5 魔法使いの現状

「ごちそう様でした」

「? ……ごちそう、さま。でした」


 またまたわたしの真似をして、命に感謝するダオ。

 可愛いキャラじゃないはずなのに、なんか……こう……。

 いや、やめておこう。

 もしかしたら、わるい奴かもしれない。

 危ないところでしたよ、ええ。


「手伝うよ」

「いいから、座ってて」


 食器を片づけようとすれば、自然と席を立つ。

 あのさ、……本当に女性慣れしてるよね?

 むしろ無意識だったら末恐ろしい。

 さぞおモテになってたでしょうね?

 こっちは一人に慣れに慣れ過ぎた魔女だぞ、やめてほしい。




「……で?」


 ささっと片付けて、本題に入る。

 ここまで来て、自分の正体を隠すなんて……しないでしょうねぇ?

 食べ物の恨みは恐ろしいわよ。


「もちろん、俺のことなら何でも話すよ」

「じゃあ、なんであそこに倒れてたの?」

「あぁ、先にそっちからでいいか」


 そっちって、どっちよ。


「色々あって祖国から逃れて、国を出てから一番近くの魔法使いの集落に落ち延びたんだけどさ」

「待って、すでに辛い」


 街じゃなくて……国から!?


 いや、たしかに。

 魔法使いは、大昔こそ英雄だったけど。

 時代と共にその数が減るにつれ、差別されることが増えていった。

 まぁ、権力者みたいに自分以外が力を持つのを面白がらない人もいれば、単純に強い力を過剰に怖がる人もいるし。

 ある程度平和になった時って、大体そう。

 共通の敵を持つことで連帯を図る的な?

 やだわー、前世でも規模はぜんぜん違うけど、悪口を言うか言わないかで踏絵するみたいな慣習、昔はあったよね~。


 そうした人たちを保護するのも大魔女の役目で、魔法使い同士のコミュニティや、魔法使いが助け合って築いた集落がある。


 一般人には怖がられるとはいえ、大魔女の力で国の有力者とは魔物の件で対等に取引できてるし、魔法使い同士の結束もあるしで、地域を追われることはあっても国自体を追われることはそうそうないはずなんだけど……。


 なにがあったんだ、一体。


「……その集落に滞在していた大魔女に、言われた。『永遠の樹』を目指せと」

「へぇ……?」


 永遠の樹。

 つまり、寿命がない樹。


 成長を司る恵土の魔女の力が、滞りなくこの世の中に継承されているシンボルだ。

 最初の地の大魔女となった者がその象徴として育て始めたらしい。


 その出会った大魔女が言うなら、意味があるんだろうけど……。

 そんな意味深で遠回しなことを言うのは、きっとあの人だろう。


「次期恵土の魔女ってことは、グランローズ殿の弟子なんだろう?」

「そうね。……グランローズ様には会えたの?」

「いや、魔法使いの集落を転々としながら目指してたんだが……」

「?」


 そういうと、おもむろに右手の甲を突きだした。


「……印?」


 そこには、魔力の影響で現れたであろう、なにかのしるしがあった。

 けど、こんなの見たことない……。

 どこか、禍々しい。


「見たことないか? 呪術だ」

「──え!?」


 呪術。つまり、呪い。

 今は大魔女が魔法使いたちに使用を禁じている。禁術だ。


 大昔、魔法使いが迫害され始めたころに流行った術で、自分の魔力をなんらかの方法で相手に送り込み、蝕む。

 虐げられるいわれのない魔法使いたちは、一部が魔力をもたない者たちに反抗し、この術を使った。

 ……けど、圧倒的に魔法使いの方が数が少なく、反抗するより、魔法使いが退いた方がお互い被害が少なくすんだために次第に廃れた。


 むしろ今の世に、使い手がいるなんて……。


「──俺は、テオレムの出身だ」

「! なんてこと……」


 コミュニティすら築けないほど、魔法使いが極僅かしか存在しない国テオレム。

 ここより遥か北に位置し、そこには大魔女すら干渉できず、また魔法使いへの扱いは比べものにならない程ひどいらしい。

 国が、魔法使いを戦力として徹底的に個人を管理するのだ。

 いわば、魔物の討伐と戦争用の道具としてみている。


「まさか、国を追い出されたって……」


 それほど、魔法使いであるというだけで……。


 ん?

 いや、待てよ。

 戦力として魔法使いを確保したい国が、追い出すか……?


「誤解しないでくれ、俺はわりと上手くやってた方だ。戦果もあげたし、幸い魔法だけでなく剣も得意だった。王の近衛騎士にものぼりつめて……ハニティの想像しているよりかは、いくらかマシな生活だった」

「そ、そうなんだ」


 だったら、なんで呪いなんか……。


「……とはいえ、あの国の魔法使いに対する嫌悪はすごい。……同僚にも良く思われてなかったらしい。近衛騎士に出世した俺を妬んだやつに、嵌められたんだ」

「ど、どんな……」

「王の側室の一人に金を積んで、俺と寝てこいと指示した」

「まさか、その現場を──!」


 王は見た! みたいになったの!?


「──いや。そうしたら今度は側室ではない王の愛人のうち数人が、その役目を自分に譲れと騒いだらしい」

「え゛」


 修羅場の予感。

 というか、魔法使いでも大変なのに、美形だと更に大変なのか。

 気の毒すぎる。


「収拾がつかなくなった奴は、自棄やけになって深夜俺の寝室に全員をけしかけたんだ」

「え、ええぇ」


 ずいぶん、……豪快なハニートラップだな。


「と言っても俺だって相手が誰かは分かっているし、そんな趣味もない。こんな現場見られても王に通じる訳ないと思ったんだが……甘かった。……奴は、念を入れてその女のひとりに国宝を持たせていたんだ」

「……それを、部屋に忍ばせたってこと?」

「そう。女の方は弁解できても、それに関しては無実の証拠がない。……なんせ、その日の宝物庫の番は俺と奴だったからな」

「うわぁ……」


 その同僚、どんだけ妬んでるんだ。

 いや、そもそも魔法使い関係なく。ただ美形で仕事がデキるから妬んでたのでは……?


「王の女性達への溺愛ぶりは有名だからな。……元々、近くに俺がいるのも気に食わなかったんだろう。痛めつけても自分が望む答えをいわない俺に、国のお抱え魔女……まぁ、愛人だな。そいつに呪術をかけさせた」

「そんな……」


 そうか。昔から国を挙げて魔法使いを戦力としているなら、それに関する書物が残っていても不思議ではない。

 閉鎖的な国なら、それが国外に流出することもない。


「この呪いは生気とともに……魔力を蝕む。力尽きる前に、ここの魔力に自然と反応したんだろうな。……気付けばここで、行き倒れていた訳だ」

「その……、グランローズ様に会えと言った魔女は……呪いについては?」


 彼がわたしの料理で元気がでたのは、血流や魔力の巡りが良くなった訳じゃない。

 そもそも魔力自体が、不足していたんだ。


 ただでさえ、その美貌で女性の注目を集めるダオが気に入らなかった王。

 魔力がなければ魔法使いは要らないと。

 戦力にならなければ、存在が必要ないと。

 それで、国から追い出したんだろう。

 ……力尽きたとて、構わないという風に。

 自分で命を奪わなかったのは、最後の情けなんだろうか。


 しかし、治癒魔法か……。

 呪術とおなじ、魔法使いの数が減ると同時に廃れてしまった魔法。

 禁術ではないが、使い手がいない。

 彼の呪いを解けるのは、呪いをかけた本人か、治癒魔法の使い手だけだろう。

 ──なら。


「シークイン殿か? いや、特には……」

「……そっか」


 どうやら、別の方法を考えるしかないようだ。

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