キミ自身と生き残った家族のためだ」


「それは……」


「なにかな? もう少し説明が必要だろうか」


 騎士団長の両目が少しだけ厳しくなった。


 僕の言いたいことはわかっているだろうに……けど、彼も職務を果たしているだけだ。

 悪いのは悪魔だ。誰も悪くない。


 混乱を避けるために悪魔の存在を公表しない判断があるのかな?

 王国の偉い人が考えることは僕にはよくわからないけど。


 ここで意味もなく反骨して騎士団長を困らせるほど、僕は子どもではないつもりだ。

 聞き分けが悪くてビッグな野郎だと喜ばれるのは幼い子どもの内だけさ。

 

 僕はせめてもの誠意に、騎士団長の目を見て答える。


「なにもありません。僕はなにも見ていない。口外しないとお約束します」


「ありがとうフィフスくん。私はキミの心づくしに感謝する……いずれ誰もが知ることだ。しかし民が惑って国が乱れればこの先にもっと恐ろしいことが起きる。その悲劇を避けるためにも耐えてもらうしかないのだ。われわれの無能を許してくれ」


 騎士団長は毅然きぜんとした態度で言って、去っていった。


 頭を下げてほしいとか、僕はこれっぽっちも思わないよ。

 彼らには世の中を守る立場がある。精一杯に礼を尽くした対応なのだろう。


 もちろん思うところはあるけどね。

 最初から悪魔の存在が公表されていれば、犠牲者が出る結果を避けられたのではないかと、どうしても考えてしまう。


 とはいえ仕方のないことだ。

 事情聴取を終えた僕は騎士団に交ざって犠牲者の埋葬を手伝いながら午前を過ごした。


 作業を続ける時折に僕はメモリアへと視線を向ける。

 僕は彼女に興味がある。


 興味と言っても恋愛感情ではなくてね。

 悪魔と対峙して一歩も引かない強い心だとか騎士団を動かすほどの立場と「メモリア様」なんて呼ばれている彼女のプロフィールに興味がある。


 偉い人なのかな? ひょっとして貴族の生まれだとか?

 見た目は僕と同い年くらいなのに、人は見かけによらないな。


 ノーブル先生も、気になることを言っていた。

 “勇者”って、なんの話だろう?


 勇者と言えば僕が知る限りではおとぎ話の住民だ。

 例えばノーブル先生が僕に聞かせてくれる大昔の伝説。


 人間を守る使命を背負った勇者と、人間を滅ぼす使命に目覚めた魔王が争って世界を荒らしつくした、おとぎ話の登場人物だね。


 でなければ、英雄という言葉に置き換えて僕たちは勇者の二つ名を使う。

 戦争で大手柄を上げた戦士だとか、そんな感じだ。


 単に「勇気のある人」という意味でも勇者という呼び方をする。


 メモリアはどういう意味で勇者なんだろ?

 悪魔もメモリアのことを“女勇者”と呼んでいた。


 わからないな。わからないことは保留にするしかない。

 なーんて、埋葬の仕事に疲れた僕がぼんやり上の空で考えていると。


 メモリアと騎士のひとりが会話していた。

 立ち聞きするつもりはなかったのだけど、つい聞き耳を立ててしまう。


 魔が差したというべきかな。

 聞こえたのは会話の終わりだけだ。ほんの一言だけ。


 こんなふうにね。


「これだけの数の魔の者を切り殺すとは、さすがは伝説の勇者の血脈に連なるお方だ! 人智を超えた勇者の血の力はやはり凄まじく――」


「お世事は結構です。犠牲者の埋葬を最優先に。どうかよろしくお願いします」


 悪魔を倒してしりぞけたメモリア。


 功績への尊敬を熱っぽく語る若い騎士をメモリアが追い払う。

 まあ実際には僕が悪魔を殺したわけだから……彼女としても気まずいのかな。


 偽りの英雄像で気分よくなれるのは頭のおめでたいやつだけさ。

 僕が思うにメモリアは不徳の人間とは違う気がした。


 その時、メモリアが僕の目線に気づいたらしい。

 睨むように僕を見て、早歩きで近づいてくる。


 な、なんだか怖いな! 僕はなにか悪いことをしたのかな?


 気まずく逃げ出そうとした僕。

 ……の、行く手に回り込んだメモリアが真っ向から僕と顔を合わせた。


 メモリアはけわしい顔をしている。


「立ち聞きですか? 趣味が悪いんですね」


「聞こえただけだよ。ぐうぜん、見かけただけ」


「それを世間では立ち聞きとか盗み聞きというんです。あなたは……その……」


 威勢よく話し始めたメモリアは、途中で語気を弱めてしまった。


 僕が気の利いた話題を提供できればよかったんだけど。

 そうしたいとは思わなかった。


 だって気まずいからね。彼女は僕が竜になったことを知っているんだ。

 何を言っても上辺をつくろうような話運びになるだろう。


 ごめんだよ。めんどうくさい。


「ごめん。気を悪くしないでほしい。またね」


「……軽い人ですね。それが竜になった者の流儀ですか」


 メモリアがもの言いたげに口を曲げていた。


 なんとでも言えばいいよ。

 安い挑発に乗って、アレコレ口走るほどバカじゃないんでね。


 勇者だか英雄だか知らないけれど、メモリアは年相応の性格をしている。

 僕だってそれなりに苦労を学んできたんだ。


 ノーブル先生やリグレットには人生経験で敵わなくても、同い年くらいの相手に対面で後れを取るつもりはない。僕はみんなのフィフスお兄さんだからね!


「言われているぞ、フィフス。言われっぱなしはおもしろくない。言い返せ」


「え?」


「キミが口下手の役立たずでも、この私には抗弁の用意がある! その場合は遠慮せずに任せたまえ。竜の魂というものを、レディメモリアに余すところなくお伝えしよう!」


「って、わああああああああああああああああああああああああ!?」


「へっ?」


 メモリアがきょとんと目を丸めていた。

 しまったあああああああああああああああああああ、こいつがいたんだ!?


 ふところにしまった竜石のハンドレッドがピカーン! と明滅して自己主張する。

 僕はあわてて竜石を取り出したけれども失敗だった。


 翡翠ひすい色の竜石がメモリアの前でこれ幸いと明滅を繰り返す。

 誤魔化すに誤魔化せない状況だ。


 僕が逃げ出すよりも早くメモリアが言う。


「石がしゃべった? あなたは一体……」


「腹話術だよ!」


「フィフスくんには聞いていません。そちらの石に聞いています。黙ってください」


「だ、だから腹話術……」


「私はハンドレッド。この情けないフィフスお兄さんが持つ竜の力と魂だ。キミのことは聞いている。光によって魔を狩る者……すなわち勇者の血族だな。よろしくどうぞ、淑女レディメモリア」


「は、はあ。よろしくどうぞ?」


「キミさえよければ仲良くしよう。フィフスお兄さんとも仲良くしてやってほしい。彼はどうも卑屈だ。このカッコつけを明るい話題で元気にしてやってくれ」


「おまえええええええええええええええええええ!?」


 僕の見苦しい言い訳が台無しだ。


 みじめな失敗が極まって僕は半泣きになる。

 メモリアはじっと怖い顔をしていた。


 竜の力とか魂とかキラーワードだよね。バレバレだよ。

 今にも剣を抜き放ちそうな剣幕で僕をにらむメモリアは――


「竜の力と魂? へえ、フィフスくん、あなたはやはりまっとうな人間ではないのですね。よくわかりました! 教えてくれてありがとう。ハンドレッドさん! あははっ!」


 コロッと笑顔になって上品に口元を抑えた。


 おかしそうに笑うメモリアは少しだけ息苦しそうだ。

 そ、そんなに笑うの? どこに笑いのツボがあったのかな?


 僕には理解できないんだけどね……


 箸が転がってもおかしい年頃ってやつだろうか。さっぱりわからない。


「わ、笑える要素があったかな……」


「フィフス。笑いは風だ。陰鬱いんうつな状況でこそユーモアが試されるのだ。レディメモリアは思ったより良い奴のようだぞ。がんばれフィフス。私は草葉の陰からキミの青春を見守る」


「もう、黙ってなくていいけど……少しは自重しろ……」


「私は草葉の陰からキミの青春を見守る!」


 やかましいわ、余計なお世話だ。放り投げるぞ。


 ハンドレッドはピカピカ明滅をやめてしゃべらなくなった。

 僕は次元の違う気まずさで、メモリアの方に向き直る。


 メモリアは怖い顔を……していなくて、未だに笑い転げている。

 「ご、ごめんなさい。笑いすぎました。し、失礼を」とはせき込むメモリアの言葉だ。


 彼女の笑いがおさまるまで待ってから、僕は恐る恐るたずねる。


「……あの、落ち着いたかな?」


「ええ、とんだ失礼をしちゃった。失礼ついでに質問をひとついい?」


「え、何?」


 ここまで来たら仕方がない。


 僕に答えられる範囲でなら竜の話にも答えてみせよう。

 答えられる話はハンドレッドと出会ったいきさつくらいかな。


 身構えていると、メモリアは少しだけ真剣な表情に戻った。


 メモリアは自分の胸を……心臓の位置を指で示す。


「あなたの血は何色かしら?」


 意表をつかれた僕は迷った。

 質問の答えは決まっている。


「赤だけど」


「そう、それはよかった。なら私はあなたを殺さなくて済むね」


「ぶ、物騒だな。それって脅しか何か?」


「いーえ、これでも真面目な話よ。私にとってはね」


 すっかり砕けた口調で話すメモリアはさみしそうな笑顔で受け答えた。


 困惑している僕にメモリアは更に混乱させるようなことを言う。


「勇者の血は紫色なの。私の血の色は青紫色」


「へえ、そんな人もいるんだ? 知らなかったよ」


「ううん、いないよ。普通はいない。人間の血はみんな赤色だから」


 僕はひどく見当違いのことを言ったようだ。


 メモリアは当たり前の話をする。

 

 人間の血は赤い。赤くない血の持ち主の話を、彼女は続ける。


「本物の悪魔の血は青い。フィフスくんにはこの意味がわかるかな」


「悪魔って村を襲った悪魔? あいつらの血は赤かったけど」


 メモリアが首を横に振る。


「違うよ。あいつらはしたっぱ。悪魔が使役する兵卒なの。魔王に近しい真なる悪魔の血は青いんだ。私はそいつらを殺すために旅をしているのよ」


「悪魔の血は青い……」


「そう私の血も少しだけ……いや、随分と青いんだけどね。あははっ」


 メモリアがおかしそうに空元気とわかるやり方で笑った。


 悪魔の血が青いからって、紫の血を持つメモリアが悪魔のはずがないのに。

 気にしているのかな? なら、励ますくらいしてもいいかもしれない。


 そうしよう。それがいいよ。たぶんね。


「気にすることないさ。メモリアはメモリアだろ。血の色なんて関係ない」


「あら、励ましてくれるの? ふふっ、ありがとう。うれしいな」


「僕だって竜だけどね。僕なんだ。だから同じさ。メモリアも僕のことを気にしないでくれると助かるな」


「へえ、自分のことを詮索せんさくするなって、そっちが本音? ふーん、なるほど、ハンドレッドさんが言った通りの意気地なしなのね。フィフスくんってば」


 いやいや、意気地なしって、どういう意味だよ。それは……


 言い返したい気持ちはあったけれど、余計なことを言って失敗するのが嫌だったので僕は苦く笑って誤魔化しておいた。誤魔化せてないかもしれないけど。


 僕とメモリアはお互いに半笑いで見つめ合って、ふっふっふと牽制けんせいし合った。

 ひとしきり、子どもっぽいやり取りに満足したところで、お互いにうなずく。


 メモリアは平手を振ってきびすを返した。

 去り際に、振り向いて言う。


「まあいいわ。フィフスくんも青い血の悪魔を見つけたら私に教えてちょうだい。そいつはこの世界に最悪の災いをもたらす。本当の意味での悪魔だから」


「青い血ねえ……そんなやつは知らないよ」


「それがいいわ。関わりがないならそれが一番! 青い血と赤い蜘蛛くもの名は不幸を呼ぶシンボルなんだから! どいつもこいつも生きていてはいけない奴らなのよ!」


 物騒な話をするメモリアは鼻歌を奏でながら立ち去って行った。


 青い血ねえ。赤い蜘蛛くもってなにさ?

 青い血の悪魔か、なにか大切なことを忘れているような気がするけれど……


 まあいいや。忘れるようなことなら大して重要な話でもないんだろう。

 作業を続けなくっちゃね。日が暮れてしまう。


 一休みした僕は騎士のみなさんに交ざって犠牲者の埋葬を進めた。

 ハンドレッドに「あまり人前でしゃべるなよ」と釘を刺したのだけど、僕が頼むまでもなくハンドレッドは不自然なくらいだんまりだ。


 作業が終わって、陽が落ちるまで、ずっと静かだ。気分屋なやつ……

 ただ一言だけ。


 暮れ時に、ハンドレッドは独り言をこぼす。


「青い血。青い災厄の獣か……ああ、そうだな。負けるなよ。フィフス」


 その意味を僕は間もなく知る。



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