花飛
毎年、家族や、家族の友達など、多くの知り合いとすぐそこの桜の木の下でお花見をしていた。
今年は少しだけ違って、私は昼に参加できなかった。理由はいろいろあったけれど、腕のけがが大きいと言えるだろう。
田舎ゆえにみんな知り合いで、そのせいで多くの人に心配をかけるのは、私が嫌だった。
すこしだけひびが入った程度だけれど、それでも無理をしたらいけないと言われ、見てわかる程度の処置はしてある。
だから今年は、誰もいない、夜に来た。
実を言うと、昔から夜桜は見てみたかったのである。
月光に照らされる、淡い花びら。間違いなく美しいだろうと、そう思って来たら。
私が見惚れたのは、長い髪を月に照らされた女の子だった。
「あぁ、君、今年は来ないなって思ったら、そういう事だったんだね。」
幼馴染である彼女、花飛(かい)は、私が行かなかった理由が分かったのだろう。
「家の人が、今年だけ許してくれたんだ。夜桜を見に行くことを。」
理由は、聞かなくてもわかるだろう。
「私も不思議に思ったけど、君が来てくれるから許してくれたんだね。」
田舎特有の、すぎるほどの信頼だ。
「一人で見たかったなら、私は帰るけど・・・。」
一緒に見よう。と言いながら、心では君を見ていたい。なんて思っている。言えるはずもないが。
「それはよかった。私も君と見たかったから。」
しばらくは、無言だった。
二人とも必死に、銀色の月と照らされる桜とこの空気を覚えようとしていた。
「友達が言ってたんだけどさ、『月がきれいですね』って、『愛しています』って意味を持つんだって。」
有名な作家の、有名な言葉だからだろう。
しかし、なぜそんな話を急に?
「だからその、素直にそう言おうと思ったんだけど、さすがに恥ずかしくて・・・。」
それはいったいどっちを言おうとしていたんだ⁉
「まぁその、それはそれとして、」
彼女は桜の花を後ろにして、私にこう言った。
「今年も、桜がきれいですね。」
私には、そうだね。としか言えない。まだその真意は分からない。
「来年も、きれいだといいね。」
やっぱり真意は分からなくて、それでも私は、そうだね。と、来年も一緒に桜を見よう。という約束だけはできた。
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