第6話 魂の値札

「こんな出来事は私も見たことがありませんねえ」


 竜石の自己紹介を聞くリグレットが興味深そうに独り言をつぶやいた。


 見たことがありませんって、竜石を僕にくれたのは彼女だろうに。

 リグレットが言うところの獣の力……僕にとっては竜の力か。


 それを魔石に封じ込めることで僕は竜の姿から人間に戻ることができた。

 ……のだけど、竜石がしゃべり始めた状況はおもいっきり訳が分からない。


 だから僕はリグレットに助けを求めたのに。

 残念ながらリグレットもしゃべる石を見るのは初めてのようだ。


 念を押してリグレットにたずねる。


「見たことがないって、竜石とか獣石ってふつうはしゃべらないんですか?」


「ふつうは石がしゃべるわけないじゃありませんかあ」


「そりゃそうでしょうけど……」


 実際にしゃべっているわけだしさ。ムカつくくらいペラペラと。

 普通でないなら、僕の竜石はイレギュラーということになる。


 ハンドレッドは僕が魔石に封じた竜の力で僕の魂なのだという。

 うーむ、僕の魂ってなんだろう? ハンドレッドが僕の魂ならばここにいる僕は魂の抜け殻なのかな?


 そんなわけがないだろう。あってたまるか!

 僕が無い知恵しぼって考える間に、ノーブル先生とリグレットが言葉をかわす。


 二人はそれぞれの見解を順番に口にする。


「ふーむ、見たところ、この石には口ものどもないようだ。生き物とは土台で違う。発光を繰り返しているだけですね。こうして聞こえる声は錯覚なのですか?」


「声……実際に声が聞こえているのではなくて明滅に合わせて念話テレパシーのようなやり方で私らの知覚に訴えているのだと思いますねえ。ピカピカってねえ。フフフ」


「……念話テレパシーか。宮廷魔導士が連絡に使う水晶玉のようなものかな。なんにせよ、貧乏人には一生をかけても手が届かない高級マジックアイテムのようだ」


「え、ええ? なんの話ですか、先生?」


 聞きなれないワードの連発で僕は混乱した。


 混乱したから話を整理しよう。

 えーっと、宮廷魔導士っていうのは僕らが属する王国の中央で働いている偉い魔法使いの名前だ。


 聞くところによると魔法使いのみなさんは遠く離れた場所にいる相手とも言葉を交わせるらしい。たとえばノーブル先生が言ったみたいに水晶玉を使って相手の姿を映し出して通信する……という具合に。


 水晶玉がマジックアイテムとして、王国の魔法学を結集した超高級品に違いない。

 僕が持つ竜石は、それ以上の価値を秘めているのかもしれない。


「ということは」


 僕は背筋が寒くなった。


 僕は孤児院育ちの貧乏人だからね。

 お金になる話はうれしいけれど度が過ぎるとこわくなる。平凡な感性の持ち主だ。


 でもお金は魅力的だね。

 特に村を焼かれて困っている僕たちにとっては!


「せ、先生、こいつを売ったら孤児院の再建に役立つんじゃないですか?」


「待てフィフス。キミは私を売ると言ったのか? 自分の魂を?」


「なんだ。聞こえなかったのか?」


「はあ? キミにはプライドというものがないのか? ジョークのつもりなら笑えもしない。旅芸人に師事して、ユーモアセンスを磨いた方がいい。一芸を得れば職にもつながる。金銭を得るなら地道に働きたまえ。そちらの方がいいぞ」


「ぐっ、やかましい! おまえは黙ってろ!」


「黙れだと? キミは自分に値札が付けられようとしているときに、黙っていられるのか? ナンセンスだ。私は心ある存在だ。ゆえにキミと同じだけの権利を主張する」


「石に権利なんかないだろ……」


「頭を使いたまえ。これを否定するということは、キミがキミ自身の尊厳を足蹴にするのと同じことだ。私はキミと、キミの恩師に賢明な判断を期待している」


「うんうん、そうですねえ。私もせっかくのプレゼントを売っ払われてしまうのはあ、ちょっと悲しいですう。ちょっとだけねえ……」


「ほらみろフィフス。こちらのご婦人もこうおっしゃっている」


「そ、それは、すみませんでした」


 僕を助けるために魔石をプレゼントしてくれたリグレットの気持ちを軽んじていたのは落ち度だ。僕はあわてて頭を下げた。


 リグレットはあわてる僕を見ておかしそうに笑っていたから本当に気分を害したわけではないようだけどね。


 状況は1対2で、僕が不利だ。

 だけど先生! 先生なら僕の言い分を認めてくれるに違いない。


 だって孤児院を再建できなければ子どもたちの居場所がなくなってしまう。

 無い袖は振れないのだし、何事にも先立つものが必要だ。


 村の善意で運営されていた孤児院に金銭のたくわえはない。

 村の財産も悪魔に焼きはらわれてしまった。


 ならば、竜石に価値を見出すことになんの間違いがあるだろう?


「先生! 先生ならわかってくれますよね! この石を売れば孤児院を再建する助けになります。子どもたちにひもじい思いをさせずに済むんですよ!」


「ああそうだね。その石を売れば孤児院を再建するだけではなくて隣町の一等地に住宅を構えてもありあまるほどの金銭をえられるだろう。すばらしい名案だ」


「でしょう? だったら!」


「だけど必要ない。フィフスくんの気持ちだけ、ありがたく受けとっておくよ」


 1対3だ。僕の提案を認めながらも先生は首を横に振った。


 どうしてだろう? 現実を見るならどう考えてもお金は必要だろうに。


 納得できない僕は先生を見つめ続けたけれど先生は何も言ってくれない。


「おかしいですよ。そりゃあリグレットさんには申し訳ないかもしれませんけど、お金がなければ生活ができない。隣町に生活の拠点を移すなら、なおさらでしょう」


「なんだフィフス、キミには恩師の心配りがわからないのか?」


「うるさい! おまえは黙ってろ!」


 やかましく明滅する竜石に怒鳴りつけた。


 僕が改めて先生を見つめると先生は静かな面持ちでうなずいてくれた。

 先生は僕の言葉のすべてを否定することは決してしない。


 子どもたちの面倒を見るときでも同じだ。

 この時もそうだ。


「そうだね。お金はかかる。絶対に必要だ」


「でしょう?」


「新しい生活をするには周囲の理解も必要になる。身寄りのない子どもたちをこころよく思わない人は大勢いるからね」


「でしょう!」


「こいつらは厄介者だと思われない一番の方法は財力だ。キミのアイデアは魅力的だよ。正直に言えばすがりたいとも思う」


「ならどうして」


「でもね。その魔石に秘められた力はキミの“魂”なんだろう? ハンドレッドくんが言った通りだ。値札をつけるものではないよ。私はそう思う」


 僕は呆れた。


 先生は大人で現実的に考えられる人だと思っていた。

 心だとか魂だとか不確かで甘い話をするなんて!


 道理としては先生の言い分が正しいだろうけど、今はそれどころじゃない。

 非常時には臨機応変りんきおうへんがなければいきづまってしまう。


 納得できない僕は竜石をきつくにぎりしめて先生を見た。


 にらむ非礼はしないけど、僕は強い言い方をする。


「魂って関係ありませんよ。こいつが勝手に言っているだけなんですから」


 先生は少しだけ悲しそうに瞳を揺らした。

 口元を優しくほころばせて僕をさとすように伝える。


「同じことだよ。フィフスくん。キミは私の教え子だ。ハンドレッドくんがキミの魂であるのならば、その彼もまた私の大切な教え子だ」


「だから魂じゃないですってば……」


「そうかな? その理屈っぽいしゃべり方は幼いころのフィフスくんにそっくりだよ。キミは覚えていないのかもしれないけれどね。私にしてみれば懐かしくてうれしい気分だ」


「先生……」


「私はフィフスくんの言葉もハンドレッドくんの言葉も疑うつもりはないよ。私にとってはどちらも可愛げがある。同じことだ」


「いやはや照れるな。私にとっても、あなたは恩師のようだ。ノーブル先生」


「だ~か~ら~、おまえは黙ってろってば!」


「そういうところさ。兄弟みたいで可愛げがあるよ。ふたりとも」


 ノーブル先生がおかしそうに笑っていた。見ればリグレットも呆れた表情をしている。


 僕と竜石ハンドレッドを見つめて先生は話の最後に教えてくれる。


「だからね。フィフスくん。私は教え子に心を売らせてまで何かを得たいとは思わないんだ。もちろん、それはキミだけではなくて、子どもたちに対しても同じことだ」


「むう……」


「これから苦労はする。子どもたちにも辛い思いをさせるだろう。でもお金の工面だけは私が町の有力者にかけあってなんとかしよう。約束するよ……あの赤いお嬢さんの力を借りてもいいさ」


「え、メモリアの?」


 藪から棒にメモリアの話をされて僕はきょとんとした。


 金銭のやりくりに関しては先生がここまで言ってくれるのだから僕が口をはさむ余地はない。やっぱり僕はまだまだ子どもで何につけても至らないのだろう。


 そんな感慨が吹っ飛ぶくらい、付け加えられたメモリアの話題は想像の外だった。

 リグレットがニチャリと口元をゆがめたのは見間違いか?


 先生は星空を見上げて深いため息をつく。


「なんとかなるさ。なんとかしよう。フィフスくんも安心するといい」


 前向きとは違う。予定調和を認める投げやりな言い草だ。

 どうして状況を楽観できるのかと、僕は思わず尋ねそうになった。


 ふと、優しい先生には似合わない皮肉っぽい笑いがこぼれる。


「なにせ彼女は勇者様だからな」


「へ?」


「長くなったね。さあフィフスくんも寝なさい。火の番は私がするから」


 ノーブル先生にうながされた僕はひとまず眠りについた。


 聞きたいことはいくつかあったけれど疲れていたからね。

 時間はたっぷりあるのだから、一度に聞かなくてもいいだろう。


 ――“勇者”。

 僕がその言葉の意味と力の本質を知るのは数日後。


 隣町にむかったメモリアが王国の騎士団を連れて戻ってきた時だ。


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