第5話 化身ハンドレッド
陽がしずんだ後、僕とリグレットは丘へとやってきた。
丘の上で先生と子どもたちが
僕の足音に気づいた子が「あ、フィフスお兄ちゃん!」と手をふってくれた。
僕は大きく手をふりかえして団らんの場にたどり着く。
ノーブル先生がいつものようにおだやかな表情で僕を出迎えてくれた。
子どもたちがやいやいと僕のまわりでさわぎたてる。
ノーブル先生が教えてくれたところによると、メモリアは村で起こった事件について知らせるために隣の町へひとりでむかってくれたのだという。
本来ならばノーブル先生が適任なのだけど、子どもたちを置き去りにするわけにはいかないし、村も孤児院も焼けてしまったし、死体がバラバラしている村に子どもたちを連れていくなんて冗談じゃない話だ。
今ここにいる子どもたちは村で起こった悲劇を何も知らない。
僕が村で助けた生き残りの子らはメモリアが隣町まで連れて行ったらしい。
細かなところに配慮をしてくれるメモリアは人間ができている。
メモリアと顔を合わせたくない僕には、ありがたい話だ。
そういうわけで、先生と子どもたちは丘の上でくつろいでいるらしい。
食料の問題だけど、メモリアが最低限の水と食料を村から回収してくれたおかげで夜露さえしのげば数日は野宿を続けられるのだという。
慣れない野宿で子どもたちの体力が持つかは心配だけど、今は信じるしかない。
リグレットは団らんに加わることなく、少し離れた場所に座っていた。
素肌に布を巻いただけの過激な服装は幼い子どもたちの目に毒だから助かるけど。
紹介すると言って連れてきた僕は少しだけ気まずい。
談笑が終わって子どもたちを寝かしつけたころに。
「話はあの赤いお嬢さんから聞いているよ」
「先生」
「村のことは本当に残念だった。今は彼らを弔うこともできないが、状況が落ち着いたらみんなで必ず、この村に戻ってこよう」
「ええ、はい……」
メモリアから話を聞いたと先生は言った。
どこまで知っているという話なのか、僕は考える。
僕は竜になって悪魔と戦った。
やつらを力の限りに殺しつくした。
メモリアはすべてを見ていたはずだ。
彼女は事実を先生に伝えたのだろうか?
僕はどんな顔をして先生と話せばいいのだろう。
うーん、わからない。頭の中がぼんやりする。
気を利かせてくれたみたいにリグレットが近寄ってくる。
「子どもたちはすっかりおねむですねえ。待ちくたびれましたよお」
「ご配慮に感謝しますよ。ところでフィフスくん。こちらのご婦人は?」
「え?」
「……おいおい、フィフスくん。疲れて眠いのはわかるがしっかりしろ。彼女をここに連れてきたのはキミだろう。失礼だと思うぞ。そういう気の抜けた対応は」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
ぼーっとしていた僕は、大慌てでリグレットに頭を下げた。
色んなことがあって頭の中がキャパオーバーしているとは言っても、礼節は守らなければならない。招待した客人に失礼だ。
僕は一呼吸おいて気持ちを落ち着けてから、微笑むリグレットを平手で示した。
ご紹介しなくてはね。
「こちらはリグレットさん。僕が道に迷ったところを助けてもらったんです」
「なるほど……私の教え子が世話になりました。ようこそ、歓迎しますよ。ご覧の通り屋根のない場所ですが、ゆっくり休んでいってください」
「ええ、はあい。ピクニックだと思ってお邪魔させていただきますう」
リグレットは
身にまとう布が火の粉で焼けるんじゃないかと心配になったけど、衣服が彼女の言うところの“獣の力”の具現化なのだとすれば、心配はいらないのかもね。
うーん、獣の心とか獣の力とか、結局、何の話なんだろう?
リグレットも僕と同じように何か動物に変身できるのだろうか?
素朴な疑問がもたげはじめたころに、ノーブル先生が僕に話題を振る。
「それでフィフスくん。道に迷った……とは?」
「え? それは……」
「どういうことかな? キミはあの赤いお嬢さんと村に向かったはずだろう? それがどうしてリグレットさんといっしょに? 状況がイマイチ掴めないんだけどな」
「え、いや、その……それは……」
竜から人間の姿に戻る方法を教えてもらったんです!
と、さっぱり言えたならどれほど気が楽か。
ノーブル先生は僕が竜になったことを知らないらしい。
メモリアは村が悪魔に滅ぼされた事実だけを伝えたのか。
考えてみれば当然かな。人間が竜になったなんてバカな話を誰が信じるのか。
話したところで心のやまいを疑われるのがオチだろう。
よかった一安心だ。僕は方便を探して答えようとする。
悪魔に怯えてひとりで村から逃げ出した。それが状況としては理にかなっている。
僕は悪魔から逃げ続けて、山道に迷ってリグレットに出会った。
いいんじゃないかな? そうしよう!
……思った矢先に、望まない声が聞こえる。
「悪魔と戦って竜の姿から元に戻れなくなったからだよ」
ノーブル先生ではない。リグレットでもない。
もちろん僕の発言でも腹話術でもない。
居合わせた誰の声でもありえない。
音源は僕がふところにおさめた“竜石”だった。
りゅ、竜石? どういうことだ?
僕があわてて
光に合わせて、朗々と響く声が聞こえる。
「フィフス。キミはその危機をリグレットに救ってもらったのだろう? 隠し事は感心しないな。キミは恩師にウソをつくのか? それはあまりにも情けない」
「お、おまえ、誰だ!?」
「マジックアイテムか……めずらしい物を持っているんだね。フィフスくん。それは、リグレットさんからの贈り物かな?」
あわてる僕を見て、ノーブル先生がおかしそうに口元をゆるめた。
僕はいたずらをとがめられている子どもの気分だった。
リグレットが意地悪くケラケラのどをならしている。
底抜けに恥ずかしくなった。
なにもかもお見通しだと言いたげなノーブル先生にウソはつけず、望みもしない“声”が竜の秘密を暴露した後で、ウソをつくのは不自然すぎる。
僕は観念した。
胸を痛めて、本当のことを言う。
「先生」
「なにかな」
「僕は悪魔と戦いました。竜になって悪魔を殺したんです」
先生は黙ってうなずいてくれた。
僕は手をかたく握って無言の対応に耐えていた。
自分ながら、たどたどしい語りだったと思う。
ウソをつくのでなければ、本当のことを伝えるしかない。
僕はうつむきながら精一杯に声を絞り出す。
先生は静かな面持ちで聞いてくれる。
「村を救うことはできなかったけど、それでも……僕は間違ったことをしたとは思いません。たった数人でも子どもたちを助けることができたから」
「よく話してくれたね。私はキミを誇りに思う」
「……驚かないんですか?」
「言っただろう? 赤いお嬢さんから話はすべて聞いている。黙っていただけだ」
なにごともなかったかのように先生がフッと息をついた。
先生は最初からお見通しだったらしい。
くよくよ悩んでいたのがバカらしくなる。
バカらしいと言えばもうひとつ。
明滅する竜石から聞こえてきた声の主に、僕は文句を言いたい。
「おい、おまえ」
「おまえとは誰だ? 察するに私に声をかけているようだが、キミには礼節がないのか? 礼節は文化だ。文化を知らないとは情けない話だ。フィフス、キミは情けない猿だな」
言いたい放題。僕は言われたくない放題だ。
ノーブル先生とリグレットがそろってきょとんと目を丸めている。
こ、これでも僕は自分を温厚な人間だと自負しているんだけどね……
これだけはっきりとコケにされて苛立たないのは鈍感なやつだけだろう。
僕は怒ったさ! 怒ったとも!
こーんな! 子どもっぽい怒りを覚えたのはひさしぶりだ!
「ば、バカにしやがって! おまえは誰だ!? なんで石がしゃべるんだ!?」
「質問をひとつに絞りたまえ」
「おまえは誰だ!?」
「私はハンドレッド。キミがこの魔石に封じた竜の力そのものだ」
「りゅ、竜の力?」
「そうだ。いわばキミの分身と言える。私はキミ自身とも言えるわけだな。しかし自分に向かって『おまえは誰だ』とは実に哲学的だ」
「は、はあ?」
「フィフス、キミには考え事の才能があるのかもしれない。せいぜい人生という暗い夜道に迷わないように気をつけたまえ。はっはっはっ」
む、ムカつく。うまいこと言ってやった感を出しているのが余計にムカつく。
殴れるものなら殴ってやりたいけれど硬い石をグーで殴って怪我をするのは僕に決まっているのでやめておいた。
竜の力そのもの? 僕の分身? なんの話だ?
僕は困ってしまってリグレットを見たけれど、竜石をプレゼントしてくれた彼女も不思議そうに首を傾げるばかりで気の利いた回答をよこしてはくれない。
結局は、自分で考えるしかない。
「……は、はあ? おまえは一体なんなんだ?」
「よくぞ聞いてくれた。繰り返しになるがキミの期待に応えて自己紹介をしよう」
誰も期待していないと思ったけど、茶々を入れずに黙っておいた。
竜石は僕とは思えない
「私はハンドレッド。私はキミが持つ竜の力と魂だ。よろしくどうぞ」
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