隣の席の七瀬さんに、100日間『好きだよ』と言い続けた結果。

雨宮レイ.

隣の席の七瀬さんに、100日間『好きだよ』と言い続けた結果。

 





 高校二年の春、俺──立花タチバナケイは隣の席の七瀬さんに100日間『好きだよ』と言い続けた。


 その結果──



「嫌いっ!!!! 立花くんなんて大っ嫌い!! ほんと……っ、もうっ、やだ……っ!!」



 ──……軽くキレられながら大号泣された。

 






 ◇ ◇ ◇

 





 俺の通う学校にはアイドルがいる。

 いや、正確にはテレビに出てる歌って踊るあのアイドルではなく、もっと身近な学校のアイドルってやつだ。


 美人か可愛いのどちらかに極振りされてるわけではなく、ちょうど真ん中くらいの良いとこ取りの整った顔立ちに、社交的で明るい性格。文武両道の彼女は、人を惹きつけるオーラがあっていつも大勢の中心にいる。



 顔よし、性格よし、スタイルよし。



 美少女の三大原則を余裕でクリアしている彼女──北条ホウジョウ椿ツバキは正しく学校のアイドルである。




 そんな彼女を好きじゃない男なんて、彼女持ちのやつ以外いない! と言わ……、いや、なんなら彼女持ちのやつも一度は北条に心を奪われた事があるやつがほとんどなんじゃないかとまで言われるほどの美少女。


 ……だが、しかし!! そんなのはただの噂であって事実じゃない。

 なぜそう言い切れるかって? そんなのは簡単だ。



 一目見たときから俺は彼女ではない女子──七瀬ナナセひなみが好きだったからである。

 多くの人に囲まれる美少女の親友であり、いつもそんな北条の隣にいる七瀬に、俺はもう半年も片思いしている。



 この世には『類友』なんて言葉があって、それは事実だと彼女たちを見れば一目瞭然だ。

 美少女である北条といつも一緒にいるメンバーもほぼ全員美男美女。これが格差社会か……、なんて思っても彼らとの明らかすぎる歴然の差にもはや悲しみすら湧かない。


 そんなわけで、美少女の親友の七瀬自身も北条に負けず劣らずの美少女ではあるのだが、北条との大きな違いが一つ。



 それは、彼女があまり人前に出るタイプではないということだろうか。

 

 じゃあなぜ俺がそんな彼女を好きになったのか。……それはぶっちゃけ、かなり単純な理由だ。


『放課後・美少女・傷ついた猫』これだけ言えば大体想像がつくだろう。

 傷ついた猫をそっと抱き上げ、優しそうに包み込み、優しく『もう大丈夫だよ』と話しかける彼女!!



 あぁ、認めよう。俺は単純だ。単純な男だ。でも仕方ないだろ? 『恋は落ちるもの』ってどっかの誰かも言ってた。俺は落ちたんだ、恋に。彼女に。


 優しく美しい彼女のそんな姿に、俺は目だけでなく心も奪われた。





 あの日から半年、彼女とは生きる世界が違った俺は一度も彼女と話すことのないまま、……それどころか多分俺は彼女に認知すらされていないまま、気がつけば高校二年生になっていた。


 でも、だからこそ、この状況は正直チャンスだと思った。


 何度も見てきた『七瀬ひなみ』と言う名前。それが俺の名前の隣にある。こんなチャンス、二度とないと思った。

 さらに教室に二人きりというシチュエーション。

 これは神様がくれた一生に一度の幸運だとまで思った。このチャンスを逃すわけにはいかないと。


 なんて、興奮と、期待と、緊張にのまれた俺は────




「ねぇ、七瀬さん、俺が好きだって言ったら、どうする?」




 ──と、意味不明すぎる唐突な告白言葉(?)を、これまた意味不明な態度で口に出していた。

 







「…………はい?」



 その反応は正しいだろう。明らかに戸惑っているのが目に見えてわかる。

 しかし、キョトンとし、意味がわからないと言った様子で俺を見る彼女の表情に嫌悪感などの負の感情は見られず、不意に彼女の優しさが垣間見えた気がした。……が。



「えっと……ごめんなさい、かな?」



 首を傾げながら、苦笑を浮かべてそう言葉にする彼女。

 ですよねー……。と、一気に体の力が抜けたのは仕方がないことだと思う。



(俺は振られた。振られたんだ……。さらば俺の半年の片思いよ……)


 なんて感傷に浸るのも今だけは許してくれ。

 傷ついた心と向き合い、持っていた彼女への気持ちを静かに心の奥底へと押し込める。


(あー、やっちまった……、二年の初日から何やってるんだ俺は……)


 救いなのは、まだ早い時間なのもあってこの教室に俺ら以外まだ誰もいないということだろうか。

 こんな俺の惨めな姿誰にも見られなくてよかったと心底思うと同時に、これからどんな態度で彼女の隣の席にいれば良いのかと、心底居心地が悪い。


 

 シン──、とした気まずい空気が教室全体に広がる。

 


 初日からこんな気まづい思いを彼女にもさせてしまっていることに申し訳なさを感じ、なんとも居た堪れない気持ちになる。

 

 

「えっと、立花くん?」

「えっ!?」

「えっ!? えっと、名前、立花くんじゃ──」

「あ、あってる! 立花! おれ、立花ッ!」

 

 

 食い気味に声を上げれば、彼女はホッと肩を撫で下ろし「よかった、間違えちゃったのかと思ったよ」と、少し照れ臭そうに笑う。

   なんとも不格好な自己紹介だ。でも、今はそんなの気にならないくらい俺は内心舞い上がっていた。

 


 半年間好きだった彼女、その彼女が俺の名前を呼んだ。いや、それ以前に俺の名前を知っていた。認知されていたんだ。 

 それはもう、脳内ハッピーどころの話ではない。祭りだ! 宴だ!! 今日の晩飯は赤飯だ!!! と、完全に舞い上がっている。

 

 

「クスッ……、立花くんって面白いね」

「ほへっ!?」

「ふふっ、かわいい」

 

 

 何をどうしてそう思ったのか、俺には彼女の思考が全くと言っていいほど分からなかった。しかし、クスクスと可愛らしく笑い、こんな俺をかわいいと言う彼女……

 


(七瀬さんの方が可愛いよ!!!!!)


 ──と、危うく叫びそうになるのをなんとか抑え、にやけそうになる顔を彼女から顔を逸らすことで見られるのを回避する。

 

 

「これからお隣さんだね、よろしくね」

「あ、あぁ、よろしくな」

 

 

 俺に向けて……、俺だけに向けられたその笑顔は俺には眩しすぎて。

 あまりの可愛さに鼻血を吹き出しそうになるのを俺は必死に耐えるのだった。

 




 その日から、俺と七瀬さんはお隣さんになった。

 

 お隣さんだから距離がグンと近づ……くわけもなく。でも挨拶したり、授業中隣の席だからとペアになったりと、前より距離は近づいたと思う。確実な変化だ。

 

 そしてもう一つ変わったことがある。それは──

 

 

「おはよう。七瀬さん」

「立花くん、おはよう」

「七瀬さん、今日も好きだよ」

「……あ、ありがとう?」

「なんで疑問形?」

「だ、だって、なんて答えればいいかわかんないんだもん!」

 

 

 そう、少し困った様に、少し照れ臭そうに笑った彼女に、「たしかに」なんて言葉を返して笑いながら俺は隣の席へと腰を下ろす。

 


 お隣さんになってから、この挨拶は朝の恒例となっていた。

 この一ヶ月、毎朝挨拶と一緒に彼女に『好きだよ』と言う言葉を伝えてきた。

 

 最初こそ戸惑い、若干引かれていたものの、最近ではようやく慣れてきたらしく冗談だと受け流し、まだ少しの戸惑いこそあれど、普通に会話できるようになった。

 認知されていなかったはずの俺が、たった一ヶ月でここまで来れたのは大きな変化だと思う。

 

 



 

 ◇ ◇ ◇

 



 

 

「あぁぁぁぁ!! りりちぃ今日も可愛いっ!!」

「いや、立花よく見ろ!!! どう考えてももちょの方が可愛いだろ!!」

「いや、何言ってんだ、どう見てもりりちぃだろ!」

「いいや、もちょだ!」

「そこまでいうなら黒瀬に決めてもらおうぜ」

「あぁ、そうだな。黒瀬、どっちが可愛いと思う!?」

 


 

 夏が近づいてきて暑くなってきた今日この頃。そんな中でも変わらないいつもの光景。


 俺の手にはアイドル誌が握られていて、開かれた見開きページには推しアイドルであるりりちぃの写真が大きく載っている。

 そして、俺と言い合いをしている東雲の手には俺と同様アイドル誌が握られていて、リリちぃと同じアイドルグループのメンバーの一人が載っていた。

 

 そんな俺たちのアイドル話を興味なさげに聞いているもう一人の友達ダチの黒瀬は、突然話を振られて嫌そうに顔を歪ませた。

 

 

「なんで俺に振るんだよ」

「いや、ここは第三者に決めてもらうべきじゃん!?」

 

 

 渋い顔をする黒瀬に俺がそう言えば、東雲も「そうだそうだー」と乗ってくる。

 


「えー……、じゃあ、この子?」

 


 いつもの俺たちの絡みに小さく溜息を吐いた黒瀬が少し悩んでから指を指したのは、ページの端に小さく載ったグループ写真で、グループの中でもどちらかというとあまり目立たないタイプの女の子だった。

 

 

「へぇ、黒瀬ってゆいにゃんみたいな子がタイプなんだな」

「……というより、ぶっちゃけみんな一緒に見える」

「失礼だなっ!! りりちぃに謝れッ!!」

「そうだそうだ! もちょに謝れ!!」

「いや、しょうがねえだろ? 俺そっちには興味ねぇんだし」

「今ならまだ間に合う!! 黒瀬!! 好きになってくれ!!」

「それならもちょがおすすめだぞ!! もちょはいいぞ!! ダンスで揺れるあの豊満なおっぱい!!!! 最高だぞ!!」

「おまっ、そんな目で見てんのかよ!!」

「どうせ立花も似たようなもんだろっ!!」

「いいや、俺はそんなことねぇ!!! 純粋にりりちぃの頑張る姿を応援したいだけだ!!」

 


 こんなくだらない会話。それが俺と東雲、それから黒瀬の日常だった──はずなのに……

 

 

 



 

「立花くんって、メンクイだよね」

 

 

 翌日、いつも通りの朝。俺はいつも通り隣の席の七瀬さんに『好きだよ』と挨拶をしていた。

 しかし、いつもなら少し照れながら、あるいは少しはにかみながら『ありがとう』なんて返してくる七瀬さんだけど、今日は違った。

 

 ぷくっと頬を少しだけ膨らませて、なんというか……、不機嫌?そう思わせる表情だった。

 そんな顔も可愛いよ!!! なんて言葉が喉まで出かけるが、流石にそれは今じゃないと、慌てて飲み込む。

 


「えっと……、え??」

 


 突然の言葉にどう返していいかわからず、聞き返してしまう俺。

 相変わらず目の前の七瀬さんの頬は膨れたまま。

 

(……うん、可愛い)

 

 

「立花くんは顔が可愛い女の子が好きなんですよね」

 

 

 逆に聞きたい。顔が可愛い女の子を嫌いな男がいるのか、と。

 

 

「そうだな……、嫌いじゃないけど、なんで?」

 

 

 俺がそう聞き返せば七瀬さんの可愛い顔はより可愛くなる。 

 ……リスみたいだ。なんて思ってるのは口が裂けても言えないけど。

 

 

「そうなんですね。やっぱりアイドルやれるくらい可愛い子がいいんですね!」

「え、ん?? そんなことないけど……、え? どういうこと??」

「だ、だって……」

 

 

 突然なんでそんな話が出たかわからなくて、戸惑う俺。

 なんで? と聞けば、彼女は何か言いたそうに、でも言えなさそうにその口を噤んだ。

 

 

「……うーん、確かに顔が可愛い女の子は好きだし、どっちかっていうと面食いかもしれないな」

 

 

 だって実際、美少女の括りに確実に入るであろう七瀬さんのこと好きだし。

 七瀬さんもりりちぃも顔面偏差値はめちゃくちゃ高い。そんな二人のことを好きだと言いながら、俺は面食いじゃない!! なんてそんな言い分はきっと誰にも通用しないだろうし言うつもりもない。

 

 それに、好きな子には堂々と『世界一かわいいよ!!』って俺は言いたい。

 

 

「やっぱり、そうなんですね……」

 

 

(……うん?? やっぱり?)

 


 俯き表情を曇らせたように見える七瀬さん。

 そんな彼女が何を考えているか、俺には全くと言っていいほどわからない。

 


(俺、なんかやらかした??)


 

 そんなことが脳裏をよぎるが全くと言っていいほど記憶にない。

 なぜ、七瀬さんがそんな顔をするのか、俺には全く見当がつかないのだ。

 

 さっき余計なこと言ったかと考えても、面食いなのを否定しなかったことぐらいしか思い浮かばない。 

 戸惑う俺の態度がどうやら気に食わなかったらしい。そのまま七瀬さんはプイっと俺から顔を逸らし席へと座ってしまった。

 


(……難しい。こんな七瀬さん初めてだから余計にだ)

 

 結局その日は一度も七瀬さんと言葉を交わすことなく終わりを告げた。

 

 

 




 ──と、思っていたのに……

 

 

「あのさぁ、ひなみのこと、どう思ってるか聞いてもいい?」

 

 

 なぜか俺は今、学校のアイドルである北条椿に捕まっていて、明らかに不機嫌そうな表情をして仁王立ちする彼女の圧に、今にも逃げ出したい衝動に駆られていた。

 

 


 

 遡ること数分前

 


 

 七瀬さんに一日中口を聞いてもらえなかった俺は、結局『また明日』と挨拶もできないまま教室に取り残されていた。

 

 いつもなら一緒に帰る黒瀬はチャイムと同時に鞄を持って教室から急いで出て行き、東雲は昼食後初めて見る女子(しかもおっぱいの大きい)と教室を出て行って以降行方不明。……チャラ男め。

 

 そんなわけで、今日の俺は一人寂しく帰るから焦る必要もなく。ダラダラと教科書を置き勉するために自分のロッカーに入れていた時だった。

 

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

 

 一瞬、なんの冗談かと思った。

 目の前には一度も話したことも、なんなら目も合わせたこともない学校一の美少女がいて、その視線はどう見ても俺に向けられている。

 

 

「えっと、俺?」

 

 

 と返せば、お前以外いないだろ。とでも言いたげな目で見られその冷ややかな視線に思わず身震いする。

 そして連れてこられたのは屋上へ続く人気の少ない階段下。

 

 


 例えば俺じゃなければ、この状況に顔を赤らめて雰囲気と期待に胸をドキドキさせていたかもしれない。

 

 

 例えば俺じゃなければ、学園のアイドルと人気のない場所で二人きりということにエッチな妄想をするかもしれない。

 

 

 

 俺以外の男なら誰もが羨むこの空間。しかし俺にとってこの空間は今にも逃げ出したいほど地獄のような居心地の悪い空間だった。

 

 そして今に至るのだが……

 

 

「えっと……、なんで?」

「なんで? そんなのひなみの友達だからに決まってるでしょ!」

 

 

 そんな彼女の返答に、なんだその理論は。と、思わずツッコミを入れたくなる。


 全く理解できない。友達だからなんだ? 友達だからって、友達の友達は友達じゃないんだぞ。と、教えてやりたくなる。

 これまで一度も話したことすらない俺が、なんで七瀬さんの友達だからと言うだけで北条に七瀬さんへの気持ちを告白しないといけないのだろうか。と言うか、北条さんってこういう感じなのか。

 


 明るく社交的で、文武両道でいつも色々な人に囲まれている美少女って認識だったし、七瀬さんから聞いていた話だと北条は『優しい子』だったから、なんだかイメージがだいぶ違う。


 もっとこう……、優しい笑顔を浮かべてニコッと笑っているイメージであって、間違っても目の前にいる眉間にシワを寄せて俺を睨みつけるような女子ではない。

 

 

「ひなみのこと、好きなの? それともからかって楽しんでるだけ?」

「なんでそれを北条さんに言わないといけないの?」

「だから、私がひなみの親友だからって言ってるでしょ!?」

 

 

(友達とは言っていたが、親友とは今初めて聞いたぞ)

 

 なんて火に油を注ぐようなことは言わない。俺は空気の読める男だ。

 

 

「じゃあ、北条さんの好きな人教えてください、そしたら答えます」

「は、はぁ!? なんで私があんたなんかに教えないといけないのよ!」

「だって、俺、七瀬さんの友達だし」

「そんなのあんたには関係ないことでしょ!?」

 

 

 顔を赤くさせて少し怒ったように言い返してくる北条さん。

 

 

「そっくりそのままその言葉返すよ」

 

 

 確かにこれはちょっと違うか。なんて思いつつも、強引なとんでも理論で押したらなんとかなりそうな気がして、俺は堂々と彼女に言い返す。

 


(それにしても、頭が良く成績は常にトップだと聞いていたけど、本当にそうなのか疑いたくなるな……)

 

 

「あ、あんたって嫌なやつね!!」

「それはお互い様では?」

「なっ!? ほんと嫌なやつ! なんでひなみはあんたなんかを……」

 

 

 あまりの言われようにもはや反論する気さえ起きない。なぜ友達の友達だからと初対面なのにここまで言われないといけないのか……、誰か理由を教えてくれ。

 

 

「もういいわっ! あんたなんかひなみに告白でもなんでもして振られちゃえばいいんだからっ!」

 

 

 まるで捨て台詞……、いや、完全なる捨て台詞を吐いてその場に俺を残して去っていく北条。

 突然やってきたと思ったら、とんでも理論を振りかざし、とんでも理論に負けると怒って立ち去る。一体なんだったんだ……、と俺は溜息をひとつ吐いてからその場を後にした。

 

 

 




 

「ごめんなさいっ!!」

 

 翌日登校したばかりの俺は教室に入ろうとしたところを七瀬さんに引き止められ、そのまま引き摺られるようにして昨日北条さんに連れてこられた場所へときていた。

 そしてそこへ着くなり深く頭を下げて謝罪を口にする七瀬さん。

 

 

「え?? 急にどうしたの?」

「昨日、椿が立花くんに絡んだって聞いて……、本当にごめんなさいっ!」

「あぁ、そのこと? 別に気にしてないよ」

 

 

 俺がそう言えば、七瀬さんは顔を上げるがその表情は晴れていない。

 

 

「でも、嫌な思いさせちゃったよね」

「別にそんなことないよ」

「でも……」

 

 

 正直、今の今まで忘れてた。それくらい全然気にしてないし、七瀬さんは何も悪いことしてないんだから謝る必要なんかないのにと俺が思っても、彼女はそうは思えないらしい。

 いまだ俺と目を合わせず俯いたままの七瀬さん。

 

(こんな顔させたいわけじゃないのにな……)

 

 なんだか俺まで申し訳なくなり二人の間に暗い空気が流れそうになったのを感じ、俺はいつも通りの声のトーンで口開き言葉を発する。

 

 

「そんなことよりも! 七瀬さん、おはよう」

「あっ、う、うん。おはよう」

「今日も好きだよ」

 

 

 そう言うと、七瀬さんはやっと顔を上げて俺と目を合わせる。しかし、その瞳の奥は揺れていて、すぐに俺から目を逸らす。

 

 

「うん、ありがとう……」

 

 

 ニコッと笑顔を浮かべる七瀬さん。でもその笑顔はみたことないくらいぎこちない。そんな彼女の表情はその日一日ずっと晴れることはなかった。

 

 

 



 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 



 いつの間にか本格的な夏がやってきていて、もうすぐ夏休みに入るからかどこかみんな浮き足立っているこの頃。


 あの日以降、七瀬さんはこれまで通りの七瀬さんへと戻っていた。

 

『好きだよ』と言えば、『ありがとう』と笑顔で返してくれて、どうでもいい話をすれば付き合ってくれるし、なんでもない話で楽しそうに笑ってくれる。

 

 クラスメートで、隣の席で。それ以上でもそれ以下でもない距離感。

 

 いつからかこの関係に満足するようになった自分がいて、彼女にちゃんと告白して振られるくらいなら、こんな風にずっと楽しく話せる関係でもいいんじゃないかって思うようになった。

 それが逃げだと分かっていても、それ以上俺には踏み込むことはできなかった。

 

 それが彼女を苦しめていたなんて、俺は知る由もなかった……──。

 

 

 

 




「ねぇ、立花も来る?」

 

 いつも通り黒瀬と東雲と三人で昼食をとっていると、なぜか黒瀬は早々に弁当を食べ終え離脱。そして俺を残し、東雲もこれまた見知らぬ(おっぱいの大きな)女子と教室から出ていった。

 

 東雲はまだしも黒瀬は珍しいな。なんて思いながらも、一人寂しく取り残された俺は弁当を食べ終え自席へ戻ると、なぜか今日に限って七瀬さんや北条をはじめとした陽キャメンバーが隣の席一帯を占領していた。

 

(うわ……)

 

 表情にこそ出さないけれど、内心顔をしかめる。

 なんで陽キャというやつはこんなにも声がでかいのか。笑い声一つにしてもこんなにうるさい必要ないだろ、と思っているのはきっと俺だけじゃないはず。

 

 そんなうるさ……、騒がしい場所にいたくなくて、飲み物でも買いに行くかと鞄から財布を出しガタンと席を立った時だった。

 

 

「ねぇ、立花も来る?」

 

 

 聞き覚えのあるその声は以前聞いたときとは違って穏やかで、濁りのない綺麗な声だった。

 声の方を振り向けば陽キャメンバーの全員が俺の方を向いていて、なんとも居心地が悪い。

 声の主はというと、真っ直ぐに俺を見ているだけだった。

 

(え……、なんで俺?)

 

 きっとここにいる北条以外の全員が同じことを思っただろう。

 

 

「ちょ、ちょっと、椿っ!」

 

 

 慌てて北条を止める七瀬さんの言葉を聞いてやっと周りの奴らも北条に声をかける。

 

 

「椿、なんの冗談だよ」

「そうだよ、やめてやれよ、可哀想だろ?」

 

 

 何をもって『可哀想』なのかはさておき、本当になんの冗談だよ、やめてくれ。と本気で思う。


 

「なんで? ひなみもその方が嬉しいでしょ?」

「えっ!? 私っ!?」

「なんで、七瀬さんが……」

「なんでって、そんなの──」

「椿っ!」

 

 

 初めて聞く七瀬さんの大きな声。真っ直ぐに北条の顔を見る七瀬さんはちょっと怒っているように見える。

 

 

「で、でも、ほら大勢の方が……」

「だからってなんで立花くんなのっ!?」

「っ、」

 

 

 七瀬の言葉に地味に傷つく俺。なんでと言われても、こればっかりは不可抗力だ。

 たとえ一緒に遊びに行くような仲じゃないとしても、ここまで嫌がられるとさすがにそれは傷つく。

 

 

「っ!! 立花くん、今のは違うのっ!」

「あーいいよ、俺が七瀬さんたちのグループに入るのは俺も違うと思うし」

 

 

 フォローのつもりだった。気にしないでいいと、そう言ったつもりだった。なのになぜか七瀬さんは傷ついたように目に涙を浮かべる。

 

 

「っ!? ご、ごめん、ひなみ!! わたし、そういうつもりじゃ……っ!」

 

 

 慌てて北条が七瀬さんに謝るが、それはもう遅いらしい。

 

 

「わかってる。椿は優しいから……。でも、私にだって言って欲しくないことがあるの!」

 

 

 溜まりきった涙が透き通るように綺麗な頬を伝って流れ落ちる。そしてそのまま飛び出すように教室を出ていってしまった。


 教室に気まづい空気が流れる。陽キャグループのメンバーも、今は全員が俺や北条から視線を逸らしダンマリを決め込んでいる。

 


(え、何この空気……、俺どうしたらいいの……?)

 

 居た堪れなくなり、今にも逃げ出したくなる。

 先月俺に突っかかってきた北条の、あの時の威勢はどこへやら。今は傷ついたように肩を落としている。

 

 

「えっと、じゃあ俺はこれで……」

 

 

 そう言って俺はそそくさと教室を出て飲み物を買おうと自販機に向かおうとした時だった。

 

 

「待って!!」

 

 

 そう呼び止められ振り向けば、傷ついた表情の北条が立っていた。

 

 

「た、立花に頼むなんて間違ってるのわかってるけど、ひなみのこと追いかけて欲しいっ!」

 

 

 その表情は今にも泣きそうに歪められている。

 

 

「きっと、今は、私じゃなくて立花の方があってるから……っ!!」

 

 

 ……いや、どう考えても俺じゃない感がするんだけど。というよりなんで俺?

 なんて思っても、なんだかんだ俺は甘いのかもしれない。しょうがないだろ、好きじゃなく

 

 でも目の前で悲しそうにしているのは学校一の美少女なんだ。男のくせして甘くならない方がおかしい。それに……

 

 

「お願い……」

 

 

 そんな風に言われたら断るなんてできるわけないだろ。美少女だぞ美少女!

 

「わかったよ」

 

 

 一つ小さく溜息を吐いて頭をかきながらそう言葉を返せば、北条は嬉しそうに顔を明るくさせた。

 

 

 

 



 

(屋上って、開いてないんじゃねぇの……?)

 

 

 北条曰く、なんでも七瀬さんは一人になりたい時屋上に行くらしい。でも、うちの学校は屋上は施錠されていたはず……。

 なんて思っても、他に七瀬さんのいる場所が思い浮かぶわけもないため俺は渋々屋上へ向かう。

 

 人気のない階段を上がり、外の明かりが漏れているすりガラスのはめ込まれた扉のドアノブに手をかけてゆっくり回しドアを開けると、それはすんなりと開き──

 

 

「し、ろレース……」

 

 

 タイミングよくブワッと勢いよく風が吹いた。そしてそれは見事に目の前の女子のスカートを舞い上がらせ真っ白な下着が姿を現す。

 

 

「きゃっ!!」

 

 

(か、可愛い……っ!!)

 

 舞い上がるスカートを悲鳴を上げながら両手で抑える姿はまるで天使のようだ……。

 なんて思っていると七瀬さんとバッチリ目が合い、俺は思いっきり暑くなった顔を彼女から逸らす。

 


「み、見た……?」

「見てないっ!」

「嘘っ! その反応は絶対見てるっ!!」

「ふ、不可抗力です……」

「やっぱり見てる……」

 

 

 恥ずかしそうに手で顔を覆う七瀬さん。そんな姿も可愛い。だからつい……

 

 

「だ、大丈夫! 可愛かったから!! それに、どんな七瀬さんでも俺は好きだよ!!」

 

 

 なんていつものように口にした。あくまで俺の中ではこれはフォローの言葉だった。でも、タイミングと言葉が悪かったらしい。

 

 

「その『好き』はどういう意味……?」

 

 

 そう言った七瀬さんは今にも泣きそうな顔をしていた。

 

 

「ど、どういう意味って……?」

「なんで私にそんなこと言うの……?」

「それは……」

 

 

(それは、好きだから……)

 

 でも、今の関係を崩したくない。せっかく話せるようになったのに、これで終わりなんて嫌だ。だから、俺は……、はっきりとその気持ちを口にはできない……

 

 

「それは、何ですか?」

「と、友達として! 友達として好きって意味!!」

 

 

 ……俺は、逃げた。

 今の関係を崩したくなくて、関わりを無くしたくなくて、俺は逃げることを選んだ。でも、それは間違いだったんだ。

 

 瞬間、彼女の目から大粒の涙が流れ落ちる。

 

 

「っ!? な、えっ? 何で泣いて……」

 

 

 突然のことにどうすればいいかわかんなくて、俺はただオドオドすることしかできない。そんな俺に七瀬さんは──

 

 

「嫌いっ!!!! 立花くんなんて大っ嫌い!! ほんと……っ、もうっ、やだ……っ!!」

 

 と、なぜか軽くキレながら号泣……

 

 

「き、嫌っ!? え、何でっ!?」

「だって……っ! だって、いつも……っ、なんでっ、あんな……」

 

 

 大粒の涙を拭いながら、鼻先を赤くさせ、何度もしゃくり上げるように言葉を吐き出す。

 

 

「なんでっ、なんでともだ、ちなのにっ……、す、好きだなんて、いうのぉ……っ!」

「そ、それは……、ご、ごめん……」

 

 

 こんな時でも、七瀬さんのことを可愛いと思うのはもはや病気みたいな物だ。

 でも、はっきりと言葉にはしたくなくて、俺は謝ることしかできない。好きな人が泣いている姿を前にしても、俺はどうしてあげることもできない。

 

 

「ごめん? ……嫌いっ!! わ、わた……っ、私のことを好きじゃない立花くんなんて、大嫌いっ!!」

「かわいい……──」

「っ、」

 

 

 真っ直ぐに俺をみて拒絶の言葉を口にする七瀬さん。でも、その言葉は俺の胸にキュンの方の意味でグサリと刺さる。そんな七瀬さんのあまりの可愛さに、俺は思わず心の声を漏らしてしまった。

 

 

「な、なんで?なんでまた、そんなこと言うの……?」

 

 

 もう、ダメだと思った。自分のことを好きじゃないなら嫌いだ。なんて、こんな可愛いことを言われてもなお気持ちを殺せるほど、俺の決心は固くない。

 

 

「なんでって、好きだからだよ」

「だ、だから友達の好きなんて……っ!!」

「恋愛の方の意味で! 俺は、恋愛の方の意味で、七瀬さんが好きだよ!!」

「っ!!」

「俺は七瀬ひなみが大好きだッ!!!!!」

 

 

 なんてカッコ悪い告白だ。好きな人を泣かせて、挙句にこれだ。

 もっと場所とか、セリフとか、シチュエーションとか、色々あっただろと思ってももう遅い。手遅れだ。

 

 目の前の七瀬さんも、俺の突然の告白に驚いた顔をしている。いや、内心では呆れられているかもしれないし、キモがられているかもしれない。

 その表情からは、今は驚き以外の何も感じ取ることはできなかった。

 


 そうして俺の九ヶ月にも及ぶ片思いは最悪の告白で幕を閉じたのだった──。

 

 

 

 




 

「お、落ち着いた?」

「うん。ごめんね、泣いちゃって。でも、立花くんの気持ちが聞けて嬉しかった」

「あー……、うん」

 

 

 半分勢いのままにした告白から七瀬さんが落ち着くのを待つ間、俺はずっとこの場から逃げ出したくて仕方がなかった。

 


 だって、気まづいだろ!? それに、好きでもないやつに泣き顔見られるなんて、七瀬さんも嫌だろ!?

 でも、俺の気持ちを聞いて嬉しいだなんて言葉をくれる七瀬さんはやっぱり優しい。

 


(あー……、好きだ……)

 


 なんて思っても、もうどうにもならないことは百も承知だ。さっきから俺はどう諦めたらいいかばっかり考えては、好きだという気持ちを再確認する羽目になっている。

 


(でも、ちゃんと忘れないとな……)

 

 


「立花くん」

「ん?」

「好きです」

「…………はい?」

「私も、立花くんのことが、好きです」

「っ!? え、えっ!?」

 

 

 その言葉は俺を混乱させた。

 

(七瀬さんが俺のことを……、好きッ!?!?)

 

 夢かと思って頬を捻ってもちゃんと痛みがあって、俺はより混乱する。

 

 

「ふふっ、そんなに驚かないでよ」

「だ、だって、お、おれ、振られるもんだと……」

「えっ!? な、なんで!?」

「い、いや、なんでって、俺の方が知りたいんだけど……」

「私さっき、つい勢い余って『私のことを好きじゃない立花くんなんて、大嫌いっ』なんて口走っちゃったから、私の気持ちなんてばれてると思ってた……」

 

 

(ま、まじか……)

 

 あれはそんなに前向きに捉えてもいい言葉だったのかと、なんだか今更だが恥ずかしくなる。

 

 

「で、でも、いつから……?」

 

 そう七瀬さんに問えば「んー」と考える彼女。そして……

 

 


「いつだろうね。……毎日『好きだよ』って言われて、いつの間にか洗脳されちゃたのかも」

 

 



 そう、冗談みたく笑う彼女。

 

 


「これからはちゃんと私も伝えるね。好きだって、毎日」

 

 



 そう言った七瀬さんは少しいじわるそうに──

 

 



「今度は私が立花くんを洗脳させるんだから」

 





 まるでいたずらした後のように笑う彼女の笑顔は、世界一可愛かった。

 

 



















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また、立花くんの友人の黒瀬くんを主人公としたラブコメの連載が始まりました!

タイトルは

『隣の席の白雪さんは、今日も可愛いをひた隠す』

です!

よろしくお願いします!!

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隣の席の七瀬さんに、100日間『好きだよ』と言い続けた結果。 雨宮レイ. @ley_amamiya

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